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和装の皇さま  作者: 狼花
弐部
32/94

6 皇都決戦

 皇都・照日乃は高い城壁で囲まれた城塞都市であり、街の出入り口には大きな城門が備え付けられている。最初の防衛線は、そこである。だが、そこが破られるのは時間の問題であるということは真澄も承知していた。


「城門は棄て、引き付けつつ後退しろ。大通りに引き込んで隊列が縦に伸びたところで、横から攻撃する」


 大通りから一歩奥へ入ったところは、複雑な路地が張り巡らされた下町に続いている。そこに桜庭という部隊長の隊が潜んでおり、奇襲をかけるのである。桜庭隊は玖暁騎士団の中で最も機敏で奇襲を得意とする部隊だ。加えて、神核術士部隊も多数控えている。一気に数を減らすつもりだ。


「第一師団、発砲許可。民家が巻き添えになるだろうが、建物などいつでも作れる。構うな、敵の姿が見え次第撃て」


 真澄の指示はさらに続く。結構卑怯なことをしているな、と真澄は自分で思った。細い道に引きずり込んで逃げ場をなくし、砲弾を撃ち込む。大量虐殺だ。そんなことを言っている場合ではないのだが、どうしても思考がそっちに行ってしまう。もともと機銃やらなんやらが好きではない真澄である。


「城門、破れました!」


 騎士が報告に現れた。破れたというより、破らせたというべきである。


 雪崩れ込んできたのは青嵐騎士だ。王冠の姿は今のところない。狙い通り、騎士の隊列は進軍するには狭すぎる道のせいで縦に伸びた。そこに、突如として横道から玖暁騎士が飛び出してきた。


 事情の呑み込めない青嵐騎士をあっさりと斬り捨て、奇襲した騎士は再び路地に飛び込む。何人かが追って行ったが、この迷路は玖暁騎士に味方をし、あっという間に各個撃破の対象となった。そうして桜庭隊の騎士が敵を引きずり回し、青嵐騎士がそれに気を取られているとき、神核術が飛来した。またそれに対処していると、今度は巨大な砲弾が炸裂した。


 青嵐騎士は圧倒的有利な状態で戦闘を始めたはずなのだが、いつの間にかそれがひっくり返ってしまっていた。しかしそれでも粘り強く前進を続け、じわじわと皇城に接近してきている。


「敵軍が砲撃不可の範囲にまで近づきました!」

「桜庭隊、神核術士部隊を城内に撤退させろ。第一師団は大手門前に機銃を放棄、そのまま戻るように」


 機銃は巨大で耐久力がある。そんなものが六機も道のど真ん中に鎮座していたら、とにかく邪魔だ。青嵐軍はそれを破壊してどかそうとするだろうが、壊れたら壊れたでむしろ移動させにくくなり、立派な壁になる。真澄は盾にするために、とんでもなく高価な機銃を六機も使い捨てるつもりなのである。


「あれだけの機銃を一度に破壊されたら、予算がぶっ飛ぶでしょうね」

「ああ、会計監査の蒼い顔が目に浮かぶよ」


 知尋が振った和やかな話に、真澄も乗って微笑んだ。知尋がちらりとそんな真澄に視線を送ると、真澄は額に汗をかいていた。緊張からか、それとも痛みがあるからか。それは分からないが、顔色が優れず精彩を欠いているのは確実だ。


 放棄された巨大な機銃を、やっとのことで青嵐騎士は乗り越えた。それを見計らって、神核術士部隊が術をぶつけ、可哀想な騎士は後続の味方もろとも地面まで転がり落ちて最初からやり直しとなった。当人たちは至極真面目なのだが、見ている分には滑稽である。


 だが、にわかに巨大な機銃が「宙を飛んだ」。人間が片手でほうり上げたわけではないが、感覚的にはそれに等しい衝撃だった。機銃の真下で神核術が発動し、その爆風で吹き飛んだのである。


 無様に転がっていた青嵐騎士を嘲笑うかのごとく、颯爽とした足取りで現れた集団がある。濃紺の着物をまとった騎士とは対極の、暗めの赤の着物。その姿をモニターで確認した真澄が眉をしかめた。


「お出ましだな。王冠だ……」


 その呟きを聞いた巴愛が、少し背伸びをしてモニター画面を見る。超エリートだという王冠たちは、みな年若い青年たちだった。


 王冠を城内に入れまいとして、大手門を背後に玖暁騎士が立ちはだかる。それは先ほど奇襲を仕掛けた桜庭隊の騎士である。


 王冠たちが刀を抜いて突進した。その異常なスピードは、人間が出せる速度ではなかった。さながら瞬間移動で、あっという間に懐に潜り込まれた玖暁騎士が、一刀のもとに斬殺された。その後も王冠は草でも刈り取るかのように玖暁騎士を倒していく。


「ったく……反則だな、こりゃあ」


 圧倒的力の差を見た瑛士は呆れ返ったようで、力が抜けた感想を漏らした。知尋が腕を組む。


「神核のエネルギーを人体に注入しているんでしょう。けれど、神核のエネルギーを直接体内に取り込むと色々問題点がありましてね。確かに爆発的な力を得ることができますが、それも一時のこと。通常は二時間ほどで効果が切れ、今度は逆に体力が衰えていきます」

「二時間経ったら、前後で王冠を入れ替えるんだろうな」


 真澄が呟く。波状攻撃である。王冠の前衛と後衛が交代し、また交代する時には前衛が復活している。延々と相手の攻撃は尽きず、味方が倒れる一方だ。


「神核エネルギーは人体に悪影響でしかありません。そんなものを体内に取り込むなど、人の道から外れています。神核はあくまでも人の助け。それに依存して強さを得るなど、あってはならない……」


 知尋の口調は熱っぽい。神核術士としても神核研究者としても高名な知尋は、神核の本質をよく理解しているのだろう。神核は人間に優しくなどない。人間のためにあるのでもない。世界の滅びを食い止めるために古代の人々が創った、大切な核なのだ。それを必要以上に乱用してはいけない。


「……そんな装置、いつかぶっ壊してやります」


 秀麗な口元に冷ややかな笑みが浮かんだのを見て、真澄がぞくりとする。――のはいつものことである。





★☆





「桜庭智成(ともなり)部隊長、戦死ッ! 桜庭隊の指揮は副長に移り、城内へ後退しました!」


 その報告は、桜庭隊が王冠と戦いを開始して三十分と経つ前であった。瑛士が拳を握りしめる。


「桜庭が死んだ……」


 瑛士にとって、桜庭という部下は力量的にも性格的にも非常に信頼できる男だった。それを失ったのは残念でならない。


「桜庭隊は御堂隊と合流し、その指揮下に入れ」


 真澄が指示を出し、瑛士を振り返る。


「戦場は城内に移る。瑛士、お前の隊の出番だ。本物の鬼以上の鬼教官が鍛えた力を、見せつけてやってくれ」


 桜庭隊の後方、城内の大広間で待ち構えているのは第二陣の御堂隊を中心に、複数の部隊だ。瑛士が頷く。


「この世で最も激しい戦いをするのは死兵だと言いますが、俺の隊の連中は死兵じゃない。その違いを思い知らせますよ」


 知尋が戦況モニターに視線をやる。確認できる限り、王冠は二十人ほど討ち取ったらしい。だが倍以上の犠牲が玖暁側に出ている。人数ではまだ圧倒しているとはいえ、そろそろ限界か。


「……しかしまあ、なんて勢いなんでしょう。王冠の力もそうですが、天狼砦を半日で陥落というのは妙に納得してしまいますね」

「つい先日戦火を交えた相手とは思えんな。考えてみれば、敵方に王冠が数人いるというだけでも相当な対策を講じてきた。そんな相手が一万もいれば……」


 真澄は目を閉じた。


「――落城は、免れられぬか……」


 もたらされるのは将校戦死の報告ばかり。味方はじりじりと後退を余儀なくされ、追い詰められている。


 騎士としての誇りは強い。最後の一兵になろうとも刀は捨てないという気持ちは、真澄にもある。だがそれでも真澄は、そんな道を臣下たちにとらせたくはない。大勢の人間の命を預かる皇として、真澄がとるべき選択はひとつだ。



 降伏。



「……真澄さま。騎士たちに降伏を呼びかけるおつもりですか」


 真澄の内心を見透かしたように李生が尋ねた。


「どうかおやめください。騎士たちは納得しません。降伏を選ぶくらいならこの城とともに朽ちる……みな、そう覚悟を決めております」

「……それでも私は、これ以上……」


 呟いた真澄だったが、すぐ小さくかぶりを振った。上げた顔には、いつもの毅然とした表情が戻っていた。


「……そうだな。敵へ命乞いをするよう命じるなど、侮辱以外の何物でもない。……皆の覚悟は、受け止める。だから頼む。どうか、私とともに最後まで、この国のために力を貸してくれ」


 その場にいた騎士たちが涙をこらえながら頷いた。逆境の中でも強く立っている皇の姿は、このうえなく頼もしい。


 真澄が振り返った。その視線の先には巴愛と昴流。真澄は微笑んだ。


「巴愛。昴流と共に城を脱出するんだ」

「真澄さま……」

「私はこの国に殉じる……皇になったときから、そう決めていたのだ。ここに来て、いささか無責任のようだが……精一杯生きてくれ」


 巴愛が口を開きかけたとき、真澄の腕を知尋が掴んだ。驚いて真澄が弟を振り返る。


「知尋……」

「――死なせません。まだ玖暁は負けない。真澄がいれば、必ず」


 知尋の瞳は、いつになく真剣だった。いつもどこか飄々としていて、掴みどころのない青年の顔ではない。


「何が言いたい……?」

「城から離脱してください。貴方もです、真澄」

「!」


 その言葉に真澄はもちろん、瑛士や李生も目を見張った。


「今ならまだ間に合います。旧市街へ抜けて、皇都の外へ」

「ここに残ると言っただろう。騎士たちに犠牲を強いておきながらこの場を離れるなど、それこそできるわけがない!」

「国の滅びを見るのは……ひとりで十分でしょう」


 知尋のその言葉に、真澄がかっとなった。どれだけ怒っていても冷静だった真澄が、これほど怒りを面に出すのは珍しい。


「お前は……お前は、自分が死んでも私がいるから、それで構わないとでも思っているのか!? 片割れが死んでも、片割れが生きていれば良い……自分の命を、その程度にしか考えていなかったのか!?」

「……そうですね。ある部分では、私はそう思っているのかもしれません」


 否定しなければならないところだが、知尋はごく正直に答えた。真澄が息をのむ。


「ただひとつ確実なのは……真澄が生きていればそこが玖暁だと言うことです。残念ながら私にそんな力はありません。人をまとめる力も、動かす力も、私は恵まれなかったのです。だからこそ私は、真澄の代わりにできることをしたい。玖暁の未来のために、貴方には生きていてもらわないといけない」

「知尋……!」

「玖暁は負けませんよ。必ず勝ちます。明日勝つために今日の犠牲を受け入れる……それも、ひとつのやり方だと思います」


 知尋が微笑む。


「……これくらいのこと、させてください。でないと、本当に、私はなんのため皇と呼ばれているのか……真澄の誇りを捻じ曲げてしまうのは心苦しいけれど……これが私の我が儘で、生き方です」


 知尋の手は真澄の右腕、紋章の部分を掴んでいた。どうやらその部分は強く触れるだけでも苦痛らしい、とここ数日で知尋は見抜いていた。心中で詫びながら、その腕を強くつかむ。真澄が表情を歪めた瞬間、知尋の左手が真澄の首筋にあてがわれていた。その掌の中には神核が握られていた。


 ばちっと静電気に似た電撃が真澄を襲った。


「っ……!? 知、ひろ……」


 霞んでいく視界の中で、真澄は弟の名を呼んだ。意識をなくした真澄の身体を知尋が優しく抱き留め、目を閉じる。


「……ごめんなさい。お説教は、あとでたっぷり聞きますからね」


 知尋はそう呟き、真澄を瑛士に託した。


「瑛士、頼んだよ」

「……こういうことは、未来ある若者に任せることですよ、知尋さま」

「未来ある若者には、荷が重すぎる。瑛士、皇として命じる。真澄を守りなさい。そして呪いを解除する手立てを探せ。もし死なせたら、私が承知しない」


 知尋は重い責任を瑛士に吹っ掛けた。そういう重責があれば、瑛士は罪悪感に捕らわれてもやることを見失いはしない。


「……いいね?」


 知尋が微笑む。瑛士は沈鬱な表情で目を瞑った。


「……御意のままに、弟皇陛下」

「ん。……巴愛、昴流、ふたりも行くんだ」

「そんな……! みんな一緒に逃げられないんですか!? ねえ、李生さん!?」


 巴愛が李生を振り返る。李生はあり得ないほど落ち着き払っていた。いつものように静かに、そこに佇んでいる。


「俺は、みなさんが無事に離脱する時間を稼ぎます」

「……!」

「巴愛さん。青嵐のこと、折角興味を持ってくださったのに申し訳ない。俺には……何一つ伝えることはできなかった」

「そんなこと言わないで! また会えるんでしょう!? 知尋さまも李生さんも、すっごく強いの、あたし知ってるんです! 死ぬなんて、そんなの……!?」


 納得しない巴愛を、知尋は愛おしげに見つめて微笑んだ。そっとその頬に手を当てる。知尋の手は細くしなやかで、まるで女性のように綺麗な指だった。


「……有難う。大丈夫だから、心配しないで。それよりも真澄のこと、よく見ていてやってね」

「知尋さま……!」


 巴愛の目から涙がこぼれる。知尋がそっとその涙を拭った。


「ああ、泣かないで。女性の泣き顔は特に苦手なんだ……お願い、巴愛、笑って」


 知尋を見上げると、本当に彼は困った顔をしていた。巴愛は涙を拭い、無理に笑みを作った。


「……また会えるって、約束してくれます?」

「――ええ、約束です」


 知尋は頷き、巴愛の傍を離れ、昴流に視線を送った。


「昴流。私が言ったこと、覚えているね?」

「……勿論です。巴愛さんは必ずお守りします」

「有難う」


 知尋が満足そうにうなずく。李生は瑛士に抱きかかえられた真澄を見つめた。おそらく、二度と目にすることができない主君の姿である。きっちり目に焼き付けておいた。


「真澄さま……ご無事で。貴方への恩は、最後まで戦い抜くことでお返しする」


 李生は強い決意に満ちた声で、そう宣言した。視線を上げると、瑛士と目が合う。瑛士が頷き、李生も頷いた。無骨な騎士同士の間では、気の利いた別れの挨拶など出てこないのだ。この頷きだけで、十分だった。


 知尋が瑛士に指示する。


「裏門から外へ。皇都の城壁に面しているから、敵の攻撃は薄いはず。けど、念のため天崎隊以外の騎士をすべて連れていってくれ」

「ここの警備が手薄になります」

「構わないよ。私には伝令も必要ない。……彩鈴へ行きなさい。王の助力を仰げば、きっと協力してくれる。口で何と言っても、あの人は真澄のことが大好きですからね……」


 知尋の言葉に瑛士は苦笑しつつ頷いた。真澄を担ぎ直し、知尋と李生に敬礼する。昴流もそれに倣った。知尋は頷き、李生も敬礼を返す。


 真澄を連れて瑛士と巴愛と昴流は駆けだした。護衛を命じられた騎士たちも、次々と知尋に敬礼を残して駆けだしていく。


 だだっ広い謁見の前に、知尋と李生、そしてその部下の騎士だけが取り残された。李生は深い息とともに刀の鞘を掴んだ。そして真っ直ぐ知尋に向き直る。


「では、行ってきます」

「……李生」


 知尋が静かに李生を呼び止める。


「君には……辛い道を歩ませてしまったね。死にに行こうとする君を、私には止めることができない」

「いいえ、そんなこと。これは俺の意思です」

「……ひとつだけ教えてほしい。真澄と出会って、騎士になって……良かったと思ってる?」


 李生は微笑み、頷いた。


「真澄さまと知尋さまに出会えたこと、『ここ』に居場所をもらえたこと。それが、俺には一番の幸せでした」

「そう……」

「ですから、おふたりのために死ねるのは、本望です。俺の隊は……一歩たりとも退きません。屍と化しても、己の身で敵を食い止めます。……知尋さまの、御身をお守りするためにも」


 知尋は李生を見つめた。彼の表情には、少しの憂いもなかった。


 言葉に詰まった。柄でもない。こんなところで、じんわりと目頭が熱くなる。


「――有難う……」


 李生はすっと知尋に敬礼し、踵を返した。


「出撃! 気を引き締めろッ」

『おうッ!』


 李生の大喝に、天崎隊の部下が場違いなほど明るく返事をする。それが彼らの強さである。


 李生を先頭に騎士たちが駆けだしていく。完全にひとりになった。知尋は深く息を吐き出す。


 常に一緒にいてくれた人は、いま誰も知尋の隣にいない。不安だし怖い。それでも――いつ死が訪れるともしれない真澄の恐怖に比べたら、こんなものは軽い。


 知尋は【集中】した。いずれここへやってくるであろう無礼で不逞な闖入者たちを、最高にもてなすために。


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