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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第1部 月の章

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第5話 太陽を呼ぶ大地に、月は何を思う

5/31文章の見直しを行いました。

6/10再度見直し。




 しばらくルーナから抱き締められた後――。


 ルーナのそばから、ティエラはゆっくりと離れた。

 彼女は彼と改めて目が合う。

 ティエラは恥ずかしくなって、ルーナから目をそらしてしまった。

 彼は涼しげな表情のままだ。


(婚約者同士だったのだから、ルーナは私をいつも抱きしめたりしていたのかしら――?)


 ヘンゼルが部屋から出ていく前――。

 ルーナに関するいくつかの話を、ティエラはヘンゼルから聞かされていた。

 ティエラは十六歳。もうすぐ十七歳になり、成人の予定だ。

 ルーナは二十六歳。


(ルーナと私、十歳も離れているなんて――)


 先程のように急に抱きしめられたりすると、ティエラは反応がうまく出来ない。

 彼女は、自分がとても子どものような気がしていた。それに、優しいルーナに何かをしてあげたいという思いもある。


「はやく記憶を取り戻せたら……」


 記憶が戻れば、ルーナとのことだけでなく、この漠然とした不安も消えてくれるかもしれないのに……。

 ティエラは少しだけ思案にふけっていた。

 すると、ルーナからまた亜麻色の髪を撫でられる。



「無理に思い出さなくて良いのですよ。記憶を失ったままでも、貴女が生きてさえいてくれれば……」



 ルーナの瞳に影が射す。会話の途中から、彼の言葉の歯切れが悪くなったような気がした。


「――ありがとう。ルーナはいつも優しいですね」


 彼女の髪に触れてくるルーナの長い指へ、ティエラも手をそっと重ねてみる。

 そして彼女は、そのまま後ろを振り返った。



「ねぇ、ソルもルーナを見習って――」



 ティエラの髪を撫でていたルーナの手の動きが、ぴたりと止まった。


 彼女は、無意識に「誰か」の名前を呼んでいた。


 もちろん、ティエラの背後には誰も立っていない。

 

 反射的に動いた身体。

 するりと口からでた名前。


(ソル――?)


 ティエラ本人も拭いきれない違和感を覚えた。

 ずきずきと頭が痛み始める。


 ティエラの脳裏に、紅い髪の青年の姿が一瞬だけよぎる。

 彼の顔を思い出すことは出来なかった。


「……ソルって、誰なのでしょうか?」


 ティエラは曖昧に笑いながら、ルーナへと視線を戻す。

 彼を見た彼女は息を呑む。

 ルーナの表情は白く、凍ったように動かないでいた。


「ルーナ……?」


 ティエラの問いかけに、ルーナは、はっとする。ティエラの髪から、彼は手を離した。

 しばらくして、ためらいがちにルーナが口を開く。



「ソルは……」



(ソル……)



 改めてその名前を聞くと、ティエラの胸の奥がざわつき始める。


「ソルは、我々を裏切った剣の守護者であり――」


 そして、とルーナが続ける。


「姫様の幼馴染で、貴女様専属の護衛騎士をしていました」


 

 窓が開いていたようで、風が一気に入り込んでくる。ティエラの亜麻色の髪とルーナの白金色の髪を、風が乱していった。

 ティエラの頭の痛みが、次第に強くなっていく。



「ソルは、いつも姫様のそばに控え、貴女様もソルをいつも呼んでいました。彼のことを、無意識に覚えているのかもしれませんね」

 


 説明するルーナの表情は、元の穏やかなものに戻っていた。


「その他にも何か思い出されましたか?」


 ルーナに問われ、ティエラは首を横に振った。

 彼女は彼に、他には何も分からないことを告げる。


「そうですか……」


 なぜだかルーナは、少しだけほっとしたような表情を浮かべていたのだった。







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