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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第3部 大地の章

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第81話 瑠璃色の空



 空が瑠璃色に染まり、夜が明け始めた頃――。


 教会に併設された孤児院にて――。


 ティエラ、ソル、グレーテル、アルクダは、エスパシオの街を出発しようとしていた。

 旅立つ前に、四人は匿ってくれたモニカに挨拶へと向かう。

 ちょうどモニカは、子どもたちの朝食の支度を行っているところだった。彼女は、野菜の下ごしらえの手を休め、四人に向き直る。


「あら、皆様」


 今日のモニカは、丸い眼鏡をつけていた。それもあってか、暗い中で見た時よりも、やや幼い印象が強まっている。


「あまりお役には立てず、大変申し訳ございませんでした」


 モニカは、四人に謝罪してきた。


「そんなことはありません。モニカさんには貴重なお話をしていただき、本当にありがとうございます。また状況が落ち着いたら、こちらにうかがいなおしますね」


 ティエラがにっこりと笑うと、モニカもにっこりと返す。

 モニカの頬にえくぼができ、可愛らしさが際立った。


「姫様、アウェスの街へと向かう際には、十分ご注意下さいね」


 四人はこれからアウェスの街という場所に向かう予定だ。

 アウェスの街は、今いるエスパシオの町からすると、南東の方角にある街である。玉の一族が統治している区域であり、ティエラとソルが捕縛される危険を冒してまで向かうのかどうか、四人の中ではかなりの議論になった。

 だが、アウェスに大公プラティエスが研究施設を作り、そこで神器の贋作を作成していたという。

 施設そのものは、もう破棄されているらしい。けれども、竜の生け贄や偽の神器に関して、何らかの手懸かりを得られるかもしれない。

 そのため、四人は危険とは分かって入るがアウェスに向かうことにしたのだ。


「モニカさん、それでは」


 そう言ってティエラが踵を返すと、膝に何かが当たった。

 彼女は下に視線を向ける。


(男の子……)


 そこには亜麻色の髪をした少年が立っていた。彼は、榛色の瞳をしている。


(なんとなく、どこかで見たことがあるような顔ね……)


 少年は彼女を見上げて、目を真ん丸に開いていた。


「モニカじゃない……」


 慌てた少年が、キョロキョロと視線を彷徨わせる。

 ティエラのそばにいる人物達を、きょろきょろと観察し始めた彼は、とある人物達を見て、はっとなって固まった。


「あれれ~~?」


「これは奇遇ですね」


 黒髪ツインテールのメイド・グレーテルと、糸目の男・アルクダが、ティエラの脇から、少年をじろじろと見ている。

 グレーテルとアルクダを見た少年は、ぶるぶると震え、あからさまに怯えているではないか。


「な、な、な……なんで、あなたたち、こんなところに……!」


「いつぞやに出会った、ペーター君じゃないですか?」


 アルクダの問いに、少年の榛色の瞳が潤み始める。

 どうやら、彼等三人は顔見知りのようだった。


(ペーター? なんだか、怯えてるみたいだけど)


 ティエラが考えていると、ペーターと呼ばれた少年が大声を上げた。


「僕はペーターじゃありませんっ!!!」


 とても大きな声だった。

 勢いよく叫んだ後、少年は肩で息をしはじめる。


「エガタ」


 モニカが少年に近付く。


「そんなに大きな声を出して、お客様方が驚いてしまいますよ。それに、他の子達も起きてしまいます」


 モニカはそう言うと、少年の元にしゃがみこんだ。

 エガタと呼ばれた彼は、泣きそうになっている。

 ティエラの隣にいたソルが、エガタの近くに跪き、彼の頭を撫ではじめた。


「俺の部下が迷惑をかけたようだ。謝罪したい」


 エガタは、ソルをじっと見つめた。


「グレーテル達、ペーターくんに悪いことしません〜〜」


「はあ……どうせ、お前たちのことだから、人に勝手にあだ名付けて、強引に見治安でもさせたんだろ?」


「大体合ってますけど、私達信用なさすぎです~~」


 グレーテルの訴えを無視したソルは、碧色の真摯な瞳でエガタを見つめ返す。

 しばらくすると、エガタはにっこりと笑った。


「紅い髪のお兄ちゃんは、悪いことしてないから良いよ。だけど、あの二人は怖い。僕を変な名前で呼ぶんだ」


「素直だな。後で二人には注意しとく」


 ソルはそう言って、立ち上がる。


(私、エガタくんをどこで見たのかしら?)


 エガタの向こうに座るモニカが、ティエラの視界に入る。


 モニカもエガタも、榛色の瞳をしていた。


「もしかして、エガタ君はモニカさんの血縁者なんですか?」


「はい。亡くなった妹の子になります。血縁者ではありますが、他の孤児の皆と同じようにして、育てております」


 モニカは少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。

 エガタは、にこにこと笑っていた。


(二人の榛色の瞳が、とてもよく似ている……だから見たことがあると思ったのかしら?)


 モニカはエガタの頭に触れる。


「ティエラ様、ご武運を。また、お待ちしております」


「でな今度こそ……モニカさん、またお会いしましょうね」


 そうして、ティエラ達四人は孤児院を後にした。


 残されたモニカは、その背をずっと眼で追い続ける。

 彼女は一度だけエガタに視線をやった後、再び、彼らの背を目で追いはじめた。


「神器と、大公プラティエス様の加護があらんことを……」


 ティエラとエガタ――


 これは必然的な出会いだったのだと、モニカは自分に言い聞かせたのだった。





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