第5話 太陽を呼ぶ大地に、月は何を思う
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しばらくルーナから抱き締められた後――。
ルーナのそばから、ティエラはゆっくりと離れた。
彼女は彼と改めて目が合う。
ティエラは恥ずかしくなって、ルーナから目をそらしてしまった。
彼は涼しげな表情のままだ。
(婚約者同士だったのだから、ルーナは私をいつも抱きしめたりしていたのかしら――?)
ヘンゼルが部屋から出ていく前――。
ルーナに関するいくつかの話を、ティエラはヘンゼルから聞かされていた。
ティエラは十六歳。もうすぐ十七歳になり、成人の予定だ。
ルーナは二十六歳。
(ルーナと私、十歳も離れているなんて――)
先程のように急に抱きしめられたりすると、ティエラは反応がうまく出来ない。
彼女は、自分がとても子どものような気がしていた。それに、優しいルーナに何かをしてあげたいという思いもある。
「はやく記憶を取り戻せたら……」
記憶が戻れば、ルーナとのことだけでなく、この漠然とした不安も消えてくれるかもしれないのに……。
ティエラは少しだけ思案にふけっていた。
すると、ルーナからまた亜麻色の髪を撫でられる。
「無理に思い出さなくて良いのですよ。記憶を失ったままでも、貴女が生きてさえいてくれれば……」
ルーナの瞳に影が射す。会話の途中から、彼の言葉の歯切れが悪くなったような気がした。
「――ありがとう。ルーナはいつも優しいですね」
彼女の髪に触れてくるルーナの長い指へ、ティエラも手をそっと重ねてみる。
そして彼女は、そのまま後ろを振り返った。
「ねぇ、ソルもルーナを見習って――」
ティエラの髪を撫でていたルーナの手の動きが、ぴたりと止まった。
彼女は、無意識に「誰か」の名前を呼んでいた。
もちろん、ティエラの背後には誰も立っていない。
反射的に動いた身体。
するりと口からでた名前。
(ソル――?)
ティエラ本人も拭いきれない違和感を覚えた。
ずきずきと頭が痛み始める。
ティエラの脳裏に、紅い髪の青年の姿が一瞬だけよぎる。
彼の顔を思い出すことは出来なかった。
「……ソルって、誰なのでしょうか?」
ティエラは曖昧に笑いながら、ルーナへと視線を戻す。
彼を見た彼女は息を呑む。
ルーナの表情は白く、凍ったように動かないでいた。
「ルーナ……?」
ティエラの問いかけに、ルーナは、はっとする。ティエラの髪から、彼は手を離した。
しばらくして、ためらいがちにルーナが口を開く。
「ソルは……」
(ソル……)
改めてその名前を聞くと、ティエラの胸の奥がざわつき始める。
「ソルは、我々を裏切った剣の守護者であり――」
そして、とルーナが続ける。
「姫様の幼馴染で、貴女様専属の護衛騎士をしていました」
窓が開いていたようで、風が一気に入り込んでくる。ティエラの亜麻色の髪とルーナの白金色の髪を、風が乱していった。
ティエラの頭の痛みが、次第に強くなっていく。
「ソルは、いつも姫様のそばに控え、貴女様もソルをいつも呼んでいました。彼のことを、無意識に覚えているのかもしれませんね」
説明するルーナの表情は、元の穏やかなものに戻っていた。
「その他にも何か思い出されましたか?」
ルーナに問われ、ティエラは首を横に振った。
彼女は彼に、他には何も分からないことを告げる。
「そうですか……」
なぜだかルーナは、少しだけほっとしたような表情を浮かべていたのだった。




