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和装の皇さま  作者: 狼花
壱部
23/94

20 暗殺計画、始動

 事を動かすのなら、真澄が静頼に滞在する最終日であろうと知尋は予想していた。皇都から静頼までは一日かかるので、おそらく三日目のどこかだ。そう思っていたので、喜納公爵との密談は初日から始めたものの、焦らずにじっくりと密談を重ねた。知尋の弁舌は巧みで、誰がどう見ても真澄を暗殺する計画を立てているとしか思えないくらい本気だった。すっかりその気になった喜納公爵だが、しかし口はまだ堅い。静頼のどこに自分の軍勢を隠しているかを教えてはくれないのだ。知尋との我慢比べである。


 知尋側の切り札もある。巴愛の存在だ。公爵としては彼女が何者なのかを知りたくて仕方ないはずだ。しかしどうやって、どこで使う? 何か良い手はないかと、話をつづけながら知尋は考える。


「……公爵、真澄を殺すなら今日には軍勢を送らねばなりません。しかし貴方はそういう様子がない。と言うことは、もうすでに準備はしてあるということですよね?」

「私の手先は各地におりますので、いつでも指示を送ることは可能ですよ」


 こういうやり取りの繰り返しだ。知尋は目を閉じた。


 ――許してくださいね、巴愛。君を貶めることになる。けれどどうせ、この男は処刑だ。情報を漏らしたところで、大した被害にはならない。


「――分かりました、ではこちらが把握している貴方のことについてお話しましょうか」


 知尋は軽く足を組んだ。


「貴方は大量の武器弾薬を彩鈴から仕入れていますね。おそらくは今回、真澄を暗殺し、それにつながる騎士団の報復を武力をもって抑えるための戦力として。それらは来たる時まで隠す場所が必要です。そしてここで貴方が余裕綽々としておられるということは、もうすでに武器は静頼の傍まで運ばれ、部下も待機しているということ。そしてそれを率いているのは、公爵、貴方の娘さんですね」

「そこまでお分かりでしたか……」

「ええ。……公爵はご存知ですか? 真澄の傍に現れた、謎の娘のことを」


 そのことに触れると、公爵が若干目を細めた。


「さて、どなたのことでしょうな? 側室さえ頑なに拒んでいる兄皇陛下の傍にいる娘とは」

「真澄が市井から連れてきた一般人の娘ですよ。誰にも何の断りもなくね。いずれ真澄は彼女を正妃にでもするつもりなのでしょう。それは許されることですか? 誇りと伝統ある玖暁皇家に、そんなどこの誰とも知らぬ娘を迎え入れるなど醜態の極み。……私は、その娘ごと真澄を葬りたいのです。死して冥土で共に暮らすならば誰も文句は言わないでしょう? 現世では迷惑なのでね」

「成程……それは確かに」

「けれど真澄の傍にそんな娘がいたことを悟られるのもまずい。彼女の存在は最初からなかったことにしたいのです。例えば……木端微塵に吹き飛ばす、とかね……」


 知尋は鋭い視線で公爵を見つめた。その視線に公爵は圧された。最初からこの話は知尋の主導で進んでいたが、ここに来て、何かとてつもない圧力を感じたのだ。今まで公爵は知尋のことを、病弱で惰弱な青年としか思っていなかった。だが、やはり彼は皇だ。真澄の双子の弟で、真澄の傍で長年政治をサポートしてきた、確かな為政者だ。


「……じ、実は、今回のことはある者に協力を頼んでいるのです」

「ほう、協力? 喜納公爵ともあろう者が他人に協力を頼むなど、ちょっと意外ですね」

「わ、私とてそういうことはありますぞ」

「そうですか、それで、誰にどんな協力を頼んだのです?」


 いささか聞く順序が違うが、知尋は核心を突く。協力者がごまんといることは予想の範疇だ。その協力者が誰なのかを特定しなければならない。


「神谷です」

「……神谷!?」


 知尋は呆気にとられた。神谷といえば、前騎士団長、神谷桃偉の生家だ。クーデター後はすっかり落ちぶれ、政界でもまったく顔を見なかった。覇気をなくしたのだろう、と真澄も知尋も放っておいたのだが、ここで仇となったか。確かにそれは当然といえた。神谷桃偉はクーデターを主導した玖暁の英雄だ。しかし英雄視されたのはあくまで「神谷桃偉」個人で、神谷家は前皇のもとで圧政を敷いた貴族である。血を分けた血族が英雄視される一方で自分たちが落ちぶれたということに、不満はあっただろう。八つ当たりであり逆恨みだが、それが人間の理不尽さだ。


「神谷家は静頼沖の孤島に別荘を持っています。そこに武器や戦力は隠してあります。そこには玖暁の第一師団にも劣らない砲撃台を置いて、定刻で静頼に向けて砲撃をするように命じて……」

「真澄を、静頼ごと吹き飛ばすつもりですか」

「おっしゃる通りです。いかがですか、弟皇陛下すら失念していた神谷です、まさか兄皇陛下がお気づきになるなど……」

「……ない、でしょうね」


 そもそも、そんな孤島に神谷が別荘を建てていたというのも知らなかった。多分報告はあったのだろうが、気にしていなかったのである。


 そこからの砲撃。真澄も瑛士も対抗するすべはない。街の、罪のない人が道連れにされる。


「……定刻とは、いつです?」

「今日の午後三時です。砲撃をしたあと、私の娘を中心に傭兵たちが船で静頼に乗り込みます」


 あと四時間! 真澄たちに知らせるのはもはや無理だ。


「もう隠していることはありませんね?」

「はあ、私の計画はそれで……」

「よく分かりました。有難う」


 知尋の奇妙な態度に、公爵はやっと不審さを覚えたらしい。知尋はすっと身をかがめ、座っていたソファの下に手を入れた。


 そこから引き出されたのは、小型の録音機だった。それはあの諜報員が使っていた、彩鈴の録音装置である。ぎょっとしている公爵の目の前で、知尋は悠然と録音機のスイッチを切る。


「て、弟皇陛下!?」

「これは貴方の付き人が使っていた録音機です。あの人は彩鈴へ強制送還、録音機だけは彩鈴に頼んで貸していただきました。ここ最近、毎日貴方の元へ送られていた報告は、すべて私が送った出鱈目ですよ。だってあの人はもう、ここにいないんですから」

「な……!」

「貴方の計画は、すべて録音させていただきました。もう言い逃れはできませんよ」


 それを聞いた公爵は、知尋に騙されたことを悟った。


 公爵はばっと立ち上がり、彼なりの必死さで扉へ駆け寄った。もどかしそうに扉を開けた瞬間、銀色の光が公爵の首元に突きつけられた。それが抜き身の刀であることに気付き、公爵が情けない悲鳴を上げる。


「喜納公爵。皇への不敬の数々、暗殺の計画、もはや疑いの余地なし。大人しく縛につかれますよう」


 扉の前の廊下に佇み、刀を突きつけているのは李生だ。その静かで慇懃な言葉に、公爵はへなへなと床にへたり込んだ。李生の部下が公爵を取り押さえているところで、李生が告げる。


「公爵が大量に仕入れていたのは火薬だったようです。取引の証拠が見つかりました」

「……そうか。李生、残った瑛士の隊の者に、喜納家の者全員の捕縛を指示しなさい。その上で君は、自分の隊を率いて急ぎ静頼へ」

「了解しました」


 李生は頷き、身をひるがえした。その時、捕縛された公爵が力ない口調でぼやいた。


「私の命令に変わりはありませんぞ……私を捕えようと、兄皇陛下の死は絶対だ……」


 その言葉に、知尋はかちんと来た。公爵の前に立つ。


「兄が、我が国の皇が、貴方のような愚かな男一人の計画で殺されるとでもお思いか。そんな脆弱な皇ならば、私は真澄を立てたりしない。もしそうならば私が真澄にとって代わる。……そう言ったことだけは、私の本音です。けれど真澄は私が遠く及ばないほど強い皇です。貴方のような輩に皇の資格なしと評されるのは、きわめて不愉快ですね」


 知尋は氷のように冷たい笑みと激しさで公爵を見下ろした。


「なんなら、裁判を待たずいま私に殺されますか? 氷漬けにしてその身を砕かれると、蒸発するくらいまで燃やされるのと、好きなほうで構いませんよ。ただし斬首だけは御免被りたいですね、私は貴方の生首なんて見たくありませんから……」


 公爵はその言葉を聞き、負け惜しみを諦めた。騎士に公爵を連れて行くように命じた知尋は、ひとりになって息を吐き出した。


 李生の隊がどれだけ機敏な者揃いでも、あと四時間で静頼に向かうのは絶対に無理だ。おそらく李生が到着したとき、すべては終わっている。それがどんな形であれ。李生にしてもらうのは負傷者の救護と、暗殺者どもの捕縛だ。きっと李生もそれは分かっているだろう。


 不意に咳がこみあげてきた。知尋は胸を押さえてその場にうずくまる。――本当は調子が良くなかった。公爵との茶番を演じるために、薬で症状を抑えていたのだ。少し興奮しただけでこれだ、本当に嫌になる。


 真澄への妬みがないか、と言われれば……答えは否だ。健康な身体、皇としてあるべき威厳、実力、知識、何事にも動じない性格。すべて知尋にはないもので、すごく羨ましかった。同じ日に生まれたのに、真澄のほうが先に生まれたからと優遇されるのが嫌だった。矢須が知尋まで皇に任じたときは、ふざけるなとも思った。安っぽい同情はかえって屈辱だった。


 だがそう思うことが滑稽だと気付いて、知尋は卑屈になるのをやめた。知尋には知尋にしかできないことがある。だからそれをやればいい。面倒なことは俺が全部引き受けるから――真澄はかつてそう言った。兄がでしゃばっているのではなく、知尋の分も務めを果たそうとしていることに知尋はやっと気づいた。そのためにどれだけ苦労し、辛い思いをしているのかも。それを知るといたたまれなくて、知尋は兄を支えて生きようと思った。支えるのが知尋の仕事で、多分表だって働くのは自分の性には合わないから。


 支えるのが仕事の自分は、支える対象がいなければ存在意義を失う。知尋には真澄が絶対に必要だ。


 後生だから、帰ってきて。知尋はそう祈った。





★☆





 真澄は、無意識に眉をしかめていた。時刻は午後三時少し前。ここまで事態が動く気配は微塵もなかった。夜襲という可能性もあるが、夜は明かりらしい明かりのないこの街で夜襲は無理がある。


 視察の仕事は終わったので、あとは明日帰る支度をするだけだ。資料を整理していたところへ、瑛士が顔を出した。


「だいぶ険しい顔をしていらっしゃいますが、大丈夫ですか?」


 その声で真澄は顔を上げ、こめかみに指を当てた。


「何事もなく、このまま一日が終わればいいな、と……そう思っただけだ」

「そうですね。これだけ探してしっぽすら掴めないんじゃ……知尋さまが計画を阻止してくださったのかもしれませんよ」

「だと良いんだが……」


 真澄は腕を組んだ。そこでふと首をかしげる。


「……陸から攻めてこないなら、どこから攻める?」

「空か海でしょうね。けど空を飛ぶ機械もないし、海にしたって船漕いでここまで来るなんて……」


 真澄と瑛士は、ふたりして目を見開いた。真澄が椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がる。


「瑛士! 確か静頼沖には神谷の別荘があったのではないか!?」

「そうでしたか!?」

「そうでしたか、って……まさか知らなかったのか!」

「ま、真澄さまが今しがたまで忘れていたことを、俺が知っているわけないでしょう! しかし、ぬかったな……」


 その瞬間、どおんと轟音が響いて地面が揺れた。真澄と瑛士がよろめき、壁に手をつく。


「なんだ……!?」


 真澄が揺れが収まる前に窓に駆け寄り、窓を開けた。そこにあった光景を目にして、真澄は言葉を失った。追いかけた瑛士も息をのむ。


「砲撃!?」

「きっと神谷の別荘から撃ち出したんだろう……」


 宿から少し離れた場所に巨大な火柱が生まれていたのだ。凄まじい熱風が真澄たちの身体を打つ。真澄は窓枠を飛び越え、二階から外に飛び降りた。綺麗に着地し、同じように飛び降りた瑛士に尋ねる。


「巴愛たちはどこだ!?」

「さっき、最後にもう一度海を見てくると……!」

「くそっ! 瑛士、全騎士に伝達! 住民の救護、避難を最優先とせよ!」

「真澄さまは!?」

「巴愛を探しに行く! 敵勢力は必ず浜辺に船をつける! 五十の戦力の相手は、昴流一人では無理だ!」


 悲鳴が飛び交う中で真澄は大声で告げ、そのまま身を翻した。砲撃の飛び火があちこちの民家に飛び散り、たちまち火災になる。真澄は業火の中に駆けていった。


 ――その少し前。浜辺にいた巴愛は不意に目を細めた。その様子に気付いた咲良が尋ねる。


「どうしましたか、巴愛さん?」

「あれ、船でしょうか?」


 巴愛が指差した先に、確かに船らしきものが浮かんでいる。それは徐々にこちらに向かってきているようだ。昴流が眉をしかめる。


「おかしいな。港はもっと向こうなのに、どうしてこんなところに船が……」

「……ねえ、何か飛んでくる!」


 巴愛が警告の声を上げた。凄まじい勢いで、黒々としたものがこちらへ飛んでくる。昴流はそれをよく知っていた。


「砲弾……っ!?」


 巴愛と咲良がその言葉を理解してぎょっとするより早く、昴流はふたりに覆いかぶさって地面に伏せた。彼らの頭上を砲弾は飛び越え、どこかで着弾した。轟音。突風が吹き、巴愛の身体が浮きそうになる。昴流がしっかりと抑え込んでくれたが、急に視界が明るくなった。


 顔を上げると、火柱が現れていた。真澄らが見たものと同じだ。咲良が真っ青になる。


「あの方向は、住宅地じゃ……!?」


 昴流はさっと海の方向を見やった。船は確実にこちらへ近づいてきており、この浜辺に上陸しようとしているのは明らかだ。


 昴流は巴愛と咲良を立たせた。


「ここは危険です。走って!」


 巴愛と咲良を先に走らせ、昴流は腰に佩いた刀の鞘を掴んで最後尾を務める。


 ついに戦いの火蓋が切られたのだ。

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