3 刻まれた呪い
「ぅあっ……っ」
真澄の僅かに開いた口から、声が漏れる。刺客は窓を破って外に飛び降りており、部屋に残ったのは真澄だけだ。
真澄は硬直したまま動けない。大きく目を見開いたまま硬直し、その頬を冷や汗が流れる。
神核銃はエネルギー弾による攻撃である。撃ち抜かれたのは確実なのだが、傷はない。これは神核銃の特性だ。一般に身体の機能を麻痺させるために使用する。しかしこれは何か違う――。
どくん、と胸の奥で何かがうごめく音が響いた。立て続けに響く、鼓動のような音。自分と言う意識を侵され、何かに書き換えられていくような不快感。
何があった。何をされた。真澄は状況を把握しようと努めたが、思考は拡散する一方で一向にまとまらない。
痛い。
気分が――悪い。
物音を聞いて飛び込んできたのは瑛士だ。
「真澄さま! ご無事で……!?」
叫んだ瑛士だったが、室内の様子を見てぎょっとした。窓は破られ、真澄はこちらに背を向けて硬直して動かないのだ。
「真澄、さま……?」
声をかけると、真澄が床に膝をついた。慌てて駆け寄る。
「ぐっ……ぁっ! ああああっ!」
真澄が悲鳴を上げた。右腕を左手で強く抑え、爪を突き立てているその部分に血が滲んでいる。瑛士が不安定な真澄の身体を支える。
「しっかりしてください!」
「はあッはあッ、ぐっ……うぅ!」
「真澄さまっ!」
瑛士としては信じられない思いだ。大抵の痛みは耐える真澄が、周りのことを一切気にすることができないほどの苦痛を感じ、声をあげるなど。
瑛士は真澄の手を、自分の肩や首に回した。何かを掴もうと必死になっている真澄の指は強く瑛士の身体に傷をつける。ひっかき傷が瑛士の身体に多数刻まれたが、それしきの痛みは瑛士には問題ない。ただ、真澄が真澄自身を傷つけることだけは阻止したかった。
何度か呼びかけると、真澄は激しい呼吸をしながら、堅く閉ざしていた目をうっすらと開けた。だが真澄はすでに憔悴しきっていて、その瞳の焦点はぼやけていた。
「……っ……瑛、士……?」
「真澄さまッ、何があったんですか!?」
こんなことは尋常ではない。だが真澄は瑛士の質問を理解する思考力を失っていたようだ。あまりの苦痛が、真澄からその力を奪っていた。
「う……ぐっ……」
この状態の真澄は会話もままならない。それにこれほど苦しそうな真澄を瑛士は見ていられなかった。
「真澄さま、失礼します」
瑛士はそう謝してから、真澄の頸動脈を抑えた。一瞬息を詰まらせたような声を上げた真澄だったが、すぐに意識を失った。瑛士の腕の中で強張っていた身体から急速に力が抜け、一気に重みが増す。
真澄がきつく抑えていた手を外し、右腕を見る。それを見た瑛士が目を見開く。
「こ、これは……!?」
その時、知尋と巴愛、昴流が駆けつけてきた。
「瑛士!」
「ち、知尋さま……」
知尋が倒れている真澄の傍に駆け寄る。意識をなくした真澄の姿を見た巴愛が、悲鳴をあげそうになってなんとか抑え込む。
真澄の右腕には黒い紋章があった。痣のようにも見えるそれは、しかし複雑な紋章を描いていた。知尋が治癒の術をかけても、真澄は目を覚まさずに紋章も消えなかった。
「これは何の紋章だ……?」
「分かりません……俺が来たとき真澄さまが悲鳴を上げていて、とにかく気絶させたんですが」
その時、割れた窓の向こうで火柱が上がった。李生が追いついたのだろう。それを見ながら、知尋が立ち上がる。
「瑛士、真澄を部屋へ。巴愛たちも一緒に」
瑛士は頷き、真澄を背負った。
その少し前。応接室が三階だということを李生は確認し、建物の陰に隠れていた。
銃声と硝子の割れる音がして、李生は飛び出した。李生の予測した場所に青嵐の刺客が綺麗に着地し、走り出す。
「待て! そこで止まれ!」
行く手を遮るように李生が立つ。舌打ちした刺客が銃を構えた。
李生は抜刀と同時に、撃ちこまれた銃弾を弾き飛ばした。その一瞬の隙をついて刺客が駆けだす。その異様な身のこなしから、李生は一発で彼が戦闘職種であることを悟った。
追いかけて建物の角を曲がった途端、銃弾が飛来する。李生は建物の陰に身を隠した。その隙にまた刺客は逃げ出す。足は圧倒的に李生が速いので追いつけはするが、これではただの追いかけっこである。
李生はすっと【集中】した。騎士が常に身につけているバングルに装着された赤い神核が光る。
刺客の眼前に一瞬で巨大な火の壁が出現した。おののいた刺客が慌てて立ち止まる。しかしその時には、炎の一撃が刺客を背後から襲っていた。火だるまと化した刺客はぎゃっとわめき、地面に倒れた。
騎士団に所属する騎士にしか支給されていないこの神核バングルだが、皇都の中での使用は禁止されている。やむを得なかったとはいえそれを使ってしまった李生は、自分に溜息をつくのだった。
真澄は自室に運ばれ、すぐ医者が呼ばれた。寝所に自分たち以外が入るのを嫌う真澄でも、さすがに医者だけは例外としていた。知尋にも医療の心得があるが、さすがに医者ではないので限界がある。
「どうです、真澄の容体は?」
知尋に問われた老医は、難しげに首をかしげた。
「おそらく神核の力が精神になんらかの影響を及ぼしたのだろうと思われます。呼吸も脈拍も非常に不安定です」
「精神……」
瑛士が呟く。真澄の、あの焦点を失って霞んだ瞳。あんな真澄は初めて見た。
真澄の手を握って泣きそうな顔になっているのは巴愛だ。真澄が時折苦しげに呻くたび、巴愛も真澄の手を握る手に力をこめる。
すると、李生が医務室へ入ってきた。瑛士が尋ねる。
「李生か、どうだった?」
「……申し訳ありません。生きて捕えようと思ったのですが、結果的に殺してしまいました」
「そうか、だが逃がすよりはずっといい。神核の使用も非常時につき許可! いいな」
「その許可はできれば使う前に欲しかったです」
李生が肩を落とした。禁止事項は必ず守るタイプなので、許可される前に使用したことに抵抗がある。
「あの刺客は青嵐政府の工作員だったようです。身分証を持っていました」
瑛士が舌打ちしたげな表情になる。
「青嵐の奴ら、何の真似を……玖暁に宣戦布告でもしたつもりでしょうか」
「……真澄の容体からすると、彼らは今すぐに真澄を殺す気はないようだ。何の意図があるのかは分からないが……何か、とんでもなく嫌な予感がする」
知尋の言葉が室内に静寂をもたらした。
真澄に目覚める兆候はない。知尋は息をつき、巴愛に視線を向けた。
「巴愛。真澄のことなら私が見ているから、休んでもいいよ」
「……ここにいちゃ、駄目ですか?」
「……君が平気なら、構わないさ」
知尋が苦笑した。もう真澄を精神的に支えるのは、知尋ではなく巴愛の役目なのだ。任せても大丈夫だろう。
「じゃあ巴愛、私は真澄に替わって午後の仕事をしてくる。ここは任せるね」
「はい……」
知尋は昴流に頷いて見せ、真澄の部屋を後にした。内心の不安や恐怖はおくびにも出さなかった。皇とは、揺らいではいけない存在なのだ。たとえ兄のことが心配でも、皇としての仕事や立場をおろそかにしてはいけない。
★☆
結局真澄が意識を取り戻したのは二日後のことだった。自室のベッドに寝かされており、傍には知尋が付き添っていた。まずそれに気付いたが、自分の右手を誰かが掴んでいる。億劫に首を動かすと、それは巴愛だった。彼女は真澄のベッドに突っ伏して眠っている。
「真澄!」
「……ち、ひ……ろ?」
「良かった! もう、目覚めないのではないかと……」
知尋の肩が震えた。真澄はぼんやりと弟を見つめた。その眼はまだ寝ぼけ眼だが、それでもしっかりとした光があった。
「巴愛……まで……どうして」
「真澄が倒れてからずっと付き添っていたんですよ」
声が聞こえたのか、巴愛が目を覚まして顔を上げた。真澄と目が合い、ぱっと身体を起こす。
「真澄さま! 目が覚めたんですね!?」
「ああ……」
真澄は頷き、目を閉じる。
「俺は……何が――あったんだ」
考える力がなくて、どうしようもなく気が緩む。そのせいか、昔の口調で「俺」と言ってしまった。そのことに気付いたものの、訂正する気力はない。記憶が曖昧だ。知尋と瑛士、李生、巴愛、昴流とともに食事を摂っていたことまでは覚えているのだが――。
「彩鈴の使者を名乗る者が来たのです。覚えていますか?」
知尋がゆっくりと語りかけながら、真澄に水を飲ませる。
「使者は重要な話だからと、真澄だけを呼び出したのです。人払いもさせてね」
「……ああ、そうだったな。奴は、青嵐の間者だった」
真澄の反応はまだ鈍い。二日間も昏睡していれば無理はない。知尋は真澄の右腕を持ち上げた。
「真澄。この痣みたいなものはなんですか?」
「ん……?」
真澄は自分でその痣に視線を落とした。少し黙り、真澄ははっとしてベッドに身体を起こした。
「そうだ、これは……っ、うぁっ……!?」
声を上げた真澄だったが、急に表情が苦痛にゆがみ、その痣を左手でぐっと押さえつけた。知尋が身を乗り出す。
「真澄? 痛むんですか!?」
「……知尋……矢須と、瑛士を呼んでくれ」
「分かりました……!」
知尋が頷き、部屋を駆けだして行った。
残った巴愛が、ベッドの上で身体を折り曲げる真澄の背を支える。
「真澄さま、しっかり……!」
「……すまん、巴愛……大丈夫だ」
真澄は大丈夫だと言ったが、身体の変調は自分が一番分かっていた。身体が重くてだるい。手を持ち上げるだけでも辛いくらいだ。それに、心の中に虚無がある。その正体を、真澄は悟る。「呪いによって自分の命が削られる」ことへの絶望が虚無に転じたのだ。
その気持ちを感じたのか、巴愛が真澄の手を握った。真澄は無意識に首を振った。ぼんやりと、瑛士の身体に傷をつけてしまったことを覚えている。彼は、巴愛に対しても同じようにしてしまうことを恐れたのだ。巴愛の白くて柔らかい手から流血などさせたら、真澄は自分のことを許せない。
「駄目だよ、巴愛……今の私じゃ、君を傷つける……」
「そんなの、どうだっていい!」
「え……?」
巴愛を見つめると、巴愛は必死にすがりつくような目で言った。
「死んじゃ、嫌です」
「……」
「真澄さまが死んで喜ぶ人のことなんて知りません。あたしは、真澄さまがいないと……」
真澄はそっと巴愛の髪の毛を撫でた。
「……傍にいてくれと言ったのは私のほうだ。私が君から離れることはしない」
「絶対ですよ?」
「ああ……大丈夫……」
真澄はそう繰り返した。
「私は皇だから……民を捨て、逃げるわけにはいかない」
それは自分に言い聞かせる言葉だった。呪いがなんだ。今すぐ死ぬわけじゃない、命が尽きるまでにできることがあるはずだ。解除の仕方だって、あるかもしれないのだから。
「皇じゃなくても、駄目です……絶対に……」
巴愛が呟いた。その声は真澄に届かなかった。
ほんの数分で知尋が矢須と瑛士を連れて戻ってきた。ちゃっかり李生と昴流もいる。騎士たちは訓練中だったらしく、騎士三人は顔が若干火照っている。
「真澄さま! お身体の具合はよろしいんですか?」
「ああ……瑛士、その、すまなかったな。お前の肩や首に、爪を立てたろう?」
「なんのこれしき、ちょいと蚯蚓腫れになっただけです! そんなことより、真澄さまは!?」
瑛士が開口一番でそう心配してくれた。彼らを待つ間に痛みが引いた真澄は、もうすっかり皇の顔に戻って頷いた。
「今は平気だ。使者の男は……」
李生が申し訳なさそうに報告する。
「討ち取りました。生かして捕えることができず、面目ありません」
「いや、いい。とりあえず、あの時何があったかを説明する――」
真澄は淡々と青嵐の刺客が説明してきたことを彼らに告げた。そしてその男が、真澄を銃で撃ったことも。
「そんな……では、真澄さまのお命は!」
矢須が青褪めた顔で声を上げ、真澄は自分の右腕に視線を落とした。
「この紋章が赤く染まるまで、だな……」
「そんな馬鹿な……」
瑛士が愕然とする。だが彼らが驚くさまを見て、逆に真澄は心が落ち着くのを感じた。もう絶望の虚無感は消えている。そう、彼らの前だと真澄は皇であり、生きる責務が生まれる。だから落ち込む暇などないのだ。しかし――それは反対に言えば、独りになったときに絶望が波となって押し寄せてくるということだ。独りでなくとも、例えば巴愛が傍にいたとき。真澄は皇という仮面を破壊され、みっともなく落ち込んでしまうのではないだろうか。
「……解除法は」
比較的冷静な李生が低い声で呟く。冷静と言っても、彼の心の内が穏やかなわけがない。
「さあな……青嵐で造られたものだ、あちらの国になら解呪の法があるかもしれないな。彩鈴から情報を買うのが手っ取り早いだろう」
当の真澄は泰然とした口調で言った。ここまで沈黙を貫いていた知尋が進み出た。
「そんな面倒な手続きを踏めるものですか。私が解呪します」
「おい、知尋。そんな無茶を……」
知尋は兄の言葉を受け入れず、黙って真澄の右腕に手を当てて【集中】した。真澄の身体が淡く光を放つ。
だが、同時に真澄と知尋の表情が歪んだ。一瞬ののちに強烈な静電気のようなものがふたりの間に発生し、知尋がびくりと痙攣した。真澄が苦しげに瑛士に命じる。
「ぐっ……!? ……瑛士! やめさせろ!」
瑛士がすぐさま知尋の肩に手を置き、真澄から引き離した。
「知尋さま!」
知尋はその声ではっと我に返り、術を解いた。真澄もふっと力を抜いた。強引だった知尋の魔力から解放されてぐったりと力を失った真澄の身体を、知尋が支える。
「真澄……すみません。かえって苦しませてしまいましたね――今の私には、真澄を救うことができないようです……」
「気にするな……いいんだ。まだ時間はある。有難う、知尋……」
真澄はそっと知尋を労わった。それから顔を瑛士らに戻す。
「刺客は私の命を今すぐ取るつもりはなかったらしい。となると、考えられることはふたつだ」
瑛士が後を引き継ぐ。
「真澄さまに何かの取引をもちかけるか――」
頷いた真澄が自分で二つ目を答える。
「私が調子を取り戻す前に、何らかの行動を起こすか、だ」
「妥当に行くならば、解呪と引き換えに神核の鉱脈利権を要求してくるでしょうな」
矢須が白くなった顎鬚をつまむ。
「それで済めば良いのですが。最近、向こうでは隙あらば玖暁を完全に滅ぼし、併合しようと目論んでいるようです。そうなれば利権どころではなく、玖暁のすべてが青嵐のものになります。真澄さまに呪いを施したのは、そうすることで玖暁の指揮系統を混乱させるためではないかと……青嵐のほうでは、真澄さまの存在が一番厄介だそうですからね」
李生がそう口を挟み、真澄が目を見張る。
「最近とはどういう意味だ? まさか、危ない橋を渡っているのでは――」
李生が困ったように微笑む。
「青嵐に、幼いころの友人がいます。その友人と、秘密裏に連絡を取っているのです。心配はありません、俺が騎士団の人間であるとは明かしていませんし、こちらから情報を提示したこともありません」
「それでも危険なことに変わりはないだろう。李生にとっても、その友人にとっても」
「すみません。何かのお役に立てればと思いまして……せめて承諾を頂くべきでした」
「そういうことを心配している訳ではないのだが」
「友人のことなら心配はいりません。俺などより抜け目がなくてしたたかな男ですから。昔からそうでしたし、文面を見る限り今でも」
真澄は肩をすくめたが、すぐ瑛士と矢須に視線を戻す。
「……まあいいだろう。李生の言ったこともあり得る。瑛士、矢須。何が起こっても対処できるように準備を頼む」
「了解しました」
「昴流、隊に連絡。御堂隊は天崎隊の訓練に合流するように」
昴流が頷き、矢須と瑛士が部屋を出て行った。知尋も立ち上がる。
「神核の研究室へ行きます」
「ああ」
「……私は諦めません。だから、真澄も諦めないでください。絶対です」
知尋はそう言って立ち去った。李生も真澄に告げる。
「訓練に戻ります。……どうかお身体は大切に」
残されたのは巴愛だけだ。巴愛はずっと黙って俯いている。
「巴愛。……どうしたんだ、さっきからずっと黙りっぱなしだな」
意識して明るく声をかけると、巴愛が顔を上げた。酷く悲しげな顔だ。
「真澄さま……どうしたんだ、って変な質問です」
「そうだったな。けど、今すぐに死ぬわけじゃないよ。だからそんな顔をするな」
巴愛は首を振った。
「そんな風に、わざと笑ったり明るくしたりしないでください。真澄さまが嘘ついてるって、あたし、分かっているんですよ?」
真澄が口をつぐむ。
「本当のこと言ってください。お願いです……具合悪いのを隠されたら、もっと心配になります」
巴愛の必死な言葉に、真澄は視線を逸らした。それから呟くように告げる。
「……身体が重くてだるい。目が覚めてから、ずっと。多分呪いが解けるまで良くならないし、むしろもっと悪くなるだろう。これから毎日こんな状態だと思うと、正直不安だ」
それもまだ本音ではない。不安どころではないのだ。怖い。戦場では怖いなどという感情は捨て去っている真澄だが、今は得体のしれぬ恐怖に襲われている。
皇でなければ――人前でなければ、巴愛の前でなければ。あるいはみっともないくらい不安を口に出していたかもしれない。
それでも、彼女に心配されると分かっているが、巴愛の前では格好悪いところは見せたくない。だから少しだけ見栄を張る。
「だが、さっきも言ったがこんなことで死んだりしない。ここまでどんな逆境でも乗り越えてきた。そのとき共にいてくれたみなが、今も一緒にいる。だから大丈夫だ」
巴愛は頷いて顔を上げ、微笑んだ。
「はい。信じます」
「……よし」
真澄も頷く。それから、ふと思った。
巴愛の家族は、事故で亡くなったという。事故は突然起こるものだ。数秒前まで元気だった人が、一瞬で命を絶たれる。巴愛は家族と別れなどできなかったのだ。
真澄は違う。いつか命が尽きるとしても、じわじわとその時はやってくる。猶予がある。
――もしもの時でも、別れくらいは、きちんとできるだろう。




