第74話 言い訳
「ソル、それなら……」
横たわるティエラの身体は、今は動かない。
そのため、そばにいるソルを見上げながら話す。
「良ければ、お願いしても、良い……?」
「良いのか?」
改めて問われると気恥ずかしくなってくる。
ティエラの顔が微かに動き、なんとか頷き返した。
ソルの手が、ティエラの額に触れる。
彼の顔が近づく。
彼女からは、彼の碧の瞳がよく見えた。
ティエラの心臓の音が、大きくなっていく。
音が聞こえやしないか気になってきた。
そっと、ティエラの額にかかっていた髪を、ソルが払う。
先程よりも、ソルの顔がティエラの顔に近付いてくる。
ぎゅっと、彼女が眼を瞑った、その時――。
「あの~~イチャイチャしてるところ、大変申し訳ないんですけど~~」
「グレーテルさん……駄目ですって、後から怒られるの僕なんですから」
突然、扉の方から、グレーテルとアルクダの声が聞こえた。
二人の身体がびくりと動く。
ティエラも驚いて、黄金の瞳がまん丸に見開かれた。
扉の前には、黒髪ツインテールの小動物のような顔立ちのメイド・グレーテルと、淡いピンクの髪に糸目をした外套の男・アルクダが立っているではないか。
(二人はいつから……?)
グレーテルとアルクダの二人に見られていたのかと思うと、ティエラ恥ずかしくてしょうがない。
(穴があったら入りたい……)
ソルが、いつものため息をついた。
「お前ら……」
「すみません。僕は辞めといた方が良いって言ってたんですよ……」
「グレーテルは、お二人がなかなか外に出てこないので、心配したんですから……あれ?」
グレーテルがティエラの様子に気付く。
「姫様、憑依されちゃったんですか?」
「ええ、そうなのよ、グレーテル。さっき、女の人が身体に……」
ティエラはグレーテルに声をかけた。
「姫様、お可哀想です~~お身体が動かないなら、ソル様がついてないとダメですね~~」
グレーテルは踵を返し、隣にいたアルクダに声をかける。
「じゃあアルクダさん、行きましょ~~姫様、また明日~~」
「あ、グレーテルさん、待ってくださいよ! ソル様、僕達は外で野営してますんで、また」
ソルとティエラを残して、ばたばたと二人は部屋から出ていった。
残されたティエラは、ぽかんとする。
「二人も、この部屋で休めば良かったのに」
「昔から、俺と二人だけの方が、あんたの治りが早い」
「そうなの?」
(神器の力が関係しているのかしら……?)
ティエラは少し気になった。だが、やはりまだ疲れているようで頭が働かない。この質問はまた今度にしようと思った。
(眠い……)
瞼が重くなってくる。
「疲れてんな、寝とけ」
ソルにそう言われる。
ティエラは、腕を少しだけ動かすことが出来るようになっていた。彼の服の袖を掴む。
「どうした?」
ティエラはとろりとした眼で、ソルを見つめた。
「今度こそ試したら、記憶、戻るかな……?」
先程、記憶を取り戻すための行動を試そうとしたところに、グレーテルとアルクダが現れた。
ティエラは、恥ずかしさがあったが、ソルに続きをせがむ。
彼女の頭の中にルーナが浮かんだ。
「本当に、良いんだな?」
ティエラはこくりと頷いた。
彼女は、眠いという言い訳があれば、婚約者がいる身だという罪悪感が薄れるような気がした。
(私は卑怯ね……)
目をつぶる。
しばらくすると――。
ティエラの唇に、ソルの唇が触れる。
そのまま、彼女は彼に自身の唇を預けた。
地下なので、時間の感覚が失われているようだった。
二人は気が遠くなるような時間、何度も唇を重ねた。
その後、知らぬ間に、ティエラは眠りについていたのだった――。




