第56話 フロースの想い
ウルブの都の城門前――。
ティエラとソルの二人は、ティエラの血の繋がらない叔母に当たるフロースと対峙していた。
(答え方次第では、フロース叔母様は私たちを国に引き渡してしまうかもしれない……)
ティエラの中に恐れが生じる。
彼女はソルを見やった。
(最初は王都にいる城に戻りたいと思っていたわ……だけど、ソルがお父様を殺した犯人では絶対にあり得ない)
ティエラの中でそんな確信があった。
ソルは確かに話をはぐらかすことや冗談を言ったりするが、絶対にティエラに対して嘘はつかない。
数日だけだが、記憶を失う前のティエラが、胸の奥底で「ソルは犯人ではない」と訴えかけてくるようでさえあった。
(なのに、今私が城に戻れば、真実が有耶無耶になって、ソルが犯人にされる可能性がある……だから今はまだ時間がほしい)
ティエラはまた、目の前に立つフロースに視線を戻す。
フロースは、ティエラが知る優しい義叔母の表情をしていなかった。
「して、剣の小僧よ、わが姪御を連れ出して何をしている?」
フロースは、ソルを「剣の小僧」と呼んでいるようだ。
ティエラは、彼へと視線を戻す。
彼はフロースを見ると、大きなため息をついた。
「まあ、好きで連れまわしてるわけじゃないんだけどな……俺がそばにいない状態で、城に置いておくのも危ない」
ソルの発言を聞いて、フロースは嘲った。
「玉の守護者の狐――ルーナ・セレーネ。あれがティエラのそばにいれば十分ではないか? あれは強いだろう。剣技も、下手をしたら、小僧よりも狐の方が強い」
フロースの発言を、ソルは一笑した。
「その狐が何考えてんのか分かんないんで、俺もこいつを安心して城に戻せないんだがな」
フロースとソルは、しばし睨みあう――。
だが――。
突然、フロースが笑い始めた。
「あははははは! いや、おかしいのう……あの狐が困っている想像をしたら……」
フロースは腹を抱える勢いで笑っている。
彼女のそばにいる女騎士アリスも、反応に困っていた。
ティエラは、フロースがなぜ大笑いしているのか、事態を呑み込めない。
そうしてソルがまた、ため息をついた。
「何がおかしいんだか……相変わらず、悪趣味だな」
ぼそりと、ソルがつぶやく。
「聞こえておるぞ、小僧」
即刻、フロースが反応した。
(フロース叔母様は地獄耳なのね……)
そんなフロースを見ながら、ソルが再度ため息をついた。
「ソル! フロース様に対して無礼だぞ!」
そんな態度のソルを見て、女騎士アリスが突然怒りはじめる。
「ああ、はいはい、わかったよ。悪かった、悪かった」
そんなソルの態度に、ますますアリスは腹を立てていた。
(まるで猫が、猫に威嚇しているみたい……)
そしてなぜだか、ソルとアリスのやり取りを見て、ティエラの胸はもやもやしていた。
「ねえソル、どういうことなの? どうして叔母様は笑っているの?」
ティエラは、おずおずと尋ねた。
「ああ? 忘れたのか? フロース様が、ああ言う悪趣味なやつだって」
「……? 叔母様、いつも私には優しいわよ」
ソルはげんなりした表情で返す。
「ああ、お前にはそうだったな……見たらわかるだろうが、フロース様は俺の事を嫌っている」
それはティエラが見ていて、なんとなく察しがついた。
ソルに対して、彼女はこくりと頷く。
「そして、ルーナのことも嫌っている。だから、俺たちどちらの味方にもならない」
(ルーナは、なんでフロース叔母様に嫌われているのかしら?)
フロースは、ソルの発言に反応した。
「小僧、よく分かっておる。私はどちらも好きではない」
そして、彼女はティエラを見て満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「私は、ティエラだけの味方じゃ」
ティエラは、フロースのその言葉を聞いてほっとした。
幼少期に優しかった叔母は、ティエラに優しいままだった。
「このまま玉の一族に、可愛いティエラを手渡したくはない。まずは、わらわの城に向かおうぞ」
※※※
四人は馬車に乗り、城へ向かうことになった。
「剣の小僧は乗せたくはないのだがな……」
フロースはぼやいてはいたが、一応ソルも馬車に同乗させてくれた。
そうして、四人は馬車に乗り、ウルブの都の正門を抜けて行ったのだった。
※※※
馬車に揺れながら、フロースは考えていた。
彼女は、馬車の中にいるティエラとソルの二人を見る。
(昔のことを思い出したな……)
二人が並んでいるのを見て、フロースはあの二人が――シルワ姫とヘリオス――自分の前に帰ってきたのかとさえ錯覚した。
あまりの驚きに、馬車を止めてしまった。
ティエラはシルワに、ソルはヘリオスに似すぎている。
見た目もそうだが、境遇もだ。どちらの二人も、姫と護衛騎士という関係だった。
二十年近く前の悲劇――。
(思い出したら、腸が煮えくり返るようだ)
シルワの命を奪うこととなった剣の一族を、フロースはどうしても許すことができない。
そして、同じようにはならないように、ティエラの婚約者にはルーナが添えられたはずだったのに――。
やはり、剣の一族の者をティエラの護衛につけるべきではなかったのだと思っている。
しかしながら、ティエラの護衛は剣の一族の者にしかできない理由もある。
怒りで、頭の中がごちゃごちゃしている。
馬車を止め、結果的にティエラを拾うことができたので、まあよかったと心を落ち着ける。
怒りを内に秘めながら、フロースは馬車の外を見た。
「もう一度会いたいのう……シルワ様」
馬車の揺れで、その声を他の皆に拾われることはなかった。




