第70話 ティエラの決断
「どうするのじゃ、ティエラよ」
血の繋がらない叔母フロース問いかけられて、ティエラは言葉に詰まる。
「城に戻れば、また狐に幽閉されるやも知れぬが、命は保障されるだろう。だが、剣の小僧と一緒のままではお主の命が危ないぞ」
フロースの話に、女騎士アリスが問いかけた。
「フロース様。差し出がましいのですが、ルーナ様が国王様を殺した可能性が高いのでしょう? でしたら、姫様が首都へ戻るのは危ないのでは?」
「そうですよ~~」
メイドのグレーテルも、アリスに賛同する。
「そうかのう? ティエラを殺すなら、小僧が城から出てすぐに殺しておるはずじゃ。じゃが、ティエラは軟禁だけじゃったようだ……。それに、あの狐はティエラのことを怖いぐらいに溺愛しておる……まあ、父親殺しの犯人と添い遂げるのも、恐ろしいと言われれば恐ろしいがの」
ティエラはその話を聞いて戸惑った。
即位や婚礼などもある。
だから漠然と、いつかは城に戻るのだろうとしか考えていなかった。
宝玉の力を使い、記憶を取り戻そうとして塔に行った。
だが、元々ティエラは城の外に出るつもりはなかったのだ。
けれども――。
「城に戻った方が安全かもしれない。お父様を殺したのはルーナかもしれないし、私を利用しようと彼はしたのかもしれない。だけど、私に対しては彼は優しかったわ」
ティエラは、フロースを真っ直ぐに見た。
「でも、罪もないソルに濡れ衣を着せたまま、真実が何も分からないまま過ごすのは嫌なの」
そうして、ティエラは続ける。
「私は――国のために、父のために、ソルやルーナのために……何より、私自身のために、真実にたどりついてみせる」
今までの彼女になかった意思が、ティエラの瞳に宿っていた。
「そうか……じゃあノワへの引き渡しはなしじゃな」
フロースはため息をついた。
でも、少しだけ微笑んでいるようだった。
意外そうな瞳をしながら、アリスはティエラを見ていた。
グレーテルはにこにこしており、アルクダは胃を抑えている。
ティエラ達に向かって、フロースが告げた。
「わらわに着いてくるのじゃ」
そう言って、執務室の脇にある扉へ向かう。
どうやら、続き部屋になっていたようだ。向かった部屋には、寝台などが設置してあった。
その部屋の、さらに奥にあるクローゼットをフロース開く。
吊るされた衣服を退けると、さらに扉があった。
フロースが手を当てると、その扉が自然に開く。
扉の奥には、地下へと続く階段が現れた。
「ここを抜ければ、城から出れる」
アルクダとグレーテルはお喋りしながら中に入っていった。
「こんなのあるんですね」
「すごいです~~」
しかし、すぐに中には入らなかったソルは、フロースに話しかけた。
「待て。まだ山賊達が魔術を使えた理由が分かっていない……フロース様は何か心当たりがあるんだろ?」
「ないとは言えぬ……だが、説明する時間がない。エスパシオにある教会にいる、モニカという修道女を訪ねよ。あれは信頼できる」
「そうか」
「手紙か何かを出しておこう。既にエスパシオにも、お前達の手配はされておろうがな……」
フロースはティエラに歩みより、姪である彼女を抱き締めた。
「ティエラよ、匿えずにすまない。だが、お前が納得しないままに幽閉されるのは、私も好かぬ……気が済むまで頑張るのじゃぞ」
ティエラは瞳を潤ませる。
「はい」
ティエラを抱き締めたまま、フロースはソルに問いかける。
「小僧、お主は覚悟を決めたかえ?」
「……俺も、決めないとな」
フロースと離れたティエラが、地下へと向かおうとする。それにソルも着いていこうとしたが、彼は伝言を思い出した。
ソルはフロースに向き直る。
「俺たちは、死んだシルワ姫の霊魂と会った」
ソルの言葉に、フロースが息を呑んだ。
「『フロースに伝えてくれ、私は幸せだった』だそうだ」
ソルが言うと――フロースは目を見開いた。
「それじゃあな」
※※※
そう言って去っていくティエラとソル。
フロースは二人を見て、シルワ姫とヘリオスを思い出した。
シルワ姫は死んでしまって不幸だとばかり思っていたのに――。
フロースの瞳から、涙が溢れてきた。
彼女は二人の背に向かい、ぽつりと呟いた。
「もしもお前達が覚悟を決めたのなら、わらわも覚悟を決めないといけないかもしれんな」
フロースは地下へと続く扉をまた封印した。
彼女の背中を、アリスがそっと支えていた。




