第81話 瑠璃色の空
空が瑠璃色に染まり、夜が明け始めた頃――。
教会に併設された孤児院にて――。
ティエラ、ソル、グレーテル、アルクダは、エスパシオの街を出発しようとしていた。
旅立つ前に、四人は匿ってくれたモニカに挨拶へと向かう。
ちょうどモニカは、子どもたちの朝食の支度を行っているところだった。彼女は、野菜の下ごしらえの手を休め、四人に向き直る。
「あら、皆様」
今日のモニカは、丸い眼鏡をつけていた。それもあってか、暗い中で見た時よりも、やや幼い印象が強まっている。
「あまりお役には立てず、大変申し訳ございませんでした」
モニカは、四人に謝罪してきた。
「そんなことはありません。モニカさんには貴重なお話をしていただき、本当にありがとうございます。また状況が落ち着いたら、こちらにうかがいなおしますね」
ティエラがにっこりと笑うと、モニカもにっこりと返す。
モニカの頬にえくぼができ、可愛らしさが際立った。
「姫様、アウェスの街へと向かう際には、十分ご注意下さいね」
四人はこれからアウェスの街という場所に向かう予定だ。
アウェスの街は、今いるエスパシオの町からすると、南東の方角にある街である。玉の一族が統治している区域であり、ティエラとソルが捕縛される危険を冒してまで向かうのかどうか、四人の中ではかなりの議論になった。
だが、アウェスに大公プラティエスが研究施設を作り、そこで神器の贋作を作成していたという。
施設そのものは、もう破棄されているらしい。けれども、竜の生け贄や偽の神器に関して、何らかの手懸かりを得られるかもしれない。
そのため、四人は危険とは分かって入るがアウェスに向かうことにしたのだ。
「モニカさん、それでは」
そう言ってティエラが踵を返すと、膝に何かが当たった。
彼女は下に視線を向ける。
(男の子……)
そこには亜麻色の髪をした少年が立っていた。彼は、榛色の瞳をしている。
(なんとなく、どこかで見たことがあるような顔ね……)
少年は彼女を見上げて、目を真ん丸に開いていた。
「モニカじゃない……」
慌てた少年が、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
ティエラのそばにいる人物達を、きょろきょろと観察し始めた彼は、とある人物達を見て、はっとなって固まった。
「あれれ~~?」
「これは奇遇ですね」
黒髪ツインテールのメイド・グレーテルと、糸目の男・アルクダが、ティエラの脇から、少年をじろじろと見ている。
グレーテルとアルクダを見た少年は、ぶるぶると震え、あからさまに怯えているではないか。
「な、な、な……なんで、あなたたち、こんなところに……!」
「いつぞやに出会った、ペーター君じゃないですか?」
アルクダの問いに、少年の榛色の瞳が潤み始める。
どうやら、彼等三人は顔見知りのようだった。
(ペーター? なんだか、怯えてるみたいだけど)
ティエラが考えていると、ペーターと呼ばれた少年が大声を上げた。
「僕はペーターじゃありませんっ!!!」
とても大きな声だった。
勢いよく叫んだ後、少年は肩で息をしはじめる。
「エガタ」
モニカが少年に近付く。
「そんなに大きな声を出して、お客様方が驚いてしまいますよ。それに、他の子達も起きてしまいます」
モニカはそう言うと、少年の元にしゃがみこんだ。
エガタと呼ばれた彼は、泣きそうになっている。
ティエラの隣にいたソルが、エガタの近くに跪き、彼の頭を撫ではじめた。
「俺の部下が迷惑をかけたようだ。謝罪したい」
エガタは、ソルをじっと見つめた。
「グレーテル達、ペーターくんに悪いことしません〜〜」
「はあ……どうせ、お前たちのことだから、人に勝手にあだ名付けて、強引に見治安でもさせたんだろ?」
「大体合ってますけど、私達信用なさすぎです~~」
グレーテルの訴えを無視したソルは、碧色の真摯な瞳でエガタを見つめ返す。
しばらくすると、エガタはにっこりと笑った。
「紅い髪のお兄ちゃんは、悪いことしてないから良いよ。だけど、あの二人は怖い。僕を変な名前で呼ぶんだ」
「素直だな。後で二人には注意しとく」
ソルはそう言って、立ち上がる。
(私、エガタくんをどこで見たのかしら?)
エガタの向こうに座るモニカが、ティエラの視界に入る。
モニカもエガタも、榛色の瞳をしていた。
「もしかして、エガタ君はモニカさんの血縁者なんですか?」
「はい。亡くなった妹の子になります。血縁者ではありますが、他の孤児の皆と同じようにして、育てております」
モニカは少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
エガタは、にこにこと笑っていた。
(二人の榛色の瞳が、とてもよく似ている……だから見たことがあると思ったのかしら?)
モニカはエガタの頭に触れる。
「ティエラ様、ご武運を。また、お待ちしております」
「でな今度こそ……モニカさん、またお会いしましょうね」
そうして、ティエラ達四人は孤児院を後にした。
残されたモニカは、その背をずっと眼で追い続ける。
彼女は一度だけエガタに視線をやった後、再び、彼らの背を目で追いはじめた。
「神器と、大公プラティエス様の加護があらんことを……」
ティエラとエガタ――
これは必然的な出会いだったのだと、モニカは自分に言い聞かせたのだった。




