月に想いを馳せし者3※R15
いつもありがとうございます。
前回同様、人によっては不快感や苦痛を伴う表現が出てきます。
ご迷惑おかけ致します。ご了承のうえ、お進みくだされば幸いです。
月の化身――。
信じてなどいないはずの神話の人物に例えるなんて。自分でもどうにかしている。
白金の髪に蒼い眼をした青年が、ヘンゼルの方を見ていた。
例えようがないくらい、美しい男性だ。
貧民街ではみかけない顔。彼も貴族だろうか?
グレーテルは、男の海のような瞳に囚われてしまい、言葉を発することが出来ない。
青年は一歩、彼女に近付く。
「ヘンゼルお姉様~~!」
グレーテルがこちらに気付いて、ヘンゼルに走り寄ってきた。そのまま、姉へと飛び付く。
妹は何も考えずに、姉を見つけてにこにこと笑っている。
ヘンゼルの後ろから、亜麻色の髪の少女が歩いてきた。
「貴女がヘンゼルさんですか? グレーテルからよく話をうかがっております」
少女は、礼儀正しく挨拶をしてきた。
「こちらこそ、ありがとう……ございます」
自分よりも年若い相手ではあるが、貴族である可能性が高い。そのため、敬意を払った。とにかく問題は起こしたくない。
「ル――じゃなくて! ヘンゼルさんとお話していたの?」
少女と青年は、兄妹にしては容姿が似ていない。不思議な組み合わせだった。
貴族の令嬢に仕える、下位の貴族なのだろうか。
「ええ、悪い輩だと困りますからね」
「ヘンゼルさんは、グレーテルのお姉様なんだから大丈夫よ」
「ティエラ様。もし貴女の御身に何かございましたら、私は哀しくなります。私は、貴女が心配なのです」
そう言われた少女は、顔を赤くしていた。
こんな綺麗な男性にそう言われれば、年頃の女の子なら嬉しくなるだろう。
ふと、ヘンゼルは青年と視線が合う。
「ティエラ様は、いつも貴女の妹君によくしていただいております。とても嬉しそうで、感謝しております」
涼やかな声で話しかけられた。
「いえ。こちらこそ……ただ……」
言いづらいが、言うしかない。
「あまり、我々のような下賎な人間と、貴殿方のような人間が話をするのは辞めた方が良いかと……貴族なのでしょう?」
ヘンゼルがそう伝える。
近くにいるグレーテルの身体が、縮こまるのが分かった。
妹には悪いが、仕方がないのだ。身分が違いすぎる。
ヘンゼルは、そっとグレーテルを抱き寄せた。
「そんなことないわ!」
突然、少女が姉妹に向かって叫んだ。
「確かにこの国には身分があるわ……。でも、人間に優劣があるわけじゃないと思う」
少女は真剣な瞳で訴えてくる。
(そんなの、綺麗事よ……)
ヘンゼルは、王女と同じ名を持つ少女の考えに賛同出来なかった。
生まれや身分で差はあると思う。現状そうだ。自分も、この少女のように、貴族やお金持ちにさえ生まれていれば――。自分の身体を、どうでも良い男達に明け渡す必要などなかったはずだ。
理想論を聞いたからか、気分が悪くなってくる。
「ティエラ様。大きな声を出されたので、他の者が集まって来ています。行きましょう」
青年がそう言い、少女を横抱きにして抱えた。
少女は、また顔を赤くしている。
青年が踵を返す。
「それでは」
「グレーテル、また遊びましょう! ヘンゼルさんも、また!」
少女は大きな声で叫んだ。
だが、もう自分達が会うこともないだろう。
グレーテルには、後から注意をせねばならない。
彼女達と自分達は違うのだから。
だが――。
数日が経った頃。
そろそろ客が来始める時間。
下の階で、女性達の歓声が聞こえた。
ヘンゼルは、何だろうかと思い、部屋から廊下に出る。
声のする方角には、『料亭白薔薇』の主人が見えた。彼は、五十になる位で、頭に髪がない。人好きのするような顔をした人物だ。
主人はヘンゼルを見るなり、「お前に客だ」と伝えてくる。
一斉に女性達が、こちらを見てきた。
(なんなのよ、一体?)
ヘンゼルは料亭の玄関先に視線を移す。
そこに立っていたのは――。
――あの時の白金色の髪をした青年だった。
予想より長くなりました。
ヘンゼルの過去回想、もう少し続きます。
本編をお待ちの方にはお詫び申し上げます。




