第58話 ティエラが知らされていたこと
ウルブ城に向かう馬車の中――。
「まずは、ティエラから話を聞こうかのう?」
フロースに話を振られたティエラは、記憶を失ったまま城で過ごしていた時のことを思い出した。
「私は、目覚めたら記憶がなかったの。あとから、ソルがお父様を殺したって、ルーナに聞かされて……お父様のお墓にもご挨拶に行ったわ……あとは、私の誕生日に、即位と婚儀をおこなうと言われていたわね……」
国王暗殺事件から数えれば、ティエラの城での滞在日数は一月以上はあった。
(だけど、本当にその程度のことしか分からない。私はルーナから何も聞かされていない……)
「お役に立てずごめんなさい、フロース叔母様」
ティエラが申し訳なさを感じていると、フロースが微笑みかけてくる。
「ティエラが気にすることではない。あの玉の狐のことだろうから、そなたに、ほとんど何も教えてはおらんだろうと思うてはいた」
(「玉の狐」というのはルーナのことよね)
フロースの言う通り、ティエラは本当に何も知らされていなかった。
(ルーナが何かを隠しているとは、薄々感じていたわ……だけど、本当に大事なことを、何一つ教えられていないなんて……城にいる頃には何も疑問を感じていなかったわ)
ティエラは、ちらりとソルを見た。
彼は、犯人扱いされていることをさして気にしていない様子で、淡々と話を聞いている。
「して、ティエラは、自分の父親殺しの犯人らしき人物と一緒にいるわけじゃが……恐ろしくはないのかえ?」
フロースは問いかける。
「え? ソルは怖くないわ……たぶん……ソルはお父様を殺してはいないし」
「たぶん? 根拠はなんぞ? 下手をしたら殺されるやもしんぞ?」
矢継ぎ早に質問され、ティエラは戸惑う。
「根拠……? 私がソルから殺される……?」
「この小僧が、国王を殺していないという根拠だ」
「それはソル本人が『やってない』って言ってるぐらいしか……」
ティエラは歯切れが悪くなる。
さらにフロースは畳み掛けた。
「本人の証言を鵜呑みにしとるのか?」
「根拠には乏しいとは思う。だけど、ソルは絶対にそんなことしないって……そう、分かるの」
ティエラの発言を聞いて、フロースは腹を抱えて笑いだした。
「なんじゃ、それは?! ティエラ、そんなようでは、いつか誰かに良いように騙されるぞ。為政者としてもよろしくはない。現に今も誰かに利用されているやも――」
笑い転げるフロースを正面から見据え、ティエラは断言した。
「他の人のことは分からない。でも、ソルのことは分かるわ。ソルは違う。ソルは私が傷つくようなことはしない。私には――私にだけは、それが分かる」
そしてティエラは、隣に座るソルの腕にそっと触れた。
ソルははぐらかしたり、自分からあれこれ言ってはこないが、嘘は絶対に言わない。
ティエラの記憶も断片的にしか戻ってはいない。
だけど、ソルのことは信用して良いと、ティエラの心がそう言っていた。
フロースは笑うのを辞めた。
ティエラとソルを一度見た後、アリスがそっと目を伏せる。
「そうかえ……剣の小僧は、たった数日で信頼を得ておるのう」
ソルはと言えば、やはり表情は変わっていない。
ティエラを見て、フロースは微笑んでいる。
「ティエラや、意地が悪い質問をして悪かったのう」
そう言ってティエラに謝るフロースは、どこか愉快そうだった。
馬車が止まった。
一行は城に着いたようだ。
「さて、話の続きは一旦休んでからにしようかえ?」
ニンブス山の麓からの移動で疲れていたティエラは、それに同意したのだった。




