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和装の皇さま  作者: 狼花
弐部
51/94

25 神なる炎、入手

「どうやら王冠ではないようだな」


 内心の動揺を隠して真澄はそう言う。だが、刀は収めない。


 襲いかかってきたのは確かに彼女だ。しかも武器を持っていないから、恐らく素手で飛びかかった。その速さと拳や足の威力は、油断ならない。


「私は確かに真澄だが、私に何か御用かな」


 飛びかかられても対処できるように足を開く。と、少女は両手を挙げた。戦う気はない、という意思表示だ。


「王冠だと思って攻撃しちゃっただけ。ごめんなさい」


 真澄はそれを聞き、ゆっくりと刀を収める。少女も手を下ろした。


「こんなところで何をしている?」

「探し物」

「というと?」

「貴方が探しているのと同じもの。呪い、かかってるんでしょ」


 なぜ知っている、と誰もが思ったが、真澄はその疑問をスルーした。


「……私たちが騒動を起こした混乱に乗じて、君も乗り込んだのかな?」

「違う」


 少女は首を振った。


「何日か前、ひとりで忍び込んで捕まった。でも、施設の動力が落ちて拘束具が外れたから、逃げた」

「ほう、良い度胸をしている。……その『探し物』、見つけてどうするつもりだ? 私にも譲れない事情がある。事と次第によっては、押しとおらせてもらうが――」


 穏やかな口調で真澄が言うと、また少女は手を挙げた。


「目的は違うけど、結局同じことする」

「どういう意味だ?」

「私が神核を集める。そうすれば、貴方の呪いが解ける」


 真澄が目を見張った。瑛士が身を乗り出した。


「それは本当か!?」

「瑛士、反応すべきはそこではない。……どうして、私の呪いのことを知っているのだ? どうして呪いを解こうとする?」


 安直な瑛士を真澄が黙らせる。一息に信用するには、まだ足りない。少女があまりに『知りすぎて』いることが、逆に不審だった。


「貴方に呪いを施すことに成功したって、研究者たちが自慢しているのを聞いた。ついでに、私もその実験台になりそうになっていたから」

「……ふむ」

「貴方に会ってすぐ分かった。貴方から強い魔力を感じる。だから、気付いた。それだけ」


 片言でしか話せない少女は、どこかもどかしそうだった。会話に慣れていない、そういう雰囲気だ。


「その呪いは、非道なこと。許すわけにはいかない。助けるために、神核を集めなきゃならない。それが使命」

「使命ね」

「呪いを解く方法を、私は知っている。貴方が信じてくれなくても、私は勝手にやる」


 少女は真澄を見上げた。強い意志を込めた目だ。


「……でも、連れて行ってくれるならその方が手っ取り早い。一緒に行かせて。必ず、助けるから」


 真澄はしばらく少女を見つめたが、やがてふっと微笑んだ。


「……分かった。では詳しいことは先へ進みながらでも話してくれるかな。時間が惜しい」

「そんな安易に信じて大丈夫ですか?」


 知尋は疑念を捨てられないようだ。それもそうだと思うし、慎重な性格の知尋ならなおさらだ。


「ただでさえ私たちは手がかりの少ない旅をしているんだ。信じてみることで、何か見つかるかもしれないだろう? 敵でないなら、それでいい」


 そう言われると、知尋にそれ以上の反論はできない。


「じゃあこっち。場所は知っているから」


 少女はそう言ってくるりと踵を返し、元来たほうへ歩き出した。


 真澄は少女と歩を合わせた。真澄だからついていけているが、小柄な少女にしてはかなりの早歩きである。宙など半ば小走りだ。


「……君はなぜ、たったひとりでここへ忍び込んだんだ?」

「火の大神核『神炎』を取り戻すため」

「やはり大神核だったのか」

「知っていてここに来たんじゃないの?」

「残念ながら私たちの間では予測でしかなくてな。それで、それをなぜ君が取り戻す? 君は何者なのだ」


 少女は迷いなく角を曲がっていく。知尋が黙っているから、方向は正しいのだろう。


「私は純血の彩鈴帝国人の末裔。大神核を守るのが役目」

「純血の彩鈴帝国人の末裔……?」

「私のご先祖は深那瀬に住んでた」


 真澄が目を見張った。どう驚いていいのかいまいち分かっていないらしい巴愛に、知尋が説明する。


「彩鈴帝国の民は、【魔大戦】で多くが犠牲になりました。生き延びた者も確かにいたでしょうが、今となっては他の血と混じって純血など存在しないはず……実は瑛士に隠し子がいると言われたほうが、まだ真実味があります」

「知尋さま、いまさらりと俺を見下しましたね?」


 瑛士がじろりと知尋を見やったが、知尋は徹底的にスルーした。


「つまり君のご先祖は遡れば、神核を生み出し、世界の滅びを回避した者たち……彼らが興した帝国の血を細々と守り続けてきたということだな」


 彩鈴帝国を作ったのは古代人。その古代人たちは、巴愛の時代の人間の末裔だ。つまり巴愛のずっと未来の子孫が、この少女なのだ。


 真澄に問われ、少女が頷く。


「私の他にもいっぱいいる。彩鈴の山奥で古代の文化を大事にして生きている。普段使っている言葉は異国の言葉だから、この言葉あんまり得意じゃない。……言葉遣い、おかしくない?」


 心配そうに尋ねられ、真澄は微笑んで首を振った。それにしても古代の文化とは。奈織がいれば大喜びで食いつきそうな話題である。勿論、真澄も考古学者の血が騒ぐというものだ。


「大丈夫だ、ちゃんと分かる。……では、大神核を守るとは、具体的にどういうことだ?」

「別に何もしない。大神核が誰の手にも触れないように見守ってきただけ。なのにこの間、青嵐の人が『神炎』を奪った」

「だから取り返しに来たのか」

「うん、忍び込んだときまではそのつもりだった」

「ん? なら今はどうするつもりだ」

「貴方は『神炎』の力で呪いを受けている。それを解くためには『神炎』があるだけじゃ駄目。『神炎』を消滅させるしかない」


 反応したのは知尋だ。


「神核を消滅させる? そんなことが可能なのですか?」


 神核の中に込められた魔力が尽きれば、神核はただの石と化す。しかしそれは「消滅」とは言えない。粉々に砕いても、削っても、神核は消滅などしない。


「私が消滅させる手順を知っている。だからそれで消す」

「……できるとしても、それほど強大な神核を消してしまっていいのでしょうか?」


 その問いは昴流だ。


「ただ奪われたなら取り返して封印するだけで良かった。でも、青嵐は神核の力を使ってしまった。そうなったらもう手が付けられなくなって、神核が暴走する。大惨事になる前に、消すしかない」

「成程な……」

「けど、ひとつ問題がある。『神炎』だけを消滅させることはできない。残りの二つも手元にある時、つまり三つ一緒じゃないと消滅させられない」

「……玖暁と彩鈴にある他の二つも、同じように集めなくてはならないのか?」


 真澄が眉をしかめる。瑛士が舌打ちしたげな顔になる。


「これで真澄さまの呪いが解けると思っていたというのに……!」

「……彩鈴のものは、後程狼雅殿にお話ししておけばいい。ひとつひとつ、やれることをやるしかないだろうな」


 真澄は冷静にそう言った。


 真澄たちは階段にたどり着いた。きちんと上へ続いている。踊り場に足を踏み入れた瞬間、下から人の気配が上がってきた。瑛士がはっとして身構えかけ、すぐに緊張を解く。


「御堂」


 聞こえたのは黎の声。黎と奈織、奏多の制御室組が、階段を使って上がってきたのだ。


「無事みたいだな。昇降機の動力まで落としてほしくなかったが」

「無茶言わないでってばあ。……ん、ところでそっちの人は?」


 奈織が目ざとく少女に気付いた。真澄が微笑む。


「助っ人だ」

「何か真澄って、知らないうちに仲間を増やしてるよね」

「まったくな」


 というのはもっぱら宙と奏多のことで、再会した兄弟は顔を見合わせた。


「まあとにかく、施設設備は完全に機能を停止しています。奈織さんがロックまでかけてくれたので、当分の間は復旧しないでしょう」


 奏多の言葉に真澄は頷いた。


「目的はこの上だ。行くぞ」


 階段を駆け上がって五階へ向かう。廊下に出ようとした瞬間に銃声が鳴り、一行は慌てて階段の陰に身を隠す。銃声はしばらく続き、ぴたりと止む。


「自分から『ここが怪しいです』って言っているようなもんだな」


 宙が呆れたように呟く。瑛士がふっと笑って刀を抜いた。


「まあいい。こそこそやるのは性に合わんからな。堂々と突破して目的の物を頂戴するとしよう」

「どこの野盗ですか」


 奏多もまた苦笑を浮かべて突っ込む。知尋が眉をしかめた。


「しかし、これだけの銃弾の中を突破するのは……」

「忘れたのか、知尋。瑛士は『銃弾の一刀両断玖暁騎士記録』の保持者だぞ」


 真澄がにっと笑う。奈織が愕然とする。


「なんなの、それ……」

「書いて字の如くだが」

「そういえばありましたね、そんなもの……」


 昴流も溜息をつく。豪速で飛来する銃弾を刀で両断する。一歩間違えれば即死、良くても大怪我必至である。


「なんか、案外どうでも良さそうなことやってるんだねえ、騎士団長様が……」

「ふん、銃弾斬りなら私もやったことがあるな」


 黎が腕を組み、奈織が目を見張った。


「ってえ、兄貴まで!?」


 奈織は無視し、黎が瑛士に目くばせする。瑛士がにっと笑って腰を浮かせた。


「行くか」

「ああ」


 二人の騎士は刀と槍を構え、呼吸を合わせた。


 そして二人同時に陰から飛び出した。凄まじい速さで、廊下の一角を封鎖する王冠たちに肉薄する。隊長らしき男が上ずった声を上げる。


「う、撃てぇっ」


 その声と同時に、王冠たちが一斉に銃を撃った。瑛士がにっと笑う。


「王冠は刀一本で戦うってのが信条じゃなかったのか? 時代は変わるもんだな!」


 抜剣の勢いそのまま、瑛士は飛来した銃弾をまとめて切り払った。真っ二つになった銃弾がばらばらと床に落ちる。それだけで王冠たちは竦みあがった。


 瑛士が真っ直ぐ切り込んでくる。銃弾などかすりもせず、かする可能性のあるものは両断された。大雑把に振り回しているように見える瑛士の刀だが、実は至極正確だ。


「すごいですねえ、御堂さんは」


 奏多がのんびりと称賛すると、真澄がふっと笑った。


「戦いのことになると、頭がキレる男だからな」

「というより、あれは単なる野生の勘、本能ですよ。計算も何もありはしない、『振るってみたら当たった』です」


 さらりと斬り捨てたのは知尋である。真澄ががくりと肩を落とす。


「知尋。……それがたとえ真実でも、瑛士の威権に関わるから口に出してやるな」

「そうでした、私としたことがつい。『思慮深くで冷静沈着な騎士団長』と……それが瑛士の化けの皮でしたね」


 ははは、と面白そうに笑っているあたり、まったく悪いとは思っていない。少女が目を丸くしている。


「ここって、敵陣じゃないの?」

「うん、敵の真っ只中だな」


 宙が腕を組む。少女が首を傾げた。


「賑やかなんだね」

「緊張感がないってだけですよね……?」


 巴愛が困ったように微笑んだ。


「突っ込んでくる男に銃口を集中しろ!」


 隊長が悲鳴じみた声を上げる。瑛士はそれでも臆さず、真っ直ぐ駆け抜ける。


 瑛士に気を取られた王冠たちは、途中で忽然と消えた黎に気付かなかった。


 瑛士が刀を振りかぶって王冠たちに斬りかかった。だがその一瞬無防備なところを、他の王冠が狙撃しようとする。


「私を忘れてもらっては困るな」


 冷ややかな声と共に、長大な槍が王冠たちを薙ぎ払った。瑛士と並走していたはずの黎だ。途中で速度を落とした黎は瑛士に砲火を集中させ、自分は大きく迂回して横から踊りかかったのだ。二人の間では、そんな暗黙の作戦が成立していたのである。


 瑛士と黎の連携で、廊下を封鎖していた護衛士は壊滅した。真澄らが階段から廊下に出た瞬間、階段の下から「上だ、走れ!」という声と階段を駆け上がる音が聞こえてきた。はっとした真澄に代わり、奏多が刀を抜く。


「階下へ蹴落としたらすぐ行きます、先へ行ってください」

「分かった、頼む」


 真澄はそう言い、知尋に向き直った。


「知尋、神核はどこだ?」


 知尋は廊下の奥を指さした。


「この奥です」


 真澄は頷き、駆けだした。瑛士と黎が先頭に立って襲いかかってくる王冠を斬り倒す。


 角を曲がると、そこは突き当りになっていた。扉が一つあるだけだ。


「この部屋……ですね?」


 瑛士の問いに、知尋が頷く。奏多も早々に追いついてきた。瑛士はドアノブを回し、ゆっくりと押し開けた。


 室内は暗く、誰もいなかった。その中で、ぼんやりと赤い光が浮かんでいる。混乱の中で置き去りにされたらしい、巨大な神核だ。


「これが大神核……『神炎』」


 黎がポツリとつぶやく。と、真澄が右腕を抑えた。知尋がはっとして振り向く。


「痛みますか?」

「……いや、痛みはない。ただ……疼くんだ。嫌な予感しか、しない……」


 真澄の額にはうっすら冷や汗が浮かび、顔色も青褪めていた。


 奈織が歩み寄る。そして、その神核をじっくりと眺めた。


「へえ、こりゃでっかいねえ。こんな神核、初めて見るよ」


 呟きつつ、奈織が『神炎』を手に取った。少女が進み出て、じっと神核を見つめる。


「……うん、本物。これが大神核」


 瑛士はほっと息をついた。


「目的は達成だ、長居は無用。さっさと脱出しましょう」

「そうしたいのは山々だが、どうやって? 王冠は続々とここへやってくるぞ」


 黎の言葉に、瑛士がむっと唸る。真澄は格子の嵌められた窓に近づき、刀の一撃で格子を砕いた。


「兄皇さま?」


 宙が声をかける。真澄は刀を収めて窓を開け放った。風が吹き込んでくる。兄皇は振り返り、微笑んだ。


「飛び降りようか」

「んな無茶な! 地上五階だぜ、ここ!」

「なに、大したことはないさ」

「ある! 大したことある!」


 宙がそう叫んだ時、部屋の外の廊下で激しい足音が響いた。黎が眉をしかめる。


「一刻の猶予もありませんね」

「下の安全を確保します」


 そう言って真っ先に身を躍らせたのは昴流だ。巴愛には真澄がいるし、殿を瑛士が務めるなら最初に飛び降りるのは部下である自分だ、と昴流は己に課していた。


「奈織!」

「はっ、はい!?」


 急に呼ばれた奈織が硬直する。黎は奈織の服の襟首を掴んだ。黎は奈織を担ぎ、窓枠に飛び乗った。


「あっ、ちょっと、兄貴ぃっ」

「うるさい、舌を噛むぞ」


 黎はそう一喝し、窓枠を蹴って飛び出した。瑛士がそれを見送って呆れたような顔になる。


「実の妹の扱いがこの上なく悪いな……」

「瑛士、殿は任せた」

「はい、真澄さま」


 瑛士が頷く。真澄は巴愛の手を引いて引き寄せた。


「ちょっと失礼」


 真澄はそう先に言って、巴愛の身体を掬い上げた。巴愛が真っ赤になる。人生二回目のお姫様抱っこだ。


「ひゃあ、真澄さま……!?」

「下へ降りるまでの辛抱だ。掴まってろ」


 真澄はそう言い、巴愛を抱き上げたまま窓から飛び降りた。真澄は高いところが苦手なはずなのに、こういうときは大丈夫なのである。巴愛のほうも、ジェットコースターのようなものが大好きなので、怖くはない。


「あのふたりはまったく、こんな時まで笑わせてくれるんだから」


 知尋が微笑んでからそれに続く。


「兄さんっ、俺は一人で平気だよ。だから……」

「いや、残念だけどそう言うわけにはいかないな。一応俺も、兄貴だし」


 奏多はいやがる宙をひょいと肩に担いでしまった。歳の差があるとこうなるのが理不尽だ。


「待ったぁ! 瑛士さんや黎さんや兄皇さまなら安心できるけど、兄さんは安心できないぃ! だったら頭から突っ込もうが俺一人で降りるぅっ」

「酷い言い草だな」


 奏多はそう言って、軽く床を蹴って部屋を飛び出した。


「お嬢ちゃん、俺に掴まると良い」


 瑛士がそう少女を呼ぶと、少女は首を振ってまっすぐ窓に近づいた。


「ひとりで平気」


 そう言って、他の皆と遜色のない身のこなしで窓から飛び降りた。瑛士が頭を掻く。


「結局、格好つかないのは俺だけか……」


 ぼやきながら、殿の瑛士が部屋を脱出した。


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