第52話 橋
夕方、川から戻って夕御飯を食べた後――。
今日のための準備をしてから、ティエラとソルの二人は眠ることになった。
部屋には寝台が一つしかなかったため、ティエラが寝台を使い、ソルが床で毛布にくるまって眠ることにした。
ティエラは熱が出た時や、彼女とソルが憑依された後などに、一緒の寝台で過ごした経緯があった。
そのため、ティエラは何気なくソルに提案してみる。
「子どもの時も一緒だったし、一緒に寝台を使わないですか?」
すると、ソルに盛大な溜め息を吐かれた。
「あんた、別の男にそういうこと、絶対に言うなよ」
ソルはかなり呆れた様子だった。
「まあ俺が見てるから他はないか……ったく……」
悪態をつきながら、ソルはそのまま寝入ってしまった。
「なんなの……?」
(今さら気にするなとか、お前の裸は見慣れてるとかよく言うくせに……線引きがよく分からない……男の人が――というよりも、ソルの気持ちは難しいわ)
そんなことを思いながら、ティエラは就寝したのだった。
※※※
翌朝、二人はニンブス山の麓の村を出ることにした。
村を出る際に宿屋の主人に挨拶をしたら、何やらにやにやした表情でこちらを見てきていた。
(なんとなく、宿屋の主人の顔を見てたら嫌な気持ちになったわ)
今日のソルは騎士団の制服ではなく、旅がしやすい格好に着替えていた。
(ウルブの都に入った時、知り合いの騎士達に気付かれないようにと言う意味合いもあるみたいね……)
動きやすい服にさらに外套を身に付けており、いよいよ本格的にソルは旅人らしく見えた。
ティエラは旅で汚れても気にならないように、可愛らしい紺色で、なおかつ動きやすいワンピースを身につけることにした。靴も山の時のように足が痛くないように、革で出来た靴に変更してある。
宿代も衣類の代金も、全て盗賊から奪い取った、もとい回収したお金だった。
(少しだけ良心が痛むわ……ソルは旅が終わったら、国に返すと言っていたし、それを信じるしかないわね……)
外は、風も強くなく、太陽が眩しさを増しつつあった。
(今日は熱くなりそうね……)
※※※
村を出て、平原をだいぶ歩いただろうか。
「ティエラ」
彼女はソルに呼び止められた。
目の前には大きな木造の橋が掛かっている。
その時――
「おいっ! てめぇら!」
――後ろから大きな野太い声で呼び止められた。
ティエラとソルの二人が振り返ると、そこには髭面で体格の良い男が立っていた。
後ろにはずらりと別の男達が揃っている。
(どこかで見たことがあると思ったら、山を降りてきた時に私達を襲ってきた盗賊達じゃない)
ティエラは、ソルに腕をひかれた。
「お前ら、本当に暇なんだな……」
やれやれと言った様子で、ソルが返した。
それに対して盗賊は、青筋を浮かべながら叫ぶ。
「今日はこの間とは違う! お前ら! 出てこい!」
橋の奥、ウルブの都に向かう方からも、屈強な男達がぞろぞろと出てくる。
この間も多かったのに、さらに倍以上の男達がいた。
(ざっと数えて、五十から六十ぐらい? すごい数だわ……)
「ソル、どうするの?」
「どうするもこうするも、このまま抜けるに決まってるだろう?」
ソルが鞘から神剣を抜く。
「抜けるってどうやって? 橋にもいっぱい賊がいるわよ」
確かにこの間は一瞬で二十から三十程度の輩をソルが倒していったが、明らかに前回の数の倍以上だ。
(ソルが魔術を詠唱する時間もないはず……)
「まあ、見てなって」
ソルは自信ありげにティエラに答えた。
前回と同じように彼女の腰を抱え、そのまま肩に乗せた。
彼はさらに男達を煽る。
「ちょうど身体が鈍りそうで心配してたんだ! 来いよ!」
ソルの叫びを皮切りに、男達は大声を上げながら、一斉に襲いかかってきた。
ソルは近くにいた男達を神剣で軽くあしらった後に、橋の方向に身体の向きを変える。
抱えられたティエラの視界も、ぐるりと大きく変わった。
ソルは四方八方から襲ってくる男達を神剣の柄で叩き落としながら、そのまま橋へと走っていく。
橋の上にはずらりと男達が並んでいた。
そのまま敵と対峙するのかと思いきや、ソルがとった行動はティエラの想像とは違った。
「きゃっ!」
ティエラに振動が来て、短い悲鳴を上げた。
(え、まさか――?)
ソルが橋の欄干に乗り、走り出したのだ。
ティエラの身体は、男達がいる橋側ではなく川側にある。勢いのよい川の流れを眼にして、ティエラはぞっとしてしまった。
(お――落ちないかしら――?)
橋の上から攻撃してくる男達を時々蹴り落としながら、ソルは欄干を駆けていく――。
いつの間にか橋を渡りきっていた。
橋の反対側に到着したソルは、橋を走ってくる男達を順々に、剣の柄や、拳や足業を使って倒していく。
「ほら、どうした!?」
ソルが好戦的に叫んだ。
まだ何人か橋に残っている。
「まだいねえのか!?」
だが、もうそれ以上ソルに向かってくる者はいなかった。
男達は怯えた表情を浮かべたまま、走って逃げていく――。
「つまんねぇの」
ティエラを肩に乗せたままのソルは、残念そうにそう呟いたのだった。




