玉の一族
ノワ・セレーネは、玉の一族の当主である。
玉の一族の当主ということで、「一応」この国の宰相という要職を与えられている。
現在、ノワは落ち着かずに過ごしていた。
彼は室内をうろうろしていたため、執事に「ノワ様、落ち着いて下さいませ」と声をかけられる。
「落ち着けるわけないだろ!」
ノワは、執事を怒鳴りつけた。
それ以上、執事は何も言わなくなった。
執事を怒鳴りつけ、ノワは一瞬気分が良くなったのも束の間、すぐにイライラし始めた。
今日、ノワが滞在する屋敷に突然連絡があった。
この屋敷に、義理の弟であるルーナが訪問すると言うのだ。
(せっかく、新しく屋敷に入ったメイドを口説いている最中だったというのに…!)
(本当に忌々しいやつだ)
ノワの父親は、玉の一族の当主であり、この国の神器である玉の守護者だった。
基本的に直系の男子が一族の当主を継ぎ、守護者も兼任することになっている。
当然周囲も、次の玉の守護者にはノワが選ばれるものだろうと考えていた。
しかしながら、ノワには魔力の才能が皆無だった。
どれだけ年をとっても、学びを深めても、魔力が芽吹くことはなかった。
そこで玉の守護者として代わりに選ばれたのが、分家にいた従兄弟のルーナだった。
ルーナは養子として迎え入れられた。非常に高い魔力を有しており、当然のように玉の守護者になった。
さらには、この国の王女であるティエラ・オルビス・クラシオン様と婚約関係を結び、国の政の場でも発言権を得ていった。
ノワの父親は、数年前に亡くなった。
そのため、ノワが玉の一族の当主とこの国の宰相の座を手にすることとなった。
しかし、それはお飾りでしかない。
玉の一族に関しても、この国の宰相としても、実権はルーナがどちらも持っていた。
周囲もそのことには気づいている。
それどころか、国の民の中には、ルーナが当主や宰相であると思い込んでいる者達もいる。
(しかも、屋敷の女性たちの心を掴んでいる…!それに母上も…!)
ノワは、ルーナに対して激しいコンプレックスを持っている。苛烈なまでに嫉妬の炎も燃えている。
「当主様、ルーナ様がいらっしゃいました」
執事にそう言われ、ノワはイライラしたまま、部屋への入室を許可した。
部屋に入ってきたルーナは相変わらず美しく、白金の髪も煌めいていた。
ノワも同じ白金の色の髪の持ち主のはずだ。なのに、ノワの髪色は鼠色のように見える。ますますノワの自尊心を傷つけてくる。
「義兄上はご息災でいらっしゃいましたか?」
そう話しかけてくるルーナの涼やかな声が、ノワには鼻についた。
ノワは、ルーナの後ろに従っている男と女―ウムブラとヘンゼルだ―を交互に見やる。その後、ルーナに嫌味を告げた。
「おやおやルーナ、今日も片脚の狸と娼館上がりの女を連れて歩いているのか?もっと上品な付き人が、君の周りにはいないのかね?」
どんなに嫌味を言っても、ルーナはさらりとかわしてしまう。
ノワは言うだけ言ってやってやったと得意げになっていた。
だが…。
「口を謹んでいただけるだろうか、義兄上」
今日のルーナの機嫌はとても悪かったようだ。
眉を吊り上げたルーナの顔が恐ろしく、ノワは情けないことに「ひっ…!!」と小さな悲鳴をあげてしまった。
「申し訳ございません、義兄上」
次にノワが見た時には、ルーナは元の涼しげな様子に戻っていた。
しかし、ノワはルーナをびくびくと怖がったままだった。
「折り入って、義兄上にご相談がございます」
そう希求してくる義弟に、ノワは首をぶんぶんと振って応えた。
※※※
「相変わらず、ルーナ様はノワ様に嫌われてらっしゃいましたね」
ルーナに従っていたウムブラが、ルーナににこやかに話しかけた。
「まあ、そうだろうな」
ウムブラの隣に控えるヘンゼルは何も喋らない。
「あら、ルーナじゃないの!」
前方から妙齢の女性が現れ、ルーナに声を掛けてきた。
話しかけてきたのは、ノワの実の母であり、ルーナの義理の母に当たる人物だった。
今日も豪奢なドレスを身にまとい、至る所に宝石を身につけている。
「義母上様ではありませんか、お元気でしたか?」
「ええ、元気だったわ。ルーナ、貴方こそ元気だったのかしら?ここ数カ月、こちらの屋敷にもいらしてなくて心配しましたのよ」
ノワの母親は、少女のように頬を赤らめながら、ルーナに話しかけていた。
対応するルーナは穏やかな表情を崩さない。
後ろに控えるウムブラは「やれやれ」と言った顔をしている。
ヘンゼルは相変わらず無表情だ。
「ねえ、ルーナ、今から私の部屋にいらっしゃらない?面白いものを手に入れたのよ」
ノワの母親は、ルーナをうっとりとした表情で視ている。
「面白いものですか?それはぜひ見てみたいものです…ウムブラ、ヘンゼル」
ルーナは後方に控えた二人に目をやる。
「義母上の部屋に行ってくる、お前たちは外で待っていろ」
「はい、わかりました」
「はい…わかりました」
ルーナは、二人が頷いたのをみた。
彼はそのまま、しなだれかかるノワの母親と共にその場を後にした。
ルーナを見送ったウムブラが、ヘンゼルに悪戯っぽく話しかける。
「ルーナ様も、難儀ですね。そう思いませんか?ヘンゼル」
「なぜ、それを私に言うの?ウムブラ」
ヘンゼルは、ウムブラを睨んだ。
ウムブラは表情を変えずに返した。
「おやおや、女性がたは怖いですね」
そう軽口を叩くウムブラを置いて、ヘンゼルはこの屋敷から出て行く。
「まあ、難儀なのは貴女もなんですけどね。ヘンゼル」
そう呟いた後、ウムブラは杖を前に出し、ヘンゼルの後を追った。




