第60話 ティエラとソルの関係2 斜陽・登る寂しげな月
「記憶を失う前の私達は、どんな関係だったの?」
ティエラはソルの碧の瞳をまっすぐに射抜く。
彼は一瞬言葉に詰まった。
「……関係って――そんなの、姫と護衛騎士に決まってるだろ……」
ティエラは、ソルが視線を外したことに気づく。
「本当に……それだけ?」
彼女の真剣な問いに対して、彼は答えてはくれない。
(ルーナとソル、それぞれと過ごしている中で気づいたことがある……)
ティエラの婚約者であるルーナ。
彼はいつでも、ティエラに甘い言葉を囁いてきていた。
(だけど、その言葉の真偽を図るのが難しかったわ。もちろん、本当に私のことを好きでいてくれるのは伝わってはいた。だけど、どこまでを信じて、どこまでを冗談だと切り捨ててよいのかが分からなかった……)
対して、ティエラの護衛騎士であるソル。
(無礼な話し方だけれど……騎士として対外的にふるまう時は自分を偽っているようだが、普段はそんなことはないわ。私に対して、とても正直な男性……からかってくることもあるけれど、真実をいつも口にしてくれるから安心できる)
ソルは、正直で嘘をつかない。
けれども、ティエラに対して隠し事はする。
今も、彼女から視線を外して返事もない。
(それは、彼が真実を隠しているから……)
「お願いよ……ソル」
ティエラの胸が詰まる。
(このところ、時折苦しかった……)
ルーナに対するティエラの気持ちが、全て消えたわけではない。
だけど、胸の奥にいる誰かが――。
――おそらくは、記憶を失う前のティエラが、ずっと胸の奥で叫んでいる。
「自分でもよくわからなくて、苦しいの」
思わず、想いが口をついて出た。
ティエラの瞳が潤む。
ソルの表情が、涙で滲んで見えなくなる。
彼女は涙を見せまいと、俯いた。
「記憶を失って……出会ってから、まだ数日しか経っていないのに、無意識に貴方を眼で追ってて……貴方とアリスさんのことも気になって……」
ティエラの話を、ソルは黙って聞いていた。
「婚約者のルーナがいて……彼のことを好きになれたと思ったはずなのに……私は……」
いつもルーナに優しくされるたびに、胸がときめいていた。
彼に口づけされると、恥ずかしいけれど嬉しかった。
(優しくて、綺麗な男性で、自分のことだけを好きでいてくれるルーナのことを、私は好きになったと思っていたのに――)
「ルーナと一緒にいても、いつも頭の中に誰だか知らない人が頭をよぎって――」
ソルに腕を掴まれた。
思わずティエラは顔を上げる。
「それが貴方――」
『それが貴方なの、ソル』
彼女は、彼にそう告げようとした。
だが、言葉にはならなかった。
ティエラの胸にあるペンダントが、揺れる。
気づけば、彼女の唇はソルの唇で塞がれていた。
「――っ」
そのまま、ティエラの唇はソルにむさぼられる。
時折漏れ出る吐息が熱い。
激しく求められ、崩れかけたティエラの身体をソルが支える。
全身に力が入らなくなる感覚に襲われる。
それでも、彼は止めてはくれなかった。
『貴女が、私を特別に好いてくれたことなど……』
頭の中で、哀しげなルーナの声が響いた。
けれどもティエラは、無理やりその声を奥底に沈めた。
ティエラとソルは、離れていた時間を埋めるように、何度も何度も唇を重ね合った。
ぼんやりとした記憶が浮かんでは消えた。
寂しそうにこちらを観る月が夜空に現れ始めた。
ティエラの胸に飾られた神器が、その月の光で、淡く光っていた。




