「あんた」 アリスからみたソルについての考察
アリスは女性だが、騎士団に所属している。
このオルビス・クラシオン王国に、女性の騎士は少ない。女性はどちらかというと文官や魔術師として働く割合が多いのである。そしてどこの国でもそうかもしれないが、女性というだけで騎士としては、なかなか出世ができない。
だが、男嫌いのフロース様は男性の騎士がそばに寄り着くのを嫌がり、女性であるアリスを護衛騎士として抜擢してくれた。フロース様は亡くなった大公の奥方様である。そのような貴人の護衛騎士になれることはなかなかない。そのため、アリスはフロースに大層感謝の念を抱いていた。
しかしながら、実力ではなく性別で選ばれたとも言える。
アリスの自尊心は満たされてはいなかった。
そして、同期に腹が立つ男がいる。
それがソル・ソラーレである。
あいつは、騎士団長の息子であり、この国の神器の守り手・剣の守護者だ。国の二大貴族のうち剣の一族の次期当主、次期騎士団長の座も約束されている。しかも幼少期から、この国の王女ティエラ・オルビス・クラシオン様の護衛騎士に任じられている。
何もせずとも注目され、地位も約束されているだなんて。
恵まれた環境で育つソルのことが、アリスは大層羨ましかった。
本人自体も品行方正、礼儀正しいと評判で非の打ちどころがない。
たまたまとは言え、そんな奴が同期だなんて。
アリスは毎日毎日努力しても、女性というだけで認められはしないのに。
さらに、ほとんどの騎士は気づいていないようだが、ソルは口が悪いと来た。
この前たまたま、姫様と一緒に城の中を歩くソルを見かけた時のことだ――。
「なあ、あんた。今日は俺、騎士団の宿舎の方に顔出さないといけないんだけど、昼間どうしとく? 一人で大丈夫か?」
「ソルったら、心配しすぎよ。城の中なんだから、大丈夫。ちゃんと皆さんにご挨拶してきて」
アリスは衝撃を受けた。
いつもは品行方正、礼儀正しいと評判のあのソル・ソラーレが…!
姫様相手に全く敬意を払っていなかったのだ。
あいつにも欠点があった。
それを見てアリスは歓喜した。さらに、相手の弱みを握ってやったとさえ思った。
アリスはソルを捕まえ、姫様に敬意を払わないことを注意した。
「姫様に敬意を払わぬとは、ソル・ソラーレ、どういうことだ!?」
「は? なんだお前は?」
ソルと話すようになったのはその一件からだった。
それからは、同期と言うこともあり、訓練で同じだったり、同じ部隊に所属したりといったことも重なり、ソルはアリスに砕けた口調で話すようになってきた。
ソルは、アリスにだけ砕けた口調だったわけではない。男性の騎士に対しては、軽口を叩くことはわりと多かった。だが、女性の中で親しく接してくるのは、アリスただ一人だったのだ。
女性騎士はこの国に何人かいるが、アリスはそのことを羨ましがれられた。
そして、ソルが姫様相手に軽口を叩く姿を見た際には、アリスが注意するのも習慣のようになっていた。
「お前はいつもそれだな」
注意すると、やれやれと言った調子になるソル。アリスは彼と話すのが、わりかし嫌いではなかった。
ただ、ある時アリスは気づいてしまったのだ。
ソルは仲が良くなった人物には軽口を聞くようになる、砕けた口調になる。無礼といっても差し支えない口調になる。
それは、誰にでもそうだ。
騎士団員も、ルーナ様も、そして姫様にも、それは一緒だった。
だが、姫様に対してだけ、決定的な違いがあったのだ。
「なあ、あんたは、これからどこに行きたい?」
「うーん、もう部屋で本でも読まない? ソル」
「あんたは、なんでルーナにばかり肩入れするんだよ……」
「だって、ソルが意地悪ばっかり言うからよ」
「あんたは、なんでそんなに俺に心配ばかりかけるんだ」
「誰も、心配してなんて頼んでない」
アリスは気づいてしまったのだ。
皆には「お前」というソルが、姫様には「あんた」と言っている事実に。
そして、このソルと言う男は、ティエラ姫様に恋をしているのだと。
彼にも手に入らないものはあるんだなということに。
そうして自分が、ソルの事をいつも目で追っているという事実にも……。
気付かなければよかったのに。
気付いてしまったのだった。
叶わない恋なんてやめてしまえばいいのに。
相手には完璧なお相手の、ルーナ・セレーネ様という婚約者がいるのに。
自分は剣の一族の跡継ぎで、どう転んでも姫様の婿養子にもなれないのに。姫様は一人っ子で娶ることもできないのに。
そんな相手を、好きになんてならなければよかったのに。
でも、気持ちを抑えることができないことにもアリスは気づいていた。
アリスも人の事は言えない立場だが、本人はそのことに気づく由もなかった。




