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和装の皇さま  作者: 狼花
肆部
83/94

9 皇都目前

 連城の傍に、いまだ青嵐軍に占領されたままの都市が四つある。巴愛はそれぞれの名を昴流に教えてもらったが、とても覚えられなかったので、仮に四つの都市をA~Dとおく。


 青嵐の連絡部隊は、これらの都市をアルファベット順に巡回している。そうやって連携を取り合っているのだそうだ。狭川によってルートは確認済みだ。そして同時に、その青嵐の連絡部隊は一人残らず瑛士が捕縛し、捕虜にしてしまった。彼らから青嵐騎士の着物と身分証を奪ってしまえば、準備は完了だ。


 青嵐騎士に偽装した玖暁の騎士は、まずBの街へ向かった。そしてそこでこう告げる。「Aの街にいる青嵐騎士は、実は玖暁軍に買収されている。連城が陥落したのは、Aの街から玖暁に物資や情報が横流しされていたからだ。九月十日にAの街は、このBの街を攻めにかかるぞ」と。同じことをC、Dの街でも告げた。そしてAの街には、「B、C、Dの街が結託して玖暁軍を討つという。Aの街も是非協力をしてほしい。九月十日に、外の平原に集まれ」――と吹き込んだのだ。


 各都市は速やかに戦闘準備を整えた。B、C、Dの三都市は結託し、Aの街を襲う。先手を取るためだ。Aの街はただ他の都市と協力するために装備を整えた。


 かくして――九月十日。青嵐軍の壮絶な同士討ちが展開されることになる。一方は無実の味方を裏切り者と思い込み、一方は何も知らずに協力しようと丸腰でやってくる。


 籠城を決め込んでいた四つの都市の騎士を簡単に誘き出すことができた玖暁は、まず真っ先にもぬけの殻である街々を解放する。この役目は連城の自警団に一任し、いくつかの部隊に分かれてそれぞれの街へ赴く。勿論留守の騎士たちはいるだろうが、連城の手にかかれば一ひねりだ。


 その間玖暁軍本隊は、青嵐軍が潰しあうのを見守ることになる。Aの街の騎士が撃破されるのは時間の問題だ。真澄がAの街を陥れようとしたのは適当ではない。Aの街はもともと駐留の騎士数が他の都市に比べて少なく、他の街と連携を取れるなら取りたいと切に願っていたのだ。そしてB~Dの街があっさりAの裏切りを信じてしまったのも理由がある。これらの三都市に比べ、Aの街は少し他と距離があるのだ。連絡を取るのもそれだけ時間がかかり、「Aならやりかねない」と思われていたということだ。


「……我ながら、残酷な策を実行したものだな」


 真澄が策の全容を巴愛に説明し終えた後、ぽつりと呟いた。


 彼らがいるのは、指定した平原のすぐ傍だ。平原にはAの街がすでに待機している。この後襲われるとは何も知らずに、だ。


 玖暁軍は夜の闇と茂みに身を隠して息を殺しながらも、戦う準備はしっかり整えられている。時間的にB~Dの街から青嵐軍は出立したころだろうから、見計らって連城自警団が突入する手筈になっている。


「でも……ひとつひとつの街を攻略しようとしたら、背後から別の街に挟撃されちゃうかもしれませんでしたよね」

「だろうな」

「多分、きっと、これが犠牲の少ないやり方だとあたしは思います」


 敵も味方もできるだけ死なせたくない。そう思っている真澄になんと言っていいか、巴愛にはわからなかった。真澄は相互主義の人だ。やられたなら同じだけやり返すし、先に卑怯をされれば同じ卑怯をする。真澄「個人」はそういう性格だが、皇として多くの人員の命を預かる立場としては、敵の命を案じる余裕などない。今回は真澄は、自分から卑怯を仕掛けたのだ。


「正々堂々、でしょう?」


 それはいつか真澄が巴愛に語ったこと。卑怯なことであっても、己が選んだ道を悔いることのないことが真の正々堂々である。


 真澄はふっと微笑み、頷いた。


「有難う」


 真澄は視線を平原に戻す。今のところ動きはない。


「この戦いが終われば、皇都はもう目と鼻の先だ」

「李生さんとも、やっと会えます」

「ああ。あいつは見かけによらず大胆だから……きっととんでもないことをしでかすぞ」


 巴愛がくすくすと笑う。早く再会したい、と切に願った。あの奏多とどんな話をするのかが見物だ。


「兄皇陛下、来ました」


 連絡役の騎士が真澄にそう報告する。真澄も表情を引き締め、頷いた。


 Aの街が西側に陣を張っている。B、C、Dの連合軍は東からゆっくり現れた。遠目に見ても、しっかりと武装しているさまが分かる。


 一対三の様相で相対する。Aの騎士の責任者らしき男が慌てたように進み出た。自分たちにむき出しにされている敵意に、なんら心当たりがないのだから当たり前である。だが話をしようとしたAの騎士を、同じく進み出たBの騎士が何のためらいもなく斬り殺した。


 それを合図に、B、C、Dの街の騎士が一斉にAの騎士へ斬りかかった。Aの騎士は動揺して刀を抜く間もなく殺され、辛うじて刀を抜いた者たちも三倍近い兵力の前に袋叩きにされた。


 激しい戦いの音。時折聞こえてくる、「この裏切り者!」「待て、話を聞け!」という声。それらから目を逸らさず耳も閉じず、真澄はじっと戦場を見つめている。


 以前巴愛は、玖暁騎士団に軍師や参謀はいないのかと問うたことがある。策というのは軍師が立案し、皇が許可を出して初めて実行するものだとばかり思っていた。だが玖暁は真澄と知尋、瑛士や李生といった騎士団の幹部たちが集まって、会議的に全員で策を練っている。というよりむしろ真澄が立案し、他の騎士たちに「これでどうだ?」と意見を求めている感じである。


 真澄は戦術の天才と呼ばれているし、騎士たちは疑問を感じていないのだろう。だが巴愛からすれば、皇自ら立案するというのは少し違和感を覚える。


「戦場では、前線の騎士でなければ分からぬことが多い。一歩引いた客観的な意見も勿論重要だが、騎士たちの命を必要以上に危険に晒すのは、やはり現場の状況を取り違えた時だ。だから作戦立案は騎士から歩兵、神核術士を含めた責任者たちを交えて行っているし、現場での指揮は各部隊長に任せている。私たちは、ただ戦うだけの存在ではありたくないんだ」


 これが真澄の回答である。


 玖暁騎士団には戦略家がいる。戦争の準備から計画をする者のことだ。戦略家は出撃人数やその状態を把握するが、それを元にして実際に遂行するのは、より具体的な策を考える『戦術家』の役目だ。玖暁騎士団は、その戦術家の役割を全員で担っているということである。


 とりあえず、彼らには彼らのこだわりがあるということだ。


 Aの騎士はあっという間に殲滅された。三都市連合軍はそのままAの街へ攻め上がろうとしたのだが、寸前で待ったがかかった。


 あらぬ方から照明弾が上がったのだ。自軍が上げたものではない、では誰が上げたのだ? そんなことを思っているうちに、藪の闇の中からわっと玖暁軍が突撃してきた。照明弾は知尋の合図だ。そこでようやく彼らは、謀られたことに気付いただろうか。


 動揺している青嵐騎士を玖暁騎士が斬り捨てる。神核術が飛来し、夜の闇の中にぱっと赤い爆発を起こす。真澄が刀を掴み、馬に跨った。


「行ってくるよ」

「気を付けて」


 巴愛の声に真澄は微笑んで頷き、馬を駆った。瑛士や奏多も共に出撃したはずだ。


 今回玖暁側に大人数の死傷者は見込まれていない。本陣に残った巴愛たちはただ真澄たちの無事を祈った。――が、祈るだけでは済まなかった。


 戦場の空がぱっと明るくなる。何事かと思って巴愛が顔を上げると同時に、すぐ傍の木が大炎上した。


「なに!?」


 巴愛が驚いて周りを見る。火はあっという間に木から木へ燃え移り、巴愛の逃げ道をなくしてしまう。


「巴愛さん! 大丈夫ですか」


 昴流が駆け寄ってきた。巴愛が頷く。


「大丈夫だけど、何があったの!?」

「神核術の流れ弾ですよ。こういうことがあるから、本陣も安全じゃないんです」


 昴流はそう言いながら【集中】する。


「突っ切ります」

「えっ、嘘!?」


 巴愛が驚く暇もなく、昴流が巴愛の手を引いて駆け出す。そのまま火の中に突っ込み――だが熱さも痛みもない。昴流の結界壁で守られていたのだ。


 無事ふたりは炎の包囲陣から抜け出す。肩で息をする巴愛の横で、慌てたように昴流が着物の裾をはたく。


「あちち……」


 なんとも個性に欠ける台詞とともに、燃え移った裾の火を消す。そこへ蛍、宙、奈織がやってきた。


「大丈夫、ふたりとも!?」


 奈織が尋ね、巴愛と昴流は頷く。宙が燃えている木々を見上げた。


「どうするんだ、これ。いま騎士が総出で消火しているけど、あんなんじゃ焼け石に水だぜ?」

「とは言ってもね……僕の風の神核じゃ、逆に火を煽ってしまうし。地道に水の神核を使うしかない」

「そんな悠長なこと言ってたら、この辺り一帯焼け野原になる」


 蛍の指摘は最もだが、他にどうしようもないのも事実だ。昴流が水の神核を取り出した瞬間、ぽつりと巴愛の頬に水滴が落ちてきた。


「……雨?」


 空を見上げても、雲一つない満天の星空が広がっている。ぽつぽつと落ちてきていた水滴はやがて本物の雨のようになり、そして――


「……! あっ、まずい、こいつは」


 昴流が声を上げた瞬間、その水は滝のように降ってきた。


「うっわ!?」


 宙が声を上げる。立ったまま溺れてしまいそうな勢いの水流だ。耐え切れず地面にしゃがんだ巴愛の上に、昴流が覆いかぶさって水から庇う。


 凄まじい水流により、あれほど猛威を振るった炎は消え去っていた。が、同時に多数の玖暁騎士が水難者のように水を頭から被らされる羽目になったのだ。


「ごめんなさい、濡れましたか?」


 そんな楽しそうな声は、勿論知尋であった。巴愛を庇ってモロに水を被った昴流が激しく咳き込む。


 もう少し手加減してくれよと言いたいところだが、ああしなければ火事が収まらなかったのも事実なので、複雑な胸中ながらも皆は知尋に感謝するのだった。


 そんな騒ぎがあってから数時間後、戦いは玖暁軍の勝利で終わった。生き残った騎士の半数は降伏、半数は散り散りになって逃げだした。彼らが逃げる先は駐留していた街だろうが、すでに自警団の手で押さえられているため、もう無駄である。


 Aの街――本当の名を「凪原(なぎわら)」という。玖暁軍はこの街に堂々と入ることに成功した。こちらも連城自警団により解放済みで、住民と凪原自警団の熱烈な歓迎を受けた。しかし今回も夜遅くの戦いだったため、ひとまず騎士たちは休息をとることになった。



 貸し切らせてもらった宿の人気のない廊下を、昴流が濡れた髪をタオルで乾かしながら歩いていた。巴愛が部屋に入るのを確認し、諸々の装備を解いたあと、ようやく昴流の自由な時間はやってくる。みなより遅れて風呂に入り、寂しいというよりはいい気分で浴室を広々と独占した。


 ロビーのソファに腰かけ、火照った身体を冷ましていく。


「昴流?」


 名を呼ばれた昴流が振り返ると、知尋が佇んでいた。


「これは、弟皇陛下……こんな時間にどうされましたか?」

「ん、ちょっと散歩に。昴流こそ、遅くまでご苦労様」


 立ち上がりかけた昴流を知尋は制し、自分も昴流の隣に座る。浮かしかけていた腰を躊躇いがちに下ろした昴流の手元に、何やら紙のコップが差し出された。何となく受け取ってしまうと、知尋はもう片方の手に持っていた小さな瓶の蓋を開け、透明な液体を昴流のコップに注いだ。すぐさま昴流はその正体を悟り、ぎょっとした。


「へ、陛下。どこからこの酒を?」

「厨房からくすねてきたんだ」

「なっ!?」

「冗談だよ。外で売ってたから、つい買ってしまったんだ。真夜中なのにお祭り騒ぎだよ」

「か、買った……」


 要するに、知尋の奢りか。皇に奢ってもらうなど、なんということだろう。知尋は面白そうに、自分の紙コップにも酒を注ぐ。


「みんな適度に酔っぱらっているから、私が誰かなんて気付かないんだ。初めて『値切る』ってことに成功したよ」


 値切ったのか、この小さな瓶の酒を。知尋の場合は「やってみたかった」だけだろうけど。


「折角なんだから遠慮しないでいいんだよ。私から頑張っている昴流にご褒美だ。ま、紙のコップで雰囲気なんてありはしないんだけど」


 そこまで言われてしまうと断れず、昴流は知尋に頭を下げて酒に口をつけた。が、その度数の強さに驚いてついむせてしまう。知尋が笑った。


「ここらの酒はみんな強いからね。少しきつかったかな」


 そう言う知尋は全く顔色を変えていない。そういえばこの弟皇は、酒に強いはずの真澄や瑛士以上の酒豪なんだという噂を昴流は聞いたことがあった。それはどうやら事実らしい。


 きんきんに冷えた酒は風呂上りの身体に染みて美味いが、ほどほどにしておかないと明日からに影響しそうだ。真澄や瑛士、ひいては巴愛の前で二日酔いなんて醜態は晒せない。


「……もうすぐ、皇都に帰れる」


 知尋がポツリとつぶやいた。昴流が顔を上げる。


「それは嬉しいことなんだけど……この旅がもうすぐ終わってしまうのかと思うと、寂しい気もする。――昴流はどうかな?」

「そうですね……確かに僕も寂しく思います。追っ手に怯えたり、必死で逃げたり……死ぬかと思ったこともありましたが、どこかで僕はそれを満喫していたのかもしれません。不謹慎だと自覚はしていますが……」


 知尋は首を振った。


「私も同じだ。……この旅は、私にとって『自由』と呼べるものだった」

「自由……」

「形式も立場もない。行き先は自分で決めて、そこに行くまでにどれだけ時間がかかっても誰も文句を言わない。……私と真澄がずっと憧れていた、自由だよ。だから皇都というのは『不自由』の象徴……その不自由を、君は知っているね?」


 侍従として過酷な労働を強いられ、理不尽な扱いをされたあの頃。そして知尋は皇として敬遠され、行動を制限されてきた。境遇は違っても、不自由な生活だったという一点においては共通だ。


「私はもういいんだ。色々と制限される生活には慣れた。けれど――」

「巴愛さんのことですか」

「……さすが、物分りが良い」


 知尋が少し微笑む。


「彼女を、今以上の不自由に……檻の中に閉じ込めさせたくない。もしそんなことになったら、君がその檻を叩き壊してほしいんだ。――頼める?」

「勿論……命じていただくだけで十分です。僕はこの任を解かれるまで――いや、解かれたとしても、この命を巴愛さんのために使いたいと思っています」

「有難う……本当はそういうの、真澄がやらなければならないのにね」

「兄皇陛下はいけません。あの方の命は、誰かひとりのために投げ出していいものではありませんから。それは弟皇陛下も同じです」


 昴流のはっきりとした言葉に、知尋は頷いた。いつの間にか空になっていた紙コップを掌の中でもてあそぶ。


「……君にとっては、見たくもない現実なんだろうと思うけれど……こんなことを頼む私を許してくれ」

「お気になさらず。お二人の幸せを、僕は心から願っていますから」


 昴流の笑みは辛そうでも悲しそうでもない。吹っ切れた笑みだ。それを見た知尋もふっと笑みを浮かべる。


「……昴流、もう一杯どう?」

「えっ!? いえ、その、遠慮しておきます……」

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