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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第3部 大地の章

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第75話 エスパシオの街



 ティエラの目が覚めた頃には、身体がまた動くようになっていた。

 そうして、ソルと二人で地下水道を後にすることになったのだった――。


 外に出ると森が拡がっており、木々の隙間からウルブの都の城壁がのぞいている。城壁は、登る太陽とは反対側の西側にあった。


 野営をしていたグレーテルとアルクダの二人と合流し、再び四人になった一行は、森の中の小道を抜け、エスパシオの街を目指す。


 本来なら街道から南へ向かった方が近い。

 だが、宰相ノワ・セレーネらの手が回っている恐れがあった。

 そのため、森を抜けることにしたのである。


 道中――。


 猪や狼、蛇といった動物や、それらに類似した魔物などをソルが凪ぎ払っていく。

 彼が剣を振るうたびに、紅い髪がまるで揺れる炎のように見えた。


 グレーテルは、短刀を投げて闘うのだが――。


 なぜか、その刃が時折ソルを掠める。


「おい! グレーテル、俺に当たるだろ、気を付けろ!」


「ソル様の反応が鈍いんじゃないですか〜?」


 二人とも軽口を叩きながら闘うだけの余裕があった。


(ソルはともかく、グレーテルはメイドなのになんで闘えるのかしら? 王女――姫付きのメイドだから、護衛ができる人が選ばれているってこと……? 全然覚えていないわね……)


 ちなみに糸目の男アルクダは、とにかく逃げ回り、魔物が落とす金貨などを拾ってまわるのが常である。


 そして、ティエラはと言うと――。


 彼女の身に付けているペンダントが、淡い光を放つ。

 彼女の亜麻色の髪がふわりと揺れた。

 光と共に風が巻き上がったかと思うと、ソルの腕に着いていた傷が瞬く間に消えていく。


「ありがとうな」


 ソルがティエラに笑顔を向けた。

 彼女も微笑み返す。


「ソル様、良かったですね、愛しの姫様に怪我をなおしてもらえて〜〜グレーテルも、見てたらニヤニヤしちゃいます〜〜」


「はぁ……ったく、だいたい俺に出来た傷はお前の短刀が原因だろうが……」


 しかし、ソルに言われたグレーテル本人は気にしていない様子だった。

 グレーテルは、ティエラに向かって満面の笑みを浮かべてくる。


「少しだけ、姫様が癒しの魔法を思い出されて良かったです~~」



 そう――。



 今朝目覚めた時に、ティエラは記憶をまたいくらか取り戻していた。


(つまり……)


 記憶を取り戻すきっかけに関して、ソルの読みが当たったということだ。


(まさか、ソルとの口づけで記憶が戻るなんて……!)


 ――昨晩の地下室での出来事を思い出して、ティエラは恥ずかしくなってくる。

 一方、ソルは平然とした様子だ。


(自分だけがはしゃいでいるようで、なんだか不公平だわ……)


 ティエラが記憶を喪う以前にも、自分達は日常的に口づけ合っていたのかもしれない。


(というよりも、日常的に口づけたりしてたってことよね……)


 そう考えると、目の前にいるソルを直視出来ないのだった。


 


※※※




 一行が到着した頃には夜も更けていた。


 ウルブの都からエスパシオの街まで、丸々一日をかけて到着したことになる。


 街の門番として立っていた騎士に偽の通行証を見せたところ、なんなく通る事が出来た。


 顔が割れている恐れがあったので緊張していたが、夜闇がうまいこと四人の素性を隠してくれたようだ。

 ちなみに偽の通行証は、アルクダが昨晩作ってくれていたものだった。


「文書偽造とか鍵穴を解除したりとか、僕は得意なんですよね~~」


 アルクダの物騒な発言に、ティエラはどう対応して良いものか戸惑ってしまう。


「す、すごいですね、アルクダさん」


 ティエラはアルクダに声をかけたが、なぜだかソルが返答した。


「あんた、アルクダを無理に誉めなくて良いぞ」


「え? どうして?」


 アルクダがこっそり、ティエラに話しかける。


「ソル様は意外と焼きもちを妬くので、あんまり僕のことを誉めないで下さいよ……仕事増やされたくないんですよ……僕は……」


 ティエラとアルクダが二人で話していると、ソルから声が掛かる。


「聞こえてるぞ。行くぞ」


 アルクダの声量はかなり小さかったはずだが、ソルには聞こえていたようだ。

 ソルはやや不機嫌そうだった。


(アルクダさんの言う通り、私がアルクダさんと話してるのを見て、ソルは焼きもちを妬いたの?)


 その真相は、ティエラには分からなかった。




※※※




 フロースが教えてくれたモニカという女性に会うために、ティエラ達は教会を目指している。


(モニカさんはどんな女性かしら――? フロース叔母様と同年代なら三十代から四十代かしら?)


 モニカの特徴についてまでは、フロースは教えてはくれなかった。


(以前、グレーテル達がエスパシオの街を回ったことがあるそうね……)


 街の奥にある教会まで、グレーテルがティエラ達を案内してくれたのだった。




※※※




 教会は夜更けであっても様々な人を受け入れてくれる。

 そのため、その門戸は深夜であっても開いていたのだった。


 巨大な扉を、四人は押した。


 軋む音を立てて、扉が開く。


「――いらっしゃいませ」


 奥から若い修道女が現れた。


(みたところ、二十代前半……若い修道女のようね)


 彼女は修道女らしく黒いベールを被っている。そうして、小動物を思わせる丸い榛色の瞳をしていた。


 ティエラは、その若い修道女に声をかける。


「夜分遅くに申し訳ございません。こちらにモニカさんという女性はいらっしゃいませんか?」


「モニカ……ですか?」


 若い修道女は、ティエラに問い返す。


「はい、そうです」


 ティエラが首を縦に振った。


 それを見て、修道女の小さな唇が開く。



「フロース様からうかがっております」



 ティエラの黄金色の瞳を、若い修道女は榛色の瞳でじっと見つめてくる。



 そして、彼女はこう答えた。



「私がモニカ。この修道女を管理している者です。どうぞ中へお入りください。姫様――そして剣の守護者様とそのお連れの皆様」



 そう言って、若い修道女――モニカは、四人に向かって微笑みかけたのだった。





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