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和装の皇さま  作者: 狼花
弐部
47/94

21 忠臣が蒔いた種

桐生(きりゅう)奏多(かなた)と申します。弟がぎゃんぎゃんうるさかったと思いますが、信用して下さって有難うございます」


 さすが、と瑛士が口の中で呟く。弟の性格は把握済みなのである。


「いや、こちらこそ礼を言う。我らと接触すれば、貴方がたの身の危険も増すだろうに――」

「そのあたりの心配は無用ですよ。身の危険も何も、王冠の連中は騎士団に無頓着ですから。俺に注意を払う者などいません」


 奏多はそう言って、テーブルを囲むように設置されているソファに座るよう勧めた。その時には既に宙が全員分の茶を用意して戻ってきた。大雑把な性格かと思いきや、案外マメで気が付く。


 宙と奏多はすでにこちらの正体を知っているが、もう一度挨拶をし直した。そこで初めて黎と奈織が名乗り、宙がぎょっとして「彩鈴の騎士団長!」と驚愕した。奏多もそれなりに驚いていたようだ。しかし――


「――幼馴染なんですよ。昔は隣に住んでいまして」


 奏多がなんの前触れもなくそう言ったので、みなついていけなかった。と、宙が呆れたように言う。


「李生さんの話ね。兄さん、主語を省略すること多いから」

「……あ、すみません。俺と李生の関係を話そうと思っていたんです」


 奏多が苦笑し、真澄たちもようやく理解した。宙が溜息をつく。


「兄さんっていつもこんなで、なんかぽやーってしてて、ちょーっと話噛みあわないとこあるかもしんないけど、察してやってな」


 成程、これなら弟がしっかりして当然である。


 本人はいたって真面目なんだけどなあ、と宙がぼやく横で、奏多が咳ばらいをした。


「改めて……李生と俺は歳も近くて、家も隣同士だったことから、よく遊んだんですよ。宙が生まれてからは、李生も弟を可愛がってくれました」

「宙も、李生を覚えているんですか?」


 知尋の問いに宙が首を捻った。


「ちょっとは覚えているんだけど……李生さんと一緒にいられたのは、俺が三歳になる前までだったからさ」

「八歳の時、急に引っ越したんです。いえ、引っ越したなんてものではありませんね。荷物も全部置いたまま、必要なものだけを持って逃げたんですよ。誰にも知らせずに」


 奏多の声は少しさみしそうだ。


「どこへ行ったのか、なぜいなくなったのか……その答えは、五年前に分かりました。李生が俺に手紙を送ってきたんです。住所を覚えていたことにも驚きましたが、その手紙は彩鈴経由で玖暁から来たのです。直接青嵐に届けると、どこで情報が漏れるか分かりませんからね――そこでようやく、李生は玖暁にいると知りました」

「……亡命した理由は?」


 真澄が尋ねる。真澄らは勿論、その理由を知っている。李生から知らされた彼の事実と、奏多が話す事実――それが一致していないと、奏多を信じるわけにはいかない。


「騎士だった李生の父親は、当時まだ対等の組織として対立していた特務師団の不正を暴きかけていました。しかし、有力な貴族や政治家との癒着が発覚しそうになった王冠たちは、李生の父を殺害した。そして李生とその母親をも殺し、一家で事故死ということにしようとした――ということらしいです。いち早くそれを悟っていた李生の父は、自分が殺される前にふたりを玖暁に逃がしたんだそうです」


 彩鈴で難民は受け入れていない。行くとすれば玖暁しかないのだ。そうして李生は母に連れられて、追っ手がかかるより前に国境を越え、ぷっつりと消息を絶った。


「手紙にはそう書かれていましたが、当たっていますか?」


 奏多に聞かれ、真澄が頷く。李生に聞かされたのと同じだ。


「ああ。……続けてくれ」


 真澄に促され、奏多は頷く。


「李生は手紙で青嵐の情勢をよく尋ねてきました。最初の内はまさか騎士になっているとは思わなかったので、ただ単に故郷の様子が気になっているのかと思っていましたが……そうではないことに、すぐ気づきました。昔から人付き合いが下手で、手紙も事務報告みたいなあいつが、何度も青嵐の様子を突っ込んで聞いてくるはずがない、と。俺から得た情報を何かに使っていると確信したんです」

「騎士になったのは?」

「丁度その頃です。李生に、きちんと確かな情報を伝えてやりたいと思ったので」

「ええっ、それだけで?」


 奈織が遠慮なしに大声を上げる。奏多が笑う。


「勿論、青嵐の軍を立て直したいという野望もありましたよ。王冠に回された宙も、助けてやりたかったですしね――まあそういうわけで、あやふやではない情報を李生に送ることができていました。多分、李生も俺が軍部に入ったと察したでしょうね。見事なまでにあちらから情報は送られてきませんでしたが」

「確かに、相手にこちらの情報は一切提示していない、と言っていたな」


 真澄が呟く。瑛士が腕を組む。


「だがそれでいいのか? 悪い言い方をすれば、お前は青嵐って国を売っているんだぞ」

「そう言われても仕方がないことは分かっています。でも良いんです。最近は軍部だけでなく内政にまで関与してきて、このまま好き勝手やらせていたら青嵐どころか世界が崩壊する、と俺は思っていますから。それを玖暁が止めてくれるなら、喜んで青嵐を売ります」


 格好いいことをさらっと言ったが、ここでまた宙の補足が飛んだ。


「内政にまで関与して好き勝手やってる云々ってのは、矢吹佳寿のことだぜ?」

「あ……ああ、そうだな」


 瑛士が頭を掻き、他の者が苦笑する。熱くなると主語がぶっ飛んでしまうようだ。調子よく話していただけについていけなくなってしまう。


「すみません、興奮してしまって。で……俺からも李生のことを聞いていいですか?」


 大して悪びれた様子もなく、奏多が言った。真澄が頷くと、奏多は慎重に尋ねた。


「李生は……玖暁でどう生きていたんですか? 兄皇陛下らと直接親しい間柄だったというのは、どういう経緯で……」


 真澄が言葉を詰まらせる。しかしやがて、真澄は口を開いた。


「――私と知尋で、ある地方都市へ視察に行ってな。視察の目的は玖暁有数の神核加工所だった」


 鉱山から採掘された神核は加工所に運ばれ、そこで日用品としてふさわしい形に加工するのだ。採掘されたままの神核というのはただの石の塊のようなもので、その塊を小さくして角を取って丸めたり、豪華な装飾を付けたりする。そうなって初めて、神核は市場に販売される。


「その加工所で、李生たちは働いていたよ」

「……悪い状況だったの?」


 宙が問う。真澄がまた言葉に詰まった。見かねた知尋が説明する。真澄が言いにくかったり実行したりするのを憚ることは、すべて知尋が代わると心に決めている。


「要するに奴隷状態でした。青嵐からの亡命者と言う弱みを握られ、黙っているから働け、とね。かなりの悪条件の中働かされていて、李生は重い病にかかっていました。それでも放置され、本当に死の淵まで追い詰められていたんです」


 宙が息を飲んだ。奏多も眉をしかめる。事情を知っている瑛士は渋い顔だ。断片的に知っていた昴流や巴愛も勿論、黎も奈織も、その残酷さに言葉はない。


「解放されてからは母君とともに皇都に移り住み……李生は騎士になって、母君も市街で不自由なく暮らしていましたよ」

「……そりゃ、手紙に書けるわけがないですね」


 奏多が沈鬱に呟いた。


 真澄と知尋が救ってくれたから――李生はふたり個人に忠誠を誓っているのだ。誰よりも強い忠誠で、揺らぐことなく。


 真澄が話を引き継ぐ。


「皇都が陥落した時には、防衛指揮を執って最後まで城に残ってくれた。それからどうなったかは分からないが……おそらく生きて捕えられているだけだろう、と思っている」

「そうですか……そんなことになっていたとは……」


 奏多が呟いたきり黙る。


 しばらくして奏多が顔を上げる。その顔には揺るぎない決意が満ちている。


「……今この場にいない李生の分も、陛下らにご助力したいと思っています。お願いできませんか」

「こちらにとっては願ってもないことだが……いいのか? 私の敵は王冠で、騎士と戦うことにもなるかもしれない。そうなれば、貴方や宙の立場は危うくなる」


 真澄のもっともな言葉に、奏多は微笑んだ。


「大丈夫ですよ。王冠と戦うことに躊躇いはありませんし、騎士団の面々も『桐生ならいつかやるだろうと思っていた』……というような感じですから。俺は彼らのためにも、矢吹を討ち果たさなければならないんです」


 宙も顔を上げる。


「兄さんが行くなら、俺も行く」

「宙」

「俺はこれでも王冠だ。それに、俺がいなきゃ誰が兄さんの話を解説してやれるんだよ」


 宙の言葉に奏多は何も言えない。黎が顎をつまんだ。


「この状況で桐生殿の助力を仰ぐとなれば、彼をひとり残すことは返って危険なことになります」

「俺も時宮に同感です」


 瑛士が同意した。


 真澄が知尋と巴愛、昴流を見ると、彼らも頷いた。


「分かった。そこまで言うのなら何も言わない。よろしく頼むな」

「はい」

「任せてくれ!」


 奏多と宙がそれぞれ答えた。


 晴れて正式な仲間となったので、真澄は事情をふたりに話した。第二研究所に忍び込む方法を問われると、奏多が頷いた。


「特務師団本部にあるんですよ」

「何が?」


 とは、奏多の語り口や性格に慣れてきた知尋である。例のごとく主語の抜けた奏多は頭を掻きながら答える。


「第二研究所へ抜ける隠し通路です。距離的にはだいぶありますが、地下で繋がっているのです」

「ほう……しかし、そんなところに潜入できるのか?」


 瑛士の問いに、にやりと宙が笑う。


「さっき言ったろ、王冠はみんな出払ってるって。警備の奴らは研究所に寝泊まりしているから、本部はもぬけの殻さ」

「む、そうだったな……」

「そこで決まりだねえ」


 奈織がのんびりと呟く。奏多が頷いた。


「研究所内の見取り図は、残念ながら入手できません。施設内に入ってから地道に探すしかないでしょうね」

「大丈夫だ。神核の力を追跡できる神核術士が、こっちにはいる」


 真澄の自信たっぷりの言葉に、知尋がやんわり微笑む。大神核の力が強ければ強いほど、知尋がそれを追うのは容易になる。


 短い作戦会議は終了し、この日はこのまま奏多と宙の自宅に泊まらせてもらうことになった。両親はすでに亡くなっているらしく、部屋は余っている。元々母が使っていたという部屋を奈織と巴愛、父親が使っていたらしい部屋を瑛士と黎と昴流。客室だという部屋に真澄と知尋が泊まることにした。


「宙」


 瑛士が改まって宙に声をかけた。宙が振り向く。


「ん、どうしたの?」

「さっきは悪かったな。殺すだのなんだの、酷いことを言ったし抑えつけちまって」

「あ、そのこと? もういいって。俺も騒いじゃったし、それより瑛士さんすげえなあって思ったから」

「すごい?」

「俺だって訓練受けてるから、あんな簡単に抑え込まれるとは思ってなくて。これが玖暁の騎士団長かって実感した」


 瑛士はふっと笑い、宙の頭に手を置いて髪の毛を掻き回した。


「俺を振りほどけると思うなよ、身の程を知りやがれ」

「知った、知った、すんごく知った! だからさ、これから瑛士さんの戦いっぷり見てるよ。それで勉強させてもらうから」

「なんだ、俺の技を盗むつもりか? そう簡単には行かないぞ」


 つくづく、瑛士は年下の扱いがうまい。


「……ところでな、宙。お前にとっては答えたくないことかもしれないが、王冠について聞いてもいいか?」

「ん、いいよ」

「お前は適正ありとみなされて王冠に回されたって言ってたよな。それはどういうことだ?」


 宙は窓の外に視線を泳がせた。


「……学校の検査なんだ。基礎体力とか神核術の腕とか、そういうのがある一定水準より高かった学生は、それが分かった時点で特務師団に引き渡される。そんでそこで神核エネルギーを照射されて、それにも耐えた奴は王冠見習いだ」

「……」

「同級生たちはさ、みんな王冠に選ばれた俺のこと羨ましがるんだ。けど、全然嬉しくなんかなかった。大人たちは国家のために戦えるのは名誉だとかいうけど、つまり王冠になったら俺は人間じゃなくなっちゃうってことなんだよ。自分のものじゃない強さなんて、俺はいらない。あんなの……ただの化け物だ」


 確かに化け物じみた強さではあったな、と瑛士は思ったが口には出さなかった。


「王冠っていうのは、いつから神核エネルギーを使い始めたんだ?」

「ずっと昔からあるにはあったらしいよ。こんな大々的に候補者集めるようになったのは、矢吹が特務師団長になってからだけど」

「矢吹か……そいつは何者なんだ?」

「さあ……特務師団長になったのはすごい突然で、それまであんな男見たことなかった。五年前だけど、これまではあいつもまあまあまともだったんだよ。玖暁を滅ぼすなんて、つい最近言い出したことなんだ」


 宙が苦虫をかみつぶしたような表情になる。


「あいつは本物の化け物だよ。通常の王冠の倍以上、自分の身体に神核エネルギーを照射してる。あれで身体がもってるほうが異常だって言われてるよ」

「そうか、神核エネルギーを直接取り込むと人体に影響があるんだったな……お前は大丈夫なのか?」

「ああ、俺みたいに一回、二回だったらそれほど影響はないよ。むしろ丈夫になったくらい」


 答えてから宙は不思議そうに瑛士を見上げた。


「っていうか、なんで兄さんのほうに聞かないんだ? こういうことは兄さんのほうが詳しいけど」

「あー……うん、まあ、な」


 本音を言うと、瑛士は掴みどころのない奏多に話しかけづらかったのである。宙がにやりと笑う。


「瑛士さん、兄さんのこと苦手なんだ?」

「なっ!?」

「大丈夫だよ、俺がフォローしていくから。そのうち慣れるよ、嫌でもね」


 瑛士は頭を掻き、溜息をついたのだった。


 その時真澄は奏多から、李生の手紙を見せてもらった。そこにある字は確かに李生のものだ。その文面には一見意味が分からない単語がいくつも書かれていた。なんでもそれは李生と奏多の間でだけ使える暗号だそうで、手紙を彩鈴経由で送ったり暗号を使ったり、まったく抜かりはない。


「あの……」


 巴愛がおずおずと奏多に声をかけた。奏多が微笑む。


「うん?」

「李生さんからの手紙、あたしのことも書いてあったんですか……?」

「あっ、それ僕も」


 昴流も名乗りを上げる。宙がふたりの名を言い当てたことからそう尋ねたのだ。


「最後に送られてきた手紙だけには、全部実名で書かれていたんだ。李生も自分が騎士だと明かしたし、兄皇陛下にお仕えしていることも知らせてくれた。そしておそらく兄皇陛下らに付き添うのは騎士団長の御堂さんと、君たちふたりだろうと」

「あ、そうだったんですか」


 巴愛がほっとしたような複雑な顔で頷いた。しかし奏多が微笑んだままなので、知尋がさりげなく奏多の持つ便箋を覗き込んだ。そこには、奏多が暗号を解読しながら文面を書き直した紙がある。李生は日常的なこともぼかしてはいたが、それなりに書いていたようで、


『上司ふたりが大真面目でなかなかくっつこうとしない。ああいうのって、周りはどう背を押してやったらいいんだ? しかも俺の部下は、その女性が好きみたいでな。なかなか複雑で、俺にはついていけないよ』


 と書かれていた。上司などと言っているが、ばればれである。知尋が珍しく吹き出し、大笑いした。真澄が不思議がって何がおかしいのか尋ねようとしたが、知尋は上戸に入って答えるどころではなかった。昴流が便箋を覗き込もうとしたが、知尋と奏多がふたりがかりで妨害してきたので、結局当事者たちは見ることが叶わなかったのである。


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