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和装の皇さま  作者: 狼花
肆部
75/94

1 作戦立案は苦手である

「……これから玖暁奪還の戦いが本格始動する。数日のうちに砦を発つだろう。ここからは、戦いを生業とする者たちの領分だ。君はどうか安全な場所にいてくれ。必ず守るからな」

「はい……後方で、大人しくしています。だから真澄さま、心配しないでください。それより、無事で」

「はは、それこそ心配はいらないよ」


 真澄は朗らかに微笑む。ふたりで肩を並べながら、真澄が尋ねる。


「しばらくゆっくり話ができないと思うから……少し、先のことの話をしないか?」

「先のこと?」

「そう。将来、未来の話だ」


 どきりとした。だが真澄の口調に昂ぶりは見られず、むしろいつもよりずっと穏やかだ。


「私はもう……君が隣にいない未来を想像できない」

「あ……あたしも、です。でも……」

「身分の話か?」


 巴愛は小さくうなずく。身分違いの恋。ありがちな展開だ。周りの反対を押し切るか? それとも真澄は皇という位を捨て、巴愛と逃げるか?


 しかし真澄はどちらも選ばなかった。


「認めさせてやるさ。ありのままの君と、私を」


 もう既に宰相の矢須桐吾は巴愛を認めている。知尋も瑛士も祝福する。巴愛の人柄を知る民たちも祝福する。問題は貴族たちだが、これは粘るしかない。


 大変なのは真澄ではなく巴愛だ。巴愛の「皇の伴侶たるに相応しいかどうか」という点を、巴愛自身が彼らと接することで示さなければならない。皇族としてのマナーや心構え、民に接する公平な態度。これらは真澄の手助けなしで巴愛が習得するものだ。だから巴愛の負担は大きい。真澄はそれを全力で支えるつもりだ。


「君には相当の覚悟をさせてしまうし、負担もかけてしまう。ある意味では、今以上に不自由になるかもしれない。……だから、今でなくていい。この戦いが終わったらもう一度聞くよ。その時までに、少し考えておいてくれるか」


 今更「自分なんて」と卑下するつもりは巴愛にない。もう答えはひとつだ。


「今、返事することできますよ」

「……そうか。でもやはり、後に取っておいてくれるか。そのほうが、私も頑張り甲斐があるだろう。それに、君に渡さなければならないものもある。それはいま皇都にあるから……すべて終わってから」


 真澄は微笑む。「帰ってきたら返事を聞かせてくれ」――それは、相手が二度と帰ってこないフラグの言葉である。大体の悲恋はそうだろう。だが巴愛は真澄を信じることにした。この人は絶対に生きて戻ってくる。


「分かりました。待ってます」


 真澄は頷き、そっと巴愛の頭に手を置いた。それから軽く手を上げ、その場を立ち去った。忙しい真澄にとっては、このほんの数分でさえ貴重なのだ。それが分かっていた巴愛は、大人しく部屋に戻ることにした。






★☆






 この数日で、玖暁軍の戦力は一気に倍増した。私兵騎士たちもどうにか使い物にはなってきたが、それでも瑛士に言わせれば「入団一年目の新人程度」である。とはいえ貴族たちは私兵団だけでなく、大量の兵糧や金銭などの物資を提供してくれたので、それは正直有難い。


「まず目指すは、皇都の北、連城だ」


 真澄が簡潔に指示を出す。砦の軍議室に、真澄、知尋、瑛士、奏多を含む将校が数名集まっていた。


「連城の自警団を解放する。これには大きな意味がある。戦力増大は勿論だが、玖暁軍の士気を上げさせる重要な戦いだ」


 地方都市の要である連城。そこを解放すれば最強の自警団が加入する。加えて彼らを味方にしたという安心感が、解放軍の戦いを有利にし、青嵐軍を退かせる力になる。


 絶対に負けられない戦いだ。


『そいつは同感だ。だがどう攻める?』


 それは傍のモニターから聞こえてきた声だ。モニター画面には狼雅と黎の姿が映っている。こうしてリアルタイムで通信、しかも姿さえ見えるというのは画期的である。


「策などなくとも、近づけば戦いは始まりますよ」


 知尋が事もなげに言い、さすがに狼雅が呆れる。


『楽観的すぎやしねえか』

「青嵐政府は地方自治に全く手を付けていません。よって騎士に街への駐留経験はなし。そんなところに敵勢力が攻めてくれば、こちらへの対応に手いっぱいになって自警団の拘禁が疎かになるでしょう。そうすれば自警団は自ら剣を取って立ち上がる。それに青嵐は指揮官不在に加えて解放軍の挙兵で動揺しているはず。今が攻めどきです」

『要するに、行き当たりばったりか』

「必要なのは柔軟さです。何とかなりますよ、今までだって何とかなってきたのですから」


 知尋は穏やかに微笑んだ。真澄もふっと微笑み、軍議室にいるすべての部隊長たちを見やる。部隊長と言えども、真に「玖暁騎士団部隊長」の位にあるのは、駐留指揮官だった狭川と、その補佐をしていた高峰、そして瑛士だけだ。他の者は瑛士らが厳選した、「玖暁騎士団にあって部隊長を名乗ってもおかしくない実力を持つ者」か、「私兵団の長を務めてその実力が本物の者」だ。


「みな、忘れてはいないだろうな? 玖暁騎士団は前線での指揮を部隊長に一任してきた。隊の者の命に加え、今回は連城に住む民の命もその刀に乗っている。それを心に刻め」


 一同は神妙な顔つきで頷く。真澄が腕を組む。


「とはいえ、部隊を率いるのは初めての者もいる。前線での指示は私が出そう。瑛士、狭川、お前たち二人は個々の判断によって行動しろ。民衆を巻き込まないこと、そして自警団の解放が最優先事項だ」

「はあ、そいつは構いませんが珍しいですね」


 瑛士が拍子抜けしたように言う。


「何がだ?」

「真澄さまが自ら指揮をする、ということがです。普段は常に単騎で敵陣を斬り倒して、指揮など各部隊長に任せきりだったというのに」

「……まだ、本調子ではないからな」


 沈黙を挟んだ真澄の言葉に、室内は静寂が舞い降りた。真澄が慌てて首を振った。


「そう心配するな。身体の調子がおかしいということではない。ただ鍛錬不足で腕が鈍っている。今のままでは手負いになるのがオチだ。私も少しは自重するということを覚えたということさ」


 不安が緩んだのか、各部隊長たちは笑みを浮かべた。気さくで自由奔放な皇らしい発言だ。


「知尋は神核術士たちとともに援護。そして奏多、私の補佐を頼めるか?」


 真澄が振り返り、壁際にたたずむ奏多を見やった。奏多は複雑そうな表情だ。


「……良いんですか?」

「なんのことだ。……さっきから主語が抜けているな」


 ぽつりと言ったのは、先程の瑛士の言葉である。いちいち問い返さなければならないのは面倒だ。


「俺を玖暁解放の戦いに参加させて、です」


 奏多が疑問に思うのも無理はない。奏多は青嵐騎士なのだ。いま真澄は彼を「客員騎士」としてこの砦に迎えている。


 真澄はそんなことも気にせず、いつものように涼しげな顔だ。


「奏多、貴方は私に協力を申し出たとき、なんと言ったかな?」

「え? ……李生の分も、と」

「ああ。貴方は李生の分も戦うと言って協力してくれたのだ。青嵐騎士としてではない。よって、問題はなし」

『物は言いようだな』


 狼雅が笑った。


『そんな体制で、よくもまあ玖暁がここまで存続したとつくづく不思議だね』

『兄皇陛下と弟皇陛下が冷徹なまでの現実主義者で、身分を重んじる方だったら、玖暁はとっくに滅んでいたと思いますよ。それが原因で、前皇は民衆に反旗を翻されたのですから』


 黙っていた黎も苦笑しつつそう言い、確かになと狼雅も同意した。


『まあそれはともかく、今回彩鈴の手は必要ないな?』


 狼雅の問いに、真澄は頷いた。


「はい。最初にも言いましたが、これは玖暁が戦い、そして勝つこと自体に意味があるものですから」

『分かった。じゃあこっちはせめて物資の支援をしよう。明日には輸送隊がそっちに到着する。好きに使ってくれ』

「助かります」


 狼雅と黎の映像がぷっつりと消えた。モニターを持って行軍は出来ないので、彼らの姿を見るのはこれが最後だ。これより先は通信機で音声のみのやり取りをすることになる。それでも、ほんの少し前まで文書でやり取りしていたのが嘘のようである。


「解放軍は五万。青嵐軍は十万。差は大きいが、埋めるのに不可能な数字ではない。これからの戦いはすべて先手必勝。王冠など、神核エネルギーの注射をさせなければ身軽な猫に過ぎん」


 身軽な猫、と聞いて咄嗟に宙の姿が思い浮かんだ知尋は、人知れず笑みを浮かべた。勿論、真澄も同じことを連想したのだろう。


 一万近く動員された王冠は、皇都での戦いで三〇〇〇ほど戦死したと彩鈴の諜報員が情報を入手した。あれだけの混乱の中で三〇〇〇も討ち取ったのだ。青嵐騎士は倍以上討ち取っただろう。残り七〇〇〇、今の勢いの解放軍の敵ではない。


「……よし。進軍開始は明日の朝だ。各部隊にその旨を通告……」


 真澄が指示を出しかけたとき、軍議室に入ってきた騎士がひとり、瑛士の傍に駆け寄った。瑛士の耳元で何かを報告する。瑛士はぴくりと表情を動かした。


「……真澄さま、早速青嵐本国から援軍が来たようですよ」


 瑛士の言葉に、真澄は別段驚いた様子も見せなかった。予想の範疇だ。


「奏多、どういう面々か予想がつくか?」


 問われた奏多は、顎を軽くつまんでやや斜め上を見上げながら答えた。


「――研究施設警備の王冠は、そのまま神都警護に回されたはずなのでまずいないでしょう。神都に残っていたのは青嵐騎士およそ二万です。おそらく彼らを総動員したはずですよ」

「つまり、奏多の率いていた部隊もいるということですか?」


 知尋の問いに、奏多は腕を下ろした。


「……いえ、それはないです」

「なぜそう言いきれる? ……そういえばお前の正式な役職を、俺たちは知らないな」


 瑛士が珍しく鋭い問いかけをした。奏多は、部隊を率いる立場にいるというだけで、戦場に出ていたという話題や雰囲気をまったく出さないのだ。


「役職? 玖暁騎士団の部隊長と同じ立ち位置ですよ。名前は『小隊長』ですが、違いはそれだけです。ちょっと前まではちゃんと戦場に出ていましたよ」

「ちょっと前までは?」

「ええ、ちょっと前までは。……内部粛清ってご存知ですか?」


 急に話題が飛んだので瑛士がついて行けず、代わりに真澄が答えた。


「組織内部で悪事を働いた者を排除するということか?」

「まあ、そんなところです」


 玖暁騎士団内で悪事が発覚した場合、その騎士は法廷で裁かれる。排除とは違う。奏多のいう「粛清」は、殺すということだ。


 巴愛がいれば「新撰組の隊内粛清だ」とでも思ったかもしれないが、まさにそのことだ。


「騎士団長が代わり、新しい騎士団長は矢吹が選んだ、矢吹に属する人間でした。結果青嵐騎士団は王冠の後ろに隠れざるを得なかった。それを快く思わなかった騎士たちは、自然と一か所に集まったんです。前騎士団長である俺の父を慕って、息子である俺の元に」


 親の七光りで担ぎ上げられただけですけどね、と奏多は微笑む。


「俺の小隊は、全員がそういう騎士たちでした。みんな父の部下たちでしたからね、俺にとっても馴染みのある連中で、非常に居心地が良かったです。……が、矢吹と新しい騎士団長はそれを許さなかった」

「それで、内部粛清か……?」

「……実際に手を下したのは王冠たちでした。そもそも青嵐騎士団に粛清なんてものは存在しなかったんです。それがあったのは王冠こと特務師団のほうで。……俺が騎士団長に呼び出されていた間に、一人残らず。兄皇陛下らと出会う、二か月ほど前のことです」


 その場にいた誰もが息を呑んだ。その残酷さも勿論だが、それを淡々と話す奏多にも驚いているのだ。だが共に旅をしてきた真澄たちは、奏多が外見や雰囲気では想像がつかないくらいの激情家であることを知っている。その時、どれだけ奏多が無念な思いになったかを思うと、居たたまれない。偉大な父を慕ってくれる人々の存在は、奏多にとって何にも代えがたいものだったに違いないのだ。


「いっそのこと俺も粛清の対象にしてくれたら。そうしたら、みすみす彼らを死なせはしなかったのに――」


 現に奏多は、眉をしかめてそう呟いた。奏多がその場にいたら、きっともっとマシな展開だったはずだ。犠牲はやむを得なかったかもしれないが、それでも全滅なんてことにはならなかった。


 奏多が粛清から外されたのは、前騎士団長の息子で、騎士の家として桐生家が由緒ある家だったこと。奏多本人の実力が抜きんでていて殺すのが惜しかったこと、弟である宙が王冠で粛清の対象ではないのに兄である奏多を殺すことはできなかったことが理由だと思われる。王冠の粛清はその対象の家族にまで及ぶが、反面、仲間意識は非常に高いのだ。そのため、奏多を粛清したら宙も殺さねばならない。それは王冠の仲間意識が許さなかった。


「そういうわけで、俺は今でも小隊長と呼ばれていますが、実際は部隊を持たない一騎士です」


 奏多は最後まで淡々としている。仲間を殺されたことの怒りは強いが、ひとりになって逆に動きやすかったというのも事実だ。奏多はノーマークなのであちこちの軍需機密を探り、それを李生に流していたのだ。


「すべてが終わって青嵐に戻ったら、一からやり直しますよ。父のことを知らなくても、いまの騎士団の在り方をおかしいと思う者は多いんです。殺されていったみなのためにも、それが俺の責務ですね」


 ようやっといつもの笑みを浮かべた奏多に、真澄は頷いた。悲しみと決意を抱えながら、それでも真澄たちのために尽力してくれた桐生奏多。みなが思うより、彼はずっと大人だ。


「有難う……」


 真澄が礼を言う話ではなかっただろう。だが、口から出たのはその言葉だ。


「話を戻しますよ。とにかく青嵐軍の増援は、私たちが予想していた以上に多いようですね」


 知尋が口を開いた。瑛士が頷き、真澄を見やった。


「完全に退けるには、だいぶ日数がかかるでしょうね」


 巴愛と出会った際は青嵐軍と三か月近く戦っていた。あの時の兵力の、今回は十分の一もいない。敵はそれだけ少ないが、比例してこちらの戦力も少ない。長期戦は必至だ。


 真澄の判断は迅速だった。


「彩鈴軍に足止めを頼む。本隊はその交戦中に砦を出て進軍を開始する」


 その言葉で、壁際に立っていた彩鈴騎士団の栖漸砦駐留部隊長である騎士が「はっ」と敬礼する。真澄は頷き、一同を見渡した。


「予定変更だ。出立は今から六時間後。各自、迅速に準備に当たれ!」


 あと六時間もある、と思ったら大間違いだ。何万という単位で動くのだ、それだけの時間がかかる。その頃には、彩鈴軍は青嵐軍とぶつかるはずだ。


 大急ぎで部隊長たちが駆けだした。真澄は息を吐き出す。


 久々の戦場。この昂ぶり。不謹慎でも、心が躍る。


 やはり鳳祠真澄は、馬上で刀を構えていてこその人間だ。

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