第51話 薄暮に揺れて「もう近付いてはいけないと分かっていたはずなのに」
5/9ソルのティエラへの「お前」呼びを「あんた」に変えています。
7/20文章の見直しをしています。
時間が余っていたので、ティエラとソルは川に散歩に来ていた。
ニンブス山からの強い風が駆け抜けていく。
ティエラの亜麻色の長い髪がたなびいた。
夕焼けの光が髪を照らし、きらきらと輝く。
水面には、ティエラとソルが反射して映っていた。
「綺麗だな」
「え?」
突然、ソルにそう言われて、ティエラは驚いてしまった。
「夕陽が」
自分の事だと勘違いしてしまっていたティエラは、途端に恥ずかしくなって、顔が赤くなっていく。
ソルはそんな彼女を見て、くすりと笑った。
「あんたもだよ」
彼がそう言うので、ティエラはますます赤くなってしまった。
「ソル! からかわないで!」
「ははっ、いや悪ぃ、つい……」
「もうっ!」
ティエラはソルを軽く掌で押した。
彼はひとしきり笑っている。
笑い終わった後、ソルがティエラの手をとった。
彼に掴まれた手から、彼女の手へと温もりが伝わってくる。
(ルーナに対して、申し訳ないわ……)
だけど、ティエラはなぜかソルの手を振り払うこともできなかった。
「記憶がなくなってから、あんたの反応がいちいち面白くってな」
そう言われると、ティエラの胸の奥がむず痒くなる。
記憶がなくなってからのティエラの反応を、ソルはいつも珍しがっている気がする。
沸いてきた疑問を、ソルに尋ねてみた。
「記憶を失う直前の私は、貴方に対してあまり照れたりしなかったの?」
「……まあ……そうだな」
ソルの歯切れが悪くなった。
(あまり聞かない方が良い質問だったかしら?)
恐らくは、ソルは城を追い出される直前まで、ティエラとずっと一緒にいたはずだ。
だから、ティエラがどういう風に過ごしたとか、記憶のない彼女よりもソルの方が詳しいはずだ。
(だけどソルは、私のことに関して、私が疑問に思わない限りは教えてはくれない……)
「国王陛下が亡くなる直前のあんたは……」
ティエラは目の前にいるソルを見上げる。
けれども、逆光に当たる彼の表情を、彼女に読み取ることはできなかった。
ソルに掴まれていた手も、ぱっと離されてしまう。
二人の縮まった距離も、また少し遠くなった気もした。
「思い出さなくて良い」
そう言うソルの声は淡々としていた。
「あんたは、ルーナのことを好きなままでいろ」
そう言って、ソルは踵を返した。
(ルーナのことを好きなまま……)
ティエラの胸はずきりと痛んだ。
(どうして私は……ルーナのことを好きな自分に違和感を感じているの……?)
また二人は川沿いを歩く。
これ以上は聞いてはいけないのだと、ティエラは物悲しい気持ちになった。
※※※
記憶を失う前のティエラからは、めっきり笑顔が少なくなっていた。
彼女は成人が近付いて来る毎日を憂い、そして段々と静かに嘆くようになった。
昔はあんなに、にこにこと笑っていたのに――。
ソルは、笑わなくなったティエラを見て、心苦しさがあった。
彼女から笑顔を奪う原因の一つは自分だ。
今の彼女に、あの頃の思いはさせたくない。
これが、ティエラの思いに反した、独りよがりな気持ちだったとしても。




