月の咆哮2※R15
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
前回の話の続きになります。今回も、人によっては不快に思ったり、苦痛を想起させる内容となります。非常に申し訳ないのですが、読者様によってはこのお話は避けていただければ幸いです。
また、本編はこの話を読まずとも大丈夫なように展開したいと考えてはおります。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
「姫様、ルーナ・セレーネと申します。貴女様の教育係を命じられ、同時に婚約者としてご指名を受けております。これからどうぞよろしくお願いいたします」
ルーナが挨拶をすると、幼いティエラ姫は頬を赤らめ喜んだ。
十代半ばのルーナは、まだ中性的な見た目をしていた。
『月の化身』と呼ばれるほどに恐ろしく美しい見た目――。
彼が微笑みかけると、老若男女問わず、この姫様と同じような反応を返してくる。
(この少女もそこらの自分を見る人間と何ら変わりない)
ルーナの中に、少しだけ彼女に対する嫌悪感が沸いた。
姫の隣を見れば、赤髪の少年がつまらなそうな表情を浮かべて立っている。
(確かこの少年は、剣の守護者で騎士団長を務めるイリョス・ソラーレ様の長男だったはずだ……十年近く前の騎士団副団長の起こした不祥事がなければ……)
あるいは、少年に他に兄弟がいれば、恐らくは姫様と年も近い彼が、彼女と婚約していただろう。
(いや、玉の一族が反発しているか)
ルーナの養父はこの国の宰相も務めているが、権力に固執する人物でもある。彼は、男系継承者のみだったこの国で、初の女王即位を推している。恐らくは女王の養父として、この国を牛耳りたいと思っているのだろう。
(自分は玉の一族にとって、所詮は駒でしかない……姫様も、自分が適当に相手をすれば勝手に喜んでくれる)
もうわりと、自分自身のことが、ルーナはどうでもよくなっていた。
※※※
「ルーナは本当に優しい……ソルとは、大違いだわ」
幼いティエラ姫が頬を膨らませながら声をかけてきた。
姫と出会ってからのルーナは、とりあえず養父の希望通り、姫様に優しく接するようにしている。
そこに、ルーナの意志はなかった。
むしろ彼自身としては、子どもと対応することを煩わしいとさえ思っていた節がある。
少女はにこにこ笑いかけて、どうでもいいことばかりルーナに話しかけてくる。
(自分がこの位の年の頃には、父親から汚い大人たちの相手をさせられていた……)
何も知らない世間知らずな彼女をみていると、反吐が出るようだ。
純粋で、無垢で、綺麗で――。
そんな彼女と接していると、ルーナは惨めだった。
※※※
ある時、姫がルーナにお願い事をしてきた。
「私と、城下街に……ですか?」
「ええ。私、口うるさいソルと一緒じゃなくて、ルーナと二人で外を見てみたいの」
ルーナはそう言われ、面倒だと思いはしたものの、姫様のご機嫌取りは必要だと思い、彼女の言うことに従い、二人で外に出ることにした。
※※※
城下街に二人は出ると、ティエラ姫は非常に嬉しそうだった。
「満足いただけたようで、私も嬉しく思います」
もちろん嘘だ。
そんなことは、かけらも思っていない。
「ルーナも!?」
ティエラ姫は無邪気に笑っていた。
(簡単に騙されて、本当に馬鹿な子どもだ)
幸せそうな彼女をみていると、虫唾が走った。
このまま彼女も、自分のように墜ちてしまえば、いっそ自分も楽になるかもしれない。
そんな仄暗い感情が、ルーナの中に宿ったのだった。




