第4話 月との日々
5/31文章を見直しております。
ティエラは話題を変えようと思い、お世話係のヘンゼルへと質問した。
「その、私とルーナの仲は、ヘンゼルからみてどうだったのでしょうか?」
終始穏やかだったヘンゼルの瞼が、ぴくりと動いた。一瞬だけ彼女の顔がこわばったような気がしたが、ティエラの勘違いだろうか。
「姫様は、ルーナ様とも仲がようございましたよ」
すぐにヘンゼルは表情を戻す。
彼女から見ても、ティエラとルーナの仲は良かったようだ。
ただし、ルーナ様『とも』というヘンゼルの言葉に、ティエラは引っ掛かりを感じた。
ふと、美しい男性の顔が、ティエラの頭に浮かぶ。
『貴女様をお慕いしておりました』
昨日聞かされたルーナの言葉を思い出して、ティエラは赤面してしまった。
そんな彼女を、ヘンゼルは横目で眺める。
ティエラに聞こえるか聞こえないかくらいの声で、ヘンゼルはぽつりと呟いた。
「本当に、仲が良くて。とても、うらやましいですわ」
ため息の様に言葉をはいたヘンゼルの瞳は、どこか切なげだった。
※※※
ヘンゼルが部屋から出た後、彼女と入れ替わりでルーナが現れた。
彼は少しだけ疲れた様子だ。
「ルーナ、大丈夫ですか?」
ティエラはルーナのそばに寄ると、彼の肩へと右手を当てる。
「大丈夫ですよ、姫様」
彼は柔らかい笑みを、ティエラに向けた。
ルーナの蒼い瞳と目が合い、ティエラの心臓が跳ねる。距離が近いこともあり、ルーナの白金色の睫毛の繊細さに心を奪われてしまった。
「どうされましたか、姫様? 貴女の黄金の瞳に吸い込まれてしまいそうです」
「い、いえ!」
ティエラは、慌てて彼から身体を離す。
(そばにいたら、自分の心臓の音がルーナに聞こえそうで怖いわ)
「その……ルーナはお疲れのようですね。大丈夫ですか?」
ティエラは彼に尋ねた。
「姫様から心配していただけるなんて……。今のお言葉で、疲れがどこかに飛んでいきました」
ルーナに微笑みかけられ、ティエラは嬉しくなる。胸がドキドキしてくる。自然に笑みが溢れた。
そんな彼女に、彼が疲れている理由を教えてくれた。
城の防護という広範囲の魔術は、玉の守護者であるルーナにしか出来ないそうだ。この数日間、城の防護を一人で施しており、彼にかかる負担が大きい事を説明してくれた。
「城の防護を一旦解くことは出来ないのですか? このままでは、ルーナが倒れてしまいます」
ティエラは心配になり、率直な気持ちをルーナに伝えた。
「お気持ちは嬉しいのですが、それは出来ません。剣の守護者が城に侵入してくる恐れがあります」
彼からやんわりと断りを入れられた。
(私もルーナと同じ守護者だったはず。ちゃんと神器の在処さえ覚えていたら、ルーナにだけ負担をかけずにすんだのに……)
ティエラは何も出来ない自分に歯痒さを覚える。
彼女のそんな様子に気付いたのか、ルーナがティエラをじっと見つめていた。
「姫様。でしたら、一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょ――」
答える間もなく、気づけばティエラはルーナの腕におさまり、抱き締められていた。彼女の亜麻色の長い髪に、ルーナの長い指が埋もれる。
「しばらく、抱き締めていても良いですか?」
突然のことで、ティエラは驚きを隠せない。
「こうしていたら、良くなりますので」
ルーナの表情は、抱きしめられたティエラからは見えなかった。
彼の白金色の髪が、彼女の首筋に触れる。
(くすぐったい……)
「その、こうしているだけで良いのでしょうか?」
ティエラはルーナに問いかけた。
すると、すぐに彼から返答がある。
「貴女がここにいてくださるだけで……私は、それだけで満ち足りるのです」
彼の優しい声が、ティエラの胸に響く。
彼女の心臓が跳ねる。
(この人といると、胸の高まりが落ち着く暇がない。だけど――)
ティエラは何も覚えていない。
自分が誰だかも良く分からない。
自分の部屋だという場所にも慣れない。
ティエラを知っているという人たちのことも、彼女自身は覚えていない。
本当にここに自分が居てもいいのだろうか?
そんな疑問があった。
だけど、「ここにいてくれるだけで良い」とルーナは言ってくれる。
ティエラの実の父親は殺されてしまっているという。
父を殺した剣の守護者は、ティエラの命を狙っているかもしれない。
「姫様のことは、私がお守りいたします」
ティエラを抱き締めるルーナの腕の力が強くなった。
(ルーナの声はまるで魔法のようだわ……)
ティエラの不安は尽きない。
だけど――。
彼の言葉を聞いていると、不思議と不安が消えていくような気がした。




