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和装の皇さま  作者: 狼花
参部
55/94

3 陽動作戦

 そして数日の旅を終え、天狼砦が眼前に迫ったところで最後の野営を取ることになった。


 簡素な食事を終えてすぐ、真澄は適当な枝を手に取って、地面に天狼砦の図を書いた。その図の周りに、仲間たちが円を作って座る。真澄から見て手前が北部青嵐側、奥が南部玖暁側である。真澄は手前に書いた街道脇に丸印をつける。


「現在地は大体このあたりだな。さて……」


 真澄が説明を始めようとしたとき、宙が顔を上げた。


「なあ兄皇さま。俺、ずっと考えてたことがあるんだけど」

「どうした、言ってみろ」

「やっぱりさ、蛍ひとりで行かせるのはまずくない? いくら蛍が強いと言っても、敵は桁違いなんだし……」


 蛍はそれを聞きながら少し首を傾げる。


「だから、俺も一緒に行きたいんだ」

「……宙!」


 鋭く呼んだのは奏多だ。宙は兄の制止を振り切るようにまくしたてる。


「ほら俺、一応王冠なんだし! 奴らに紛れ込んじゃえば怪しまれないだろ」

「……役に立ちたい、と思ってそう言ってくれているなら、宙は十分私たちの役に立ってくれているぞ?」

「それも勿論なんだけど。役に立ちたいっていうか、自分にできそうなことは自分が引き受けたいんだ。これは俺の予想だけど、天狼砦が陥落したのって、多分玖暁騎士の中に王冠が混ざっていて、内部から制圧されたってことだろ。まさか自分たちも同じ手を食らうとは思ってないと思わないか?」


 その言葉に黎が頷く。


「それはまあ、その通りだろうな」


 真澄はじっと厳しい顔つきで宙を見ている。そしておもむろに口を開いた。


「宙。お前が直接彼らと接触するということがどういうことか、理解したうえで覚悟ができているのか?」

「……勿論、とっくに」


 宙も深々と頷いた。真澄らと出会う前の宙は、ただ特務師団の内部から佳寿に対して不平不満をぶつける問題児というだけだった。だが剣を交えてしまえば、はっきりと宙は「裏切り者」という烙印を押される。二度と青嵐へは帰れないかもしれない。


「研究施設の時と同じさ。俺は俺が信じることのために、昨日までの味方を斬る覚悟がある。そんなこと聞くなんて今更だよ、兄皇さま」

「そうか……愚問だったな、許してくれ」


 真澄はふっと笑みを浮かべた。


「私が見た感じ、青嵐には少年兵も多かったようだしな。宙の演技に期待しよう。――奏多、蛍。それで大丈夫か」


 問われた奏多は困ったような笑みを浮かべた。


「身のこなしの素早さだけは天下一級品ですから。ここ一番でしくじるような弟ではありませんよ」

「うん。宙なら、背中を任せられる」


 蛍も認めた。蛍と並走できるのは宙だけだというのは、自他ともに分かっている。


「天狼砦は玖暁と青嵐の国境を分かつ、東西にかけて建てられた長城だ。砦の周囲は水堀が張り巡らされていて、まず近づくことはできない。砦内部へ潜入するとしたら、跳ね橋を下ろさせるしかないというわけだ」


 真澄はそう言いつつ、跳ね橋が設置されている場所に線を書き込んでいく。跳ね橋を渡った先は一面が平原だ。青嵐の神都から街道を真っ直ぐ進めば到着するこの一帯が、常に戦場となる。ここで玖暁と青嵐は、長年にわたって血を流し続けてきた。青嵐側が戦力分散を狙って砦の両端、つまり青嵐の東端と西端から攻めてきたこともあるが、どれも天狼砦側からすれば各個撃破の対象であった。


「で、黎。城壁に開いた穴というのはどこだ?」


 真正面に座る黎がしばし考え込み、やがて一点を指した。


「このあたりですね」


 等間隔で設置されている跳ね橋と跳ね橋の、丁度間である。それを見た瑛士が呆れたように笑う。


「その城壁の内側は、屋外演習場だ。剣で壁をぶち抜くっていうなら、そこしか考えられないな……」

「というより、どうやったら刀剣で壁をぶち抜くことができるんでしょうね?」


 知尋の疑問に真澄も苦笑を浮かべた。黎が示したところに印をつける。そこから西側へ少しずらした場所に書いた跳ね橋に、もう一度印をつけた。


「砦の正面の門はここ。異変を察知した王冠が真っ先に飛び出してくるとすれば、ここしかない。つまり、囮役の私たちが暴れるのは、この門の前だ」

「その隙に、蛍と宙は砦内に侵入するんだね?」


 奈織の言葉に、真澄は頷いた。真澄は少し横にずれて座り直し、新しく地面に図を書き始めた。それは今までのような砦の全体図ではなく、砦内の見取り図だ。さらさらと書き進める様子に、瑛士は勿論黎も感心したように「ほう」と声を上げた。


「真澄さま、砦の見取り図を完璧に覚えていらしたんですか」


 瑛士が目を丸くすると、真澄は事もなげに答えた。


「当然だ。というより、長いことあの砦にいれば嫌でも構造は覚えたぞ」

「いやあ、俺はとりあえず自分に関係のありそうな場所しか頭に入っていないもので」

「瑛士の記憶力のたかが知れましたね」

「ちょっ、知尋さま……」


 知尋の鋭い突っ込みに、瑛士が撃沈する。そうしている間にも真澄は見取り図を完成させた。地上一階から地下への図だ。


 真澄は蛍と宙に向き直る。


「ふたりとも、順路を説明するから、よく聞いてくれ」


 蛍は頷き、身を乗り出した。


「前にも言ったが、ふたりの仕事は捕らわれている玖暁騎士を解放することだ。捕えられている場所は地下牢以外には考えにくい。必ず、地下のここに捕らわれているはずだ」


 真澄が地下一階と書き加えた場所を指さす。蛍は頷いたが、心配そうな顔で真澄を見上げる。


「……けど、私たちが本当に真澄の仲間だって、信じてくれるかな?」

「五分五分と言ったところだな。確実にするためには瑛士が行くのが何よりだが、見ての通り瑛士は隠密行動に向かないからな」


 妙に納得した様子の蛍に、瑛士が溜息をつく。


「彼らが、私が生きていると信じてくれていれば受け入れるだろう。もしそうでなければ、邪魔かもしれないがこれを持って行って見せてやってくれ」


 真澄がそう言って取り出したのは、豪華な装飾のついた短剣だ。その柄には紅い鳥、鳳凰が彫られていた。


「その紋章は鳳祠家のもの。皇族の刀剣には必ず刻まれている。それを見て、さすがに蛍が私から短剣を奪い取ったと考える者はいないだろう。私から剣を取り上げるのは至難の業だからな、今はともかく」

「……分かった、預かる」


 蛍はそう言って、短剣を懐に収めた。


「騎士たちを解放したあとは、こちらに合流してもらおう。そしてそのまま一気に砦を制圧する」

「うん」

「よし。じゃあ経路の確認だ。まず砦内に侵入して私たちと別れた後、ここにある非常出口から中に入る。そのあと宙は適当に王冠を見繕って、服を奪ってしまえ。不審者を見つけたから牢屋へ行くといえば誰も怪しまないだろう……」


 真澄は木の枝で道順を指し示しながら詳しく説明した。蛍は聞き洩らさないようにしっかりと集中している。宙も一応聞いているが、暗記事は苦手なようで目が泳いでいた。


「……ここの階段を上がればすぐ正面出口、つまり私たちと騎士たちとで挟撃できる、ということだ。分かったか?」

「大丈夫」


 蛍は頷いてから、説明された通りの道順を自分でそらんじた。蛍の記憶力もさることながら、砦攻めの方法を簡単に考え出してしまう真澄の天性の軍略の才にも、仲間たちは驚かされた。


「お前はどうなんだ、おい」


 瑛士に問われた宙が頭を掻く。


「大まかな流れは覚えたよ。うん、大丈夫、大丈夫。多分、きっとな?」

「ほんとか……?」

「そう言うな瑛士、信用がなければ成り立たない作戦だ。とりあえず明日、日が昇ってすぐに攻め込むぞ」


 真澄がそう告げる。


「私たちが砦を越えるために策を練っていることくらい、奴らにも分かるだろう。こういう場合は夜のほうが危険だ。昼間のほうが、警戒は緩む」

「そうですね」


 瑛士も同意した。


 真澄は巴愛を振り返った。


「巴愛。明日は戦場から離れて待機していてくれ。――あまりに、危険すぎる」


 何百、何千と分からない王冠に包囲されることになるのだ。いくら真澄たちでも、巴愛の身を守りながら戦うのは難しすぎる。


 巴愛は素直に頷いた。


「分かりました。待ってます」

「案外あっさりだね」

「どういう意味ですか、奏多さん?」

「いやいや」


 奏多が手を振る。巴愛としては、邪魔にならないことをモットーにしているので、逃げろと言われれば逃げるだけだ。


「昴流、判断はその時の状況に応じてお前に任せる」

「承知しました」


 昴流が真澄に軽く一礼する。これだけ日数が経っても、やはり昴流は真澄と知尋相手には堅苦しいままだった。






★☆






 夜明け直前の天狼砦は、死んだように静まり返っていた。時折城壁から照明が向けられるが、それ以外に機能している様子はない。


 まずは、砦前に広がる平原を横断する。


「照明が当たっていない時に走り抜けるにしても、結構きつい距離じゃない?」


 奈織がそう言ったが、真澄は苦笑を浮かべる。


「まさか走れなんて言わないよ。監視はすべて排除してから行く」


 真澄が知尋を見やると、知尋は頷いた。


「城壁で見張りに立つ兵士を倒し、砲撃台と監視カメラを破壊します」

「……それって、天狼砦を取り戻したあとが大変そうだね」


 奈織の言葉に真澄が頷く。


「その通りだ。会計監査の蒼い顔が浮かぶよ、確か前にも言ったような気がするが」

「皇都防衛のとき、機銃を六機完全に破壊しましたからね。まあ、あの天狼砦を自分たちの手で壊す日が来るなんて思っていませんでしたけど」


 前に進み出た知尋の口元には笑みが浮かんでいる。真澄は呆れ顔だ。


「……楽しんでいるみたいだな、知尋」

「ええ、それなりに」

「ほどほどにしろよ」

「心得ています。無闇に人の命を奪うことは好みませんから」

「それもそうだが、身体のことも考えておくんだぞ?」


 刀を手に戦うのは真澄も好む。だがそれは命の取り合いではなく、試合としてだ。対して知尋は、鬱憤を晴らすかのごとく派手に立ち回るのが好きだ。勿論加減はしているが、あの穏やかさのどこにこれほど激しい闘気があるのか不思議なくらいである。しかも今回の知尋の主な相手は人ではなく堅牢すぎる城塞設備だ。存分に暴れてくれるだろう。


 とはいえ強力な術は身体に反動をもたらす。身体の弱い知尋ならなおさらだ。大概、こういう戦いのあと知尋は撃沈する。


 好戦的な性格と病弱な身体を併せ持ってしまったことは、皮肉以外の何物でもないだろう。


 知尋が【集中】し、術を放った。白い霧のようなものが砦周辺に立ちこめる。瞬間、照明がふっと消えた。


「あの霧は……?」


 巴愛が呟くと、知尋が砦を見つめたまま答えた。


「城壁にいる王冠だけを眠らせたんだよ。私たちの乱闘が始まれば目を覚ましてしまうでしょうが……砲撃は使わせない。あの霧には、金属を錆びつかせる力もあるからね」


 つまり砲撃台は錆びついて使い物にならなくなるということだ。自然に錆びついたわけではないから、元には戻らない。


「次はカメラですね」


 知尋は砦を凝視した。この暗がり、この距離で、正確にカメラが設置されている場所を調べているのだ。


 知尋の視線はゆっくりと次のカメラへと移動する。その動きに合わせ、小規模な爆発が等間隔で起きていることが見て取れた。


「……等間隔で二十六台、でしたよね?」


 合計二十六回の爆発を起こした知尋が真澄に問うと、真澄は頷いた。


「カメラはこれで全部、だな。よし、奴らが行動に出る前に忍び込むぞ」


 真澄の言葉で、瑛士が先頭で駆けだした。


 水堀は人が飛び越せる幅ではなく、しかもかなり深かった。瑛士が速度を緩めた瞬間、目の前に半透明な橋がかかる。知尋が術で足場を作ってくれたのだ。


「で、穴っていうのは……」

「ここだ」


 黎が進み出て、城壁に手をつく。黎の動きに従って足元の橋も伸びる。


 城壁のある部分に力を込めて押すと、嵌め込まれていただけの城壁がすんなり内側へ落ちた。そこにあったのは確かに人ひとり通れる大きな穴だ。


 つなぎ目も何もまったく見えなかった城壁の穴を、こうも簡単に当てて見せるのは不可解すぎる。瑛士が眉をしかめた瞬間、真澄がふっと後ろで笑みを漏らした。


「――成程。ここに穴が開いているのは『うっかり』ではなく、穴を隠したのも『慌てて』ではない。最初からその諜報員は、ここに非常口を作れと命じられていた……というわけか」

「つまり、わざと開けたってこと? 何のために……」


 宙が目を丸くする。黎は観念したように首を振る。


「いつか、ここに穴が開いているという情報を青嵐に売るためだ」


 瑛士が黎を軽く睨んだ。


「おいこら、彩鈴は『既存の情報』を売るんだろう。自分から情報を『作り出す』のは規約違反だったはずだぞ」


 もし本当に、ここに玖暁騎士が穴を開けてしまっていて、それを彩鈴の諜報員が偶然見つけたのなら、それは「情報」だ。だが今回のことは、彩鈴が自作自演で造り出したことである。その行為を禁じるという規約を、彩鈴は玖暁、青嵐両国と結んでいる。


 答えたのは真澄だった。


「瑛士、無理を言うな。その規約を結んだのは狼雅殿であって、つい四年前のことだ。狼雅殿の父上だった前彩鈴王は諜報に力を入れ、時にはこうして自ら情報を作り出していた。この穴も、その頃に作られたものなのだろう?」

「その通りです。しかしいずれ真実をお話しし、修理費を出すつもりだったというのは事実です」


 黎の言葉に真澄は頷く。


「狼雅殿が、情報を売る行為を潔しとしていないことは知っている。だからこそこの穴の存在を、青嵐には売っていなかったんだろう。私にはそれだけで十分だ」


 真澄はそう言って穴をくぐった。瑛士はばつが悪そうに頭を掻く。


「……悪かったな、時宮。勉強不足だった」

「お前の勉強不足はとっくに理解しているさ」

「ぐっ……返す言葉がないのが悔しいが……まあ、あれだな。味方だとこの上なく頼もしいな、お前は。敵になったら絶対逃げ出すが」

「じゃあ、有難く思っておいてくれ」


 黎は笑みを浮かべて穴をくぐった。


 そこはだだっ広い敷地だった。騎士が訓練を行う場所である。だが当然のこと、人の気配はまったくない。


「宙、蛍」


 真澄の言葉に、ふたりは表情を引き締める。


「作戦開始だ。よろしく頼む」

「任せといてくれ」

「うん」


 宙と蛍はそれぞれ頷き、ふたりで踵を返した。それを見送り、真澄は残った仲間を振り返る。


「巴愛、昴流、ふたりは身を隠せ。特に昴流、無理をするなよ」


 昴流は少々無茶をしすぎるきらいがある。彼が怪我でもすれば、巴愛や咲良をはじめ、みなが悲しむ。最近それを自覚しつつある昴流は、心得たとばかりに頷き、巴愛を伴って別方向へ駆け去った。


「さて……派手に囮になってやろうか」


 真澄は呟き、悠然と歩を進めた。


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