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和装の皇さま  作者: 狼花
弐部
43/94

17 玖暁騎士団流

 翌日に真澄らは旅仕度を整え、王城前に集まった。真澄に同行するのは知尋、瑛士、巴愛、昴流、黎、そして黎の希望で奈織だ。さらに、騎士団から五名の護衛がついた。


「まずは、青嵐との国境沿いに位置する栖漸(すざん)砦へ向かいます。そこまでは我が彩鈴領内の旅となるので、私の部下が同行いたします」


 寝食の雑事を彼らがすべて引き受けてくれるということだ。真澄としては「申し訳ない」という気持ちなのだが――。


「これは協力者として当然の処置ですよ。むしろ、栖漸砦より先を護衛できないことが情けない限りです」

「……分かった。有難う」


 真澄がしっかりと頷いた。そして彼らの背後で緊張して硬直した様子の騎士たちを振り返った。みな若い騎士だ。黎が経験を積ませるつもりで人選したのだろう。要人警護は、戦争と無縁の彩鈴では最重要の仕事だ。


「そんなに堅くならなくていい。――しばらくよろしく頼む」


 真澄の気遣いと笑顔に、少し騎士たちの表情が和らいだ。気さくな皇に、緊張感が緩んだらしい。と、そこですかさず黎が喝を入れる。


「兄皇陛下のお心に甘えて職務を怠ることがないように」

「は、はっ!」


 途端に騎士たちが声を合わせた。奈織がこっそり他の仲間たちに耳打ちする。


「一応、兄貴って鬼団長で通ってるから。若い騎士には恐れられてんのよねえ」

「通常どんな指導をしているのかが気になるところですね」


 知尋がそう言い、ちらりと瑛士を見やる。瑛士も訓練に関してかなりの鬼っぷりだ。


 狼雅は馬車を用意しようとしたらしいが、さすがに真澄もそこまでしてもらうつもりはなく、玖暁から乗せてくれた馬をそのまま連れて行くことになった。


「真澄さま、いつかあたしに馬の乗り方を教えてくれませんか?」


 巴愛がそう切り出したのは真澄の馬に乗せ続けてもらうのが心苦しくなったからである。真澄は苦笑し、少し落ち着いたらなと約束してくれた。巴愛としては、それに加えて知尋から神核の扱いも教えてもらいたいところなのである。


「長旅になる。巴愛、苦労を掛けるが頑張ってくれ」

「はい! 旅の間の食事はあたしが管理しますね」

「それは頼もしい。よろしくな」


 巴愛は微笑んだ。菓子屋の前に、まずは料理人としての務めを果たさなければならない。


 さすがに彩鈴国内は穏やかな旅となった。山岳地帯ゆえに王都を出てすぐ、大山脈とは別の山の山道に入ったが、それほどきつくもなく緩やかな道だ。


 王都依織から北へ一週間。その場所に、彩鈴が有する唯一にして最大の砦、栖漸がある。


 道中、黎の部下の騎士たちは気配りが良くできる、あるいはそう指導されたか、とにかくきめ細やかに真澄らをサポートしてくれた。食事も彼らがすべて用意し、野営の準備もすべて任せられた。


「――なんというか、ここまですべて任せてしまうと罪悪感です」


 昴流がぽつっと呟いた。昴流は世話をされるという環境に慣れていないのだ。瑛士も頭を掻く。


「まあ、あっちもそれが仕事だしなあ……」


 と、その時知尋が空を見上げた。そしてぽつっと言う。


「雨……降ってきそうですね」

「ん?」


 真澄がつられて空を見上げる。空は晴天に恵まれていて、雨雲はどこにも見当たらない。だが知尋の言うことだ。外れたためしがない。


「山の天気は変わりやすいですからね。この先に村がありますので、そこで今日は休むとしましょう」


 黎の言葉に、皆頷いた。


「知尋はなんで天気が分かるの? もしかして山育ちで、雨の匂いが分かるとか?」

「そんなわけあるか。知尋さまは、自然を形作るすべての生命を感じることができるそうだ。だから、気候も察知できるのだろう」


 奈織の質問に瑛士が答えた。我がことのように誇らしげな瑛士の声を背後に受け、彼らの前を進む知尋が赤面した。弟が俯いてしまったのを見て、真澄がふっと笑う。


「……ああ言っているが、実際のところはどうなんだ?」

「そ、その……瑛士の言った通り、風が雨の臭いを運んできてくれるときもあるのですが……今回はそうじゃなくて」

「なくて?」

「高地に咲く一種の花には……雨が近づくと花びらを閉じてしまうものがあって……さっき、それを見かけたので」

「……ふふっ、成程」


 知識豊かな知尋ならではだ。だが、瑛士が自慢そうに説明してしまった手前、訂正はできない。


 そうしているうちに到着した山間部の村は小さく、住民も少なかった。しかし真澄ら一行を彩鈴騎士と認識し、快く宿を提供してくれた。


 知尋の言った通り、徐々に雲行きが怪しくなってきた。真澄は知尋、瑛士、巴愛、昴流とともに宿に隣接して建てられている建物に移動した。そこは村の道場として作られた場所で、剣の稽古場だ。宿主に許可を得て使わせてもらうことになったのだ。


「真澄……何もこんな時に稽古をしなくても」


 知尋が心配そうに咎めたが、真澄は微笑んだ。


「こんな時だからこそ、だ。瑛士、頼む」

「はい、ではいつものように……」


 ふたりは真剣を構え、打ちこみを始めた。小気味良い音が稽古場に響く。


「このふたりはまったく……稽古とか試合とかが道楽だから困るんですよね」


 知尋が真澄と瑛士の稽古を見ながら困ったように呟く。巴愛が微笑んだ。


「はい、真澄さまは楽しそう」

「……だから止めるに止められないんだよ」


 諦めたように知尋が笑った。


 打ち込みの稽古は激しい試合に変わった。両者とも攻撃をすれすれで避けている。互いの攻撃の癖は読めている。なんといっても、ふたりは師弟の関係だ。瑛士は真澄の剣技を正確に把握しているし、真澄も幼少時に痛い目を見た瑛士の剣は見切っている。


 真澄が踏み込む。合わせて瑛士も刀を薙いだ。


 真澄の剣がぴたりと瑛士の首元にあてがわれる。しかし瑛士の剣も、真澄の胴を薙ぐ勢いで停止していた。


 真澄が先に刀を下ろす。急所に刀を向けたのは真澄だったが、瑛士が胴に刀を向けたほうが一瞬速かったのだ。


「また負けたな」

「いえ、真澄さまの技は正確でひやひやしますよ」

「よく言う。瑛士が寸前で刀を止めてくれなければ、私の胴は真っ二つだっただろう。……弟子が師に楯突くには早かったか」


 真澄が刀を収める。と、稽古場に人が入ってきた。振り返ると、それは同行していた彩鈴の騎士たちだった。五人全員だ。


「失礼いたします、陛下!」

「どうした、何かあったのか?」


 真澄が自分から彼らのほうに歩み寄る。


「いえ、そうではなくて……実は御堂団長にお願いがございます!」

「俺か?」


 瑛士が驚いたように聞き返す。若い騎士が力んで答える。


「はい! 御堂団長に、是非玖暁流の剣の稽古をつけて頂きたく思うのです!」


 きょとんとした瑛士に代わり、知尋が尋ねる。


「それは黎の指示ですか?」

「は……はい、その通りです。戦術を拡げるためにも、他国の戦法は学ぶべきだと。そしてその最高の騎士である御堂団長から学べる、またとない機会ですので……」


 黎が若い騎士を護衛にしたのは、こういう理由もあったようだ。真澄が頷く。


「黎に高く評価されているんだな。瑛士、見てやるといい。いまこちらからできる唯一の返礼だ」

「俺の稽古くらいで返礼になるかは分かりませんが……」

「そういうところで謙遜するな。お前は玖暁が誇る最高の騎士だ。私や知尋につけている稽古と同じようにやってやればいい」


 瑛士は頷き、騎士たちの前に進み出た。五人を順番に見、それから中央にいた騎士を呼ぶ。


「ちょっとお前、こっちに来い」

「は、はい!」


 呼ばれた騎士がぎくしゃくと前に進み出る。そして瑛士は壁際の昴流を呼んだ。


「昴流、手伝ってくれ」

「はい……?」


 訳が分からないまま昴流は瑛士の傍に歩み寄った。そして瑛士は昴流に刀を渡した。


「よし、ふたりで試合だ」

「えっ!?」


 昴流がぎょっとして後ずさる。騎士は驚きで声も出ない。


「刀を落とす、床に膝をつく、急所に刀を当てられる。このどれかで敗北だ。さあ、始め!」

「そんな急に……」


 昴流が急な展開でおののきながらも刀を構えた。無茶ぶりはいつものことである。騎士も刀を構える。


「ええっと……まあ、お手柔らかに」

「こちらこそ!」


 昴流の言葉に騎士が答える。


 しかし、決着はあっさりしたものだった。たった六合ほど打ち合ったふたりだったが、昴流の刀が一閃、騎士の刀を弾き飛ばした。あまりの力量差だった。彩鈴騎士も呆然としている。


 腕を組んでそれを見ていた瑛士が口を開く。


「お前は、こんな細くて若い男がそこまでやるとは思わずに見くびった。その結果がこれだ。これがお前たちの現状だと知れ」

「は……はい」


 瑛士が指名した騎士は、この五人の騎士の中で最も力のある者だった。それを、ただ起立している姿勢だけで見抜いた瑛士は、相当な実力者だ。多少なりの自信があったはずの騎士の悔しさは測りきれないだろう。


 瑛士が刀を返した昴流の肩を叩く。彩鈴騎士たちと同年代の昴流だが、彼らと昴流ではくぐった修羅場の数が違う。この結果は当然であり、これで負けたら瑛士からこっぴどく叱られるところだったので内心で昴流は安堵している。


「見事だったぞ」

「有難う御座います」


 昴流が微笑んで壁際に下がる。


 そこから瑛士による稽古が始まった。黎とはまた違った厳しさに騎士たちは四苦八苦していたが、それでもついてくるところは見上げた根性だ。それを見て巴愛は唖然としている。


 数十分間の稽古が終わり、騎士たちはみな汗だくになっていた。他国の騎士ということで瑛士も多少の加減はしていたが、瑛士の稽古を受けてきた真澄も知尋も昴流も、昔同じ内容の稽古をした記憶がある。新人騎士の中には『騎士って格好いい』という思いだけで刀を手にした者も多いので、その幻想をぶち壊すために瑛士が行う洗礼だ。


 つまるところ――延々と基礎体力作りである。稽古中、ついに刀は一度も触らなかった。


「よし、一通り終わったな」

「あっ……有難う御座います、御堂団長……」


 騎士が息も絶え絶えで礼を言う。瑛士が腕を組む。


「時宮の指導とはやはり違うか?」

「はい……勿論体力作りはしますが、時宮団長はどちらかというと刀の技から入ったので……こんなに筋力トレーニングをしたのは初めてです……」

「成程な、道理で五人が五人とも同じ身のこなしだったわけだ。だがそうすると、敵にはすぐ動きを見切られるぞ」

「しかし、動きをそろえないと足並みもずれますし、連携が取りにくくなるのでは……?」

「そいつは違うな」


 瑛士が即座に否定して、騎士たちが呆気にとられる。


「いいか、俺ら玖暁騎士は『個性』を伸ばす。勿論、玖暁騎士団流剣術というものは存在するし、新人にはそれを最初に叩き込む。だが、それを身につけてどう伸ばすかは、本人次第だ」

「個性……ですか」

「足並みや連携は、それぞれの個性を尊重しながら、みなで合わせるものだ。そうすれば色々な戦術が生まれる」


 どのような連携をとるかは、部隊員の個性を見極めた指揮官、つまり部隊長が判断する。そのように最善の連携をとるから、それぞれの部隊に得手不得手が生まれるのだ。たとえば、李生に率いられた天崎隊は忍耐強く競りに強い者が多い。だから籠城や殿を務めることを得意とする。瑛士が直接率いる部隊は圧倒的な火力を誇り、先頭で敵を切り崩すことに長ける。他の隊は、小回りが利いて工作が得意、馬術に優れる者が多いので遊撃に回ることが主、といった具合に、それぞれの隊に個性がある。


 指揮官が隊の個性を作るのではない。それでは指揮官の個性だ。玖暁では隊の人間が個性を持っていて、それを指揮官が伸ばすのだ。指揮官が部下たちに合わせるからこそ、信頼関係が生まれる。


「だから俺としては、剣の稽古は直接の上官とやってもらいたい。それより、自分の技を生かすためには体力が必要だ。いくら良い連携が取れるからといって、大事なところで息を切らしてもらっちゃ困る。そういうわけで、うちの騎士団では隊ごとに分かれて、暑苦しいくらい毎日走りこんで、素振り千回とかいう地獄を見せてやっている」


 騎士たちから血の気が失せた。自分たちが先ほどやらされた稽古は、まだまだ序の口だったと思い知ったのだ。


 というか、玖暁の稽古法は諜報員を通じて黎にも伝わっているはずなのだが、それを取り入れるどころか教えてもいなかったのか、と瑛士は思う。彩鈴の剣を、黎は守りたかったのかもしれない。それを破ったというのは、いったいどういう心境の変化か。


「……まあ、俺がとやかく言えることじゃないな。お前らは彩鈴の騎士だ。俺の言ったことはひとつの考え方だと思って、訓練に励んでくれ。お前たちはもっと強くなれるはずだ」


 神妙な顔をしていた騎士たちだったが、瑛士に激励されて表情を明るくした。


「はいっ! 有難う御座いました、御堂団長!」


 騎士たちは瑛士に一礼し、真澄と知尋にも頭を下げて、踵を返した。知尋がその背を見送って微笑んだ。


「いつもながら瑛士の話はためになるね」

「そんなことはありませんよ。俺は頭のほうが弱いので、いつもこれでいいのかと思いつつ部下に説教しているんですから」

「頭のほうが弱いのは周知の事実だね」


 知尋の情け容赦ない言葉に、瑛士は後頭部をぶん殴られたような顔をした。


「ち、知尋さま……そんなきっぱりと」

「確か五年くらい前、全騎士を対象に学力試験をしたでしょう」

「が、学力試験?」


 知尋の言葉に、巴愛が微妙な顔をする。瑛士が憤然と頷く。


「ええ、しましたよ。ありゃ一体なんだったんですか?」

「なんでも玖暁の学生の学力が落ちてきているとかって話を、矢須が教育部の所長から聞いて……それで実験的に試験をやったんだ」


 真澄がそう答える。


 文官はさすがに専門の知識を持っているし、いい学校を卒業した優秀な人が多いので、一番一般人に近い騎士に試験をしたのだ。騎士は戦況を把握する力などがあれば、他に学力は必要ない。彼らを対象に学生時代の知識がどれだけあるかを調べることになり、一般教養として普通に生きていれば自然と身についている常識やマナーから、多少専門的な話も混じる神核学まで。計算問題や文章読解問題もあり、内容はまるきり学生の試験だ。当然、団長の瑛士も試験を受けた。


「結果は総合的な順位で発表したな。瑛士は中間くらいだったと思うが……」

「そうです、まだ上から数えたほうが早かったはずです」


 真澄の言葉に瑛士が大きく頷く。それを見て真澄は苦笑いを浮かべ、隣で知尋が吹き出した。怪訝な顔をする瑛士に、知尋は目に涙を浮かべながら言った。その涙は笑いからくるものである。


「数学と神核学分野、最下位だったんだよ、瑛士? 地理・歴史は下から十二番目だっけ」

「んなっ……!?」

「ああ、常識・マナー分野と読解分野はなかなかなものだった。まあ……逆に言ってしまえば、数学と神核学分野の低い点数を、それで補っていたという感じか」


 フォローどころか傷口に触れた真澄と、巴愛が気の毒そうな顔をしていたのがとどめである。瑛士がむきになって反論する。


「し、しかしですね。抜き打ちであんなもんやらされてできるわけがないというか……!」

「抜き打ちじゃないと意味ないじゃない。それに、そんなこと言ったらほぼ満点で全体二位だった昴流はどうなるのかな?」


 全体二位と言っても、同位はたくさんいた。というか、五年前の昴流はまさに現役の学生だったので、敵うわけがない。それでも何万といる騎士の中で総合二位だ。「ひゃー、頭いい」と巴愛が感嘆の声を上げる。巴愛の成績は小学校から高校まで「中の上」どまりだった。


 ちなみに瑛士より下位には李生の名があったが、彼はその試験が行われる数か月前に騎士団入りをしたばかりで、それまで玖暁の歴史やら文学やらを学んでいなかったのでこれは仕方がない。おそらく今同じ試験をしたら、李生はトップを争うほどの知識を蓄えたであろう。余程自分の常識の無さにショックだったのか、李生はそれから猛勉強していたようだったから。


 とはいえ、五年も前の話を今更持ち出してからかってくるなど、知尋はやはり、少々意地が悪い。


 瑛士は根っからの「感覚派」だ。思ったままに行動する直動派。そのために表に出てしまう馬鹿さ加減を、騎士団長と言う責任ある立場になったからには出せなくなり、今まで必死に「慎重」という皮で隠していたのである。それでボロが出なかったのは、元々瑛士にきちんとした常識やマナーが備わっていたからである。しかし、細かい計算をするときなどは部下に放ってきていたから、多分ばれていた。それを長年フォローしてきたのが、天崎李生である。彼の苦労は並みのものではなかった。


「まあ、それはともかく」


 真澄がやや強引に、逸れた話の軌道を修正した。


「ひとりひとりの特徴を伸ばし、隊ごとに個性を作るというのは、玖暁の大きな強みだ。だが一方で、得手があれば不得手も生まれてしまうというのも確かだ。常に瑛士が突撃できるわけでも、李生が籠城指揮を執れるわけではない」


 気を取り直して瑛士も頷く。


「勿論です。俺の隊は前に進むことに長けていますから、はっきり言って籠城は得意ではありません。それに限れば、李生は俺より籠城指揮が巧みです。だからと言って李生だけに籠城を任せるわけにはいきませんからね……どの隊もある程度は様々な状況に対応できるように、国に戻ったらもう一度鍛え直さねばなりませんね」


 前向きな瑛士の言葉に、真澄も乗っかって微笑んだ。


 と、建物の外から雨音が聞こえてきた。どうやら、ようやく降ってきたらしい。


「降ってきたな。もう戻るか」

「そうですね」


 巴愛も同意し、五人が稽古場の出口へ歩いていく。その時――


「っ……!?」


 右腕に激痛。意識する前に真澄の膝から力が抜け、腕を抑えてうずくまった。


「真澄さまっ」


 巴愛が真っ先に気付いて駆け戻る。知尋と瑛士も傍に膝をついた。


「だ……大丈夫だ」


 真澄が呻くような声でそう呟いた。知尋が、前のめりになっている真澄の正面に膝をつき、真澄の肩を掴んで支えた。


「発作は……いつも、こんな急なんですか?」


 知尋の言葉に、真澄が頷く。


「前触れがあれば……少しは対処の仕様があるのだがな……」


 知尋は懐からひとつの神核を取り出した。知尋が使う、治癒術のための神核だ。真澄が首を振る。


「神核では収まらない……無駄になるから、やめておけ」

「完全に収めることはできなくても……真澄の痛みを、和らげることくらいできるはずです」


 知尋はそう言って、左手で真澄の身体を支えたまま、右手の中にある神核に【集中】した。淡く優しい光がゆっくりと広がり、真澄の身体を包み込んだ。


 痛みで呼吸の荒かった真澄は、少しずつ落ち着いてきた。


 ずるっと真澄の身体が前へ倒れる。正面の知尋が真澄を抱き留めた。真澄はなんとか自分で立とうとするが、その力もない。


「……っ」

「真澄……無理をしないでください」

「……ははっ……痛みに襲われるたびに意識を失う羽目になるのは、なかなか情けないものだな……」


 自虐的に真澄が微笑む。知尋が首を振った。


「大丈夫です。だから……少しだけでも眠ってください。休息も必要ですよ」


 知尋の言葉の半ばで、真澄は既に意識を手放していた。いつも痛みで気を失う時は酷く苦しげにしているが、知尋によって眠らされた今回、表情は穏やかだ。


「昨日もあまり眠っていなかったようだし……最近、ずっとそうなのかな」


 知尋の後半の言葉は、瑛士に向けられていた。瑛士が頷く。


「夜はあまり眠れないとおっしゃっていました……」


 知尋は頷き、真澄を起こした。瑛士が知尋のあとを継ぎ、皇の身体を抱き上げる。


「……急がないとな」


 知尋が悔しげに呟いた。


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