第6話 大地を包む月
5/30ティエラの城での日常を加筆しました。
6/10文章の見直しをおこないました。
あれから数日が経った。
国の宰相が別の都の視察に向かっている関係もあり、現在はティエラの婚約者であるルーナが政を一手に担っているそうだ。
元々、ティエラとルーナの婚姻が成立すれば、彼が国の政を率いていく予定があったらしい。
「姫様が女王陛下になられた後も、お手を煩わせるようなことがないように努めてまいります」
そのため、朝議などには参加する必要もなく、ティエラは自室で姫としての穏やかな暮らしを送っていた。
「姫様、おはようございます」
朝になると、ヘンゼルが現れる。
彼女がティエラの髪を梳くところから、朝は始まる。
どこかから用意された色とりどりの美しいドレスを着せ付けられる。爪を美しい桜色に磨かれることもあった。
朝食には、ふっくらとしたパンに、温かいスープや瑞々しい果物が準備される。
「姫様、退屈されてはおりませんか――?」
空いた時間には、ルーナが再教育のためにティエラの元を訪れた。それ以外の時間では、ゆっくりと部屋の中で読書をしたり、ヘンゼルが用意してくれた色々な国の花茶をたしなんだりする。
夜には、部屋の中に浴槽を用意され、数人の侍女たちによって身体を美しく清められる。
用意される夜着も可愛らしいドレスが多いのだが、毎日違うものだ。
入浴の後の晩餐は、婚約者であるルーナと毎日一緒だ。
食前酒には白い果実酒が準備されることが多い。香ばしい肉料理に、さっぱりとした魚料理など、様々な種類の料理が彼女の前に並べられる。
本当に国王陛下が亡くなったのかというぐらい、実に優雅な生活をティエラは送っていた。
(こんなに、贅沢で良いのかしら――?)
忙しいはずのルーナだが、時間を見つけてはティエラの元を訪れる。
「姫様は麗しい」
「なんてお美しい」
「姫様は、天上の姫神です」
(怖いぐらいに歯が浮くような言葉を、ルーナは毎日囁いてくるわ――)
彼の行動に、ティエラなかなか慣れる事ができない。ルーナに何か言われる度に恥ずかしくて、いつも彼女は卒倒しそうになっていた。
※※※
今日もまた、執務に向かう前のルーナがティエラの元に現れた。
「大地の聖女と呼ばれる貴方様に、朝からお会いできて、私はそれだけで幸せです」
ルーナは至高の笑顔を浮かべたまま、ティエラの髪を手に取り口づける。その後、彼女の頬へと彼が口づけた後に、ティエラの部屋から去っていった。
(まだ私には刺激が強すぎる。このままじゃ身がもたないわ……)
赤面したティエラは、思わず頭を抱えて悩んでしまった。
もちろん、悩みの種は、ルーナの自分への対応だけではない。
(私の幼馴染で護衛騎士だったという剣の守護者――)
――ソル。
ルーナと共に過ごしていた際に、唐突にティエラの脳裏に閃いた紅い髪の男性。
(顔すら思い出せないけれど――)
なぜだか彼女の心は揺り動かされていた。
あれから、ルーナがソルのことを口にすることはない。
(ルーナに、ソルのことを尋ねちゃいけない気がした……)
あの日、心なしかルーナも動揺していたように見えたからだった。
ティエラ達三人は、幼い頃からの知り合いのようだ。だから、ソルから裏切られたことで、ルーナが衝撃を受けていても無理はない。
(ただでさえ、城の防護で、ルーナは力を吸いとられているわ――)
これ以上の心労を、彼女は彼にかけたくなかった。
(ルーナは、無理に記憶を取り戻す必要はないと言ってくれた)
だけど、彼女は次期女王という立場でもある。そのため、記憶を取り戻す必要性を感じていた。
それはつまり――。
(必然的にソルのことも思い出すということ――)
ルーナから話を聞く限りでは、剣の守護者が国を裏切ったと言っていた。
――つまり、ティエラの父親である王を殺害したのがソルなのだろう。
ソルはティエラの幼なじみ兼護衛騎士だったそうだ。二人は当然近しい間柄であると考えられた。
そうだとすれば、ティエラが記憶を思い出した時、とても辛い思いをする可能性は高い。
(でも、逃げるわけにはいけない)
ティエラは、ルーナがいない間、自身の記憶の在りかを探すことを決意した。




