第73話 ノワとフロースが隠していること
大公プラティエスの妻にして、現在、ウルヴの都の統治を任されている美女フロースは、執務室でそっとため息をついていた。
彼女の隣には女騎士アリスが立つ。
「失礼するよ」
騎士に案内されて部屋へと入ってきたのは、オルビス・クラシオン王国のお飾り宰相ノワ・セレーネだった。
フロースは、扇を仰ぎながら対応する。
「ノワ殿は先日もいらしておったが、今日はいかがされたか?」
扇越しに、フロースはノワを睨み付ける。
「君は相変わらずつれないな~~昔からそうだよね……僕からのプレゼント、気に入らなかったかい?」
ノワは恍惚とした表情を浮かべ、フロースに声をかけた。
「プレゼントとは、あの賊のことかえ?」
ノワを睨み付けたまま、フロースは問う。
彼はつかつかとフロースに近付いてきた。
「あ、気づいてくれた? あとはお姫様と、剣の生意気なガキもここにいるって聞いたんだけどさ」
(やはり気づいておったか、ティエラ達に……)
ノワは飄々と言い、フロースに顔を近づけた。
彼女は、やや顔を背ける。
「吐き気がする……」
フロースはぽつりと呟いた。
「あのようなもので女性が喜ぶと思うとるのなら、今一度女の手解きでも、母上様から再教育してもらったらいかがか?」
「……母上は、僕の義弟であるルーナに御執心だ。僕には全然構ってくれないから、無理かな……ねえ、だからぜひ君にーー」
ノワの腕が、フロースの腕に近付いた。
「ノワ様、そこまでで――」
アリスが間に入ろうとする。
その時ら部屋に高い音が響いた――。
「いっ……たぁぁっっ!」
ノワが叫ぶ。彼の右手が真っ赤になっていた。
音の正体は、フロースがノワの手を扇で叩いたものだった。
「すまぬ、うるさい虫がおったもんで」
フロースはしれっと謝った。
「玉の一族からの支援が切られてもしらないからなぁっ! お姫様達を隠したりしたら、ルーナにだってなぁ! ただじゃすまないぞぉっ! 『あのこと』や今回のことだって国に……!」
「ティエラ達はおらん。『あのこと』を国に知られて困るのは玉の一族じゃろうて……アリス、丁重にお返ししろ」
捨て台詞を叫んだ後も、ノワはぎゃあぎゃあと騒いでいた。
アリスが彼の首根っこを掴んで、部屋から引きずり出していく。
どうせ帰しても、懲りずにノワはフロースの元にやって来るだろう。
ふぅっと息を吐き、フロースは執務室の椅子に腰かけた。
「やれやれ」
先程騎士から受けていた報告を、彼女は思い出す。
最後にソルに倒された大男は、捕らえて牢屋に入れてあった。
今、大男は瀕死の状態で、医師や癒しの魔術の使い手らから治療を受けている最中だ。
決して、ソルは相手を殺すような闘いはしない。そのことは、フロースもよく知っている。
アリスにも確認したが、腹を蹴って倒したと言うことだ。
医師からも、男の体内で出血があったとの報告はなかった。
恐らくは魔術の才能がないのに大男が魔術を使っていたことが、瀕死の原因だろう。
「何も知らん阿呆が……不完全なままの『あれ』を賊に渡しおってからに……」
もう部屋にいないノワに向かって吐き捨てるように、フロースは告げたのだった。




