第80話 竜の生け贄
いつも皆様、お読みくださりありがとうございます♪
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
口付けあっていたティエラとソルだったが――。
「あの……」
突然、二人は裏口から声をかけられた。
(え――!?)
慌ててティエラはソルの身体から離れる。
二人が後ろを振り返ると、そこに立っていたのは修道女モニカだった。
ちょっとだけ戸惑った様子で、彼女は口を開く。
「お二人にお話をと思い……窓からちょうど姿を拝見しましたので、急いで出てきてしまい……何も確認せず、大変申し訳なく……」
モニカはおずおずと、ティエラとソルに謝罪してきた。
「い、いえ! モニカさん、何もお気になさらず!」
顔を真っ赤にしながら、ティエラはモニカに返事をする。
「――それで、話ってのは?」
ソルはと言うと、わりと平然としていた。
ティエラとソルとの温度差が違う。
(なんだか……私ばっかり気にしすぎてるような……)
モニカは、そんなティエラをちらりと見た後、ソルへと返した。
「大公プラティエス様がよく、『ティエラが成人する前にどうにかしなければ』と仰っていたことを思い出しまして……」
ソルは黙って彼女の話に耳を傾けているようだ。
ティエラも黙ってモニカの話を聞いた。
「シルワ様も成人される直前に、城をお出になりました。もしかしたら、ティエラ様に何か関係があるかもと……」
ソルは、顎に指をそえながら考えごとを始める。
(顎に指を添えながら考えるのは、ソルの癖みたいね)
「ティエラの成人までに、か……シルワ姫も生け贄になるのが嫌で逃げたみたいに話していたな」
「生け贄……?」
モニカが、誰とはなしに問いかけた。
「神器で封印されている竜の……でしょうか?」
ティエラは黄金の瞳を見開いた。
(私が竜の生け贄……?)
ルーナから説明されていたことを、彼女は漠然と思い出しはじめる。
オルビス・クラシオン王国は、「神器によって竜から護られている国」だと言う話を――。
ソルが、モニカの問いに答えた。
「そう考えるのが妥当だろうな。他に生け贄を欲しがりそうなやつが思い至らない。だが……一応、俺は神剣の使い手である『剣の守護者』にあたるが、そんな話は聞いたことがない」
ソルはぽつりと続けた。
「いや……親父が……わざと俺に伝えてないのか……?」
彼の碧の瞳がかげる。
ソルの隣で、ティエラは動揺していた。
「シルワ姫が成人する頃、竜の生け贄になりかけたということ……? それで、ヘリオスさんと二人で逃げたの? 王家の姫である私も、生け贄と関係が……?」
「まあ、そう断定するには早すぎる。しっかり調べよう」
ティエラは頭をぽんぽんとソルから叩かれる。
(ソル……)
少しだけティエラの不安が和らいだ。
「それで、話は変わりますが……」
モニカがまた、言いにくそうに切り出す。
「ティエラ様の叔母君であるフロース様から、お二人に『大公プラティエス様と石の話をせよ』と、手紙が来てはいたのですが……あとは、姫様が記憶を失っているとも……」
モニカは続けた。
「それで、その……お二人は、シルワ様達のような間柄なのでしょうか? 姫様には確か、婚約者のルーナ様が――」
咄嗟にティエラが叫ぶ。
「き、記憶が戻るんですよ!」
そう聞いて、モニカはきょとんとしている。
「――記憶が!」
モニカは合点が行ったという風で、ティエラに語りかける。
「『竜が叫びし時、剣は鏡へと力を与えん』ですわね。剣の神器は、神話通りの力を持つのでしょう」
そう言われ、ティエラはソルを見た。
「知ってる? ソル?」
「俺は古典が、大の苦手なんだ」
ソルはバツが悪そうにしている。
(そういえば、ソル、古典が苦手だったかも……)
ティエラとソルに向かって、モニカはにっこりと笑った。
「……そういうことにしておきますわね。それでは――」
そう言って、彼女は建物の中へと消えていく。
ソルがティエラに声をかけた。
「俺達も部屋に戻るか」
ティエラは頷く。
裏口に戻ろうとする際――。
ソルが、ティエラに一度だけ軽く口づけてきた。
「ひゃっ――」
突然の事で、ティエラは驚いてしまう。
ソルは微笑むだけだ。
(ううっ――ソルは口付け慣れしている――)
とは言え、それは記憶を失う前のティエラが相手なのだが――。
彼女はまた首まで赤くなってしまう。
そうして二人は部屋に戻っていく――。
朧気な月が、地平へと傾き始めていた。




