表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第3部 大地の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/289

第79話 月はみていた


 教会に併設されていた孤児院の一室。

 そちらを借りたティエラ達四人は、明け方には出発することを話し合った。

 その後、各々眠りに就くことになったのだが――。


(なかなか寝付けないわね――)


 ティエラは、部屋を出る。

 廊下で、たまたまモニカに出会った。


「ティエラ様、眠れないのですか?」


「はい、そうなんです」


「でしたら、こちらをどうぞ」


 モニカから手渡されたのは、一冊の魔術書だった。


「たまたまプラティエス様の弟子である方が、孤児院に置き忘れたものになります。ティエラ様とソル様も知っているセリニ様という方なのですが――」


 彼女に名を告げられたが、思い出すことは出来なかった。

 モニカに曖昧に返答した後、孤児院の裏口から外に出る。

 数段だけある階段に、ティエラは腰かけた。

 夜風に当たりながら、朧気な月の灯りを頼りにしながら、ティエラは魔術書を読みはじめる。


(今日の夜空は少しだけ雲も多いわね――)


 時々読みづらいこともあったが、概ね本を読むのに彼女は困らなかった。


(私の記憶はだいぶ戻ってきている……おそらく七歳頃までの思い出はしっかりしているわ……以降の記憶はまだぱらぱらとしか戻っていないけれど……)


 特に、魔術に関する知識の欠落はひどい。


(少しずつだけど、勉強し直そうと思っていたから、本を借りることが出来て、本当に良かった)


 ティエラがちょうど第一章を読み終わったかと言う頃――。


「眠れないのか?」


 彼女は頭上を振り仰ぐ。


「ソル……」


 ティエラの護衛騎士である、紅い髪に緑の瞳をした青年ソルが顔を見せていた。


「少しだけ眠れなくって……ソルはどうしたの?」


「あんたが外に行ってるのが見えたから、追いかけてみた」


「そうだったの?」


 ソルが、ティエラの右隣に座り込んだ。


「ああ。あんた、子どもの頃から、目離したらすぐどっかに行くからな」


「そうだったかしら?」


 ティエラの記憶の中で、自分はいつもソルと一緒にいたような気がしていたが――。

 七歳以降のティエラは、ソルから離れることもあったようだ。


「ちょうどその頃、あんたがルーナと婚約したからな……まだその辺りの記憶は戻ってないのか?」


「ルーナと婚約した頃の記憶は、まだ戻っていないわ」


 ティエラは、うーんと唸る。頭を捻ったが、婚約当時のことは思い出せなかった。


「まあ、ルーナとの婚約の頃の話とか……無理して思い出さなくても良いんじゃないか……」


 少しだけ歯切れが悪そうに、ソルはティエラに語りかけた。


(ソル、どうしたのかしら?)


 彼女は隣に座る彼をじっと見つめる。


「どうした?」


「ソルは、一応簡単なものなら魔術が使えるわよね?」


「ああ。ルーナとは違って、魔力は高くはないけどな」


 ティエラから、ソルはふいと顔をそらした。


(なんだか今日は、珍しくソルの口からルーナの話題が多い気がする)


 ティエラは気になってしまい、さらにソルに視線を注ぐ。

 彼はややたじろいだ様子で、彼女を見返した。


「……それで? 魔術がどうしたんだよ?」


「えっと……一応、一人で魔術の勉強をしなおしてたんだけど、ちょっと分からないところがあるの。だから、ソルに教えてもらえないかなって」


「は? なんだよ、どこだ。見せてみろ」


 ティエラの本を覗くためにソルが乗り出す。彼女が分からないと言ったところを、彼は案外と分かりやすく説明してくれた。


「分かりやすかったわ。ありがとう」


 その時――。


 眼前にソルの顔があることに、ティエラは気付いた。

 彼女の胸はどきんと跳ね、顔は赤くなってしまう。

 慌てて、ソルの顔と彼女は距離をとった。


「やっぱ、記憶のないあんたも面白いな」


 ソルが少しだけ笑う。

 そんな彼を見て、ティエラ思わず口を開いていた。


「私、大公プラティエス様のこと……叔父様のはずなのに、全然思い出せなくて……」


「は? さっきも似たようなこと言ったけど、無理に思い出す必要――」


 ティエラは、ソルの袖を右手でぎゅっと握る。

 彼女はそのまま彼を見上げる。



「思い出したいなって……」



 ティエラの一言で、ソルは一瞬だけ動けなくなった。


 彼女が記憶を思い出すための方法、それは――。


「分かった――」


 雲で隠れていた月が、顔をまた覗かせる。


 ――その頃には、どちらともなく、二人は唇を重ねていた。


 月に照らされながら、ティエラは失くした記憶を求めるように、ソルの唇を何度も求め、応えてもらったのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ