第48話 口づけたことが
ティエラが目を覚ますと、ちょうど太陽が南に差し掛かる頃だった。
(昨日目が覚めた時に比べて、身体が重くないわね……心なしか軽いような気さえするわ)
彼女は、ベッドの上で体を起こす。隣を見ると、ソルが横に眠っていた。
(ソル――私の――)
眠る彼の髪に、ティエラは無意識に触れていた。
ソルの紅い髪はやや硬くて、手に感触がしばらく残るようだ。
彼の髪に彼女が触れていると――。
「すまない。身体が怠くて、そのまま寝ちまってた」
――彼が目を開けた。
ティエラは、ぱっと手を離す。
(あれ? 私、今何を――)
彼女の心臓がばくばくと音をたてる。
ソルが気だるげに身体を起こした。
ふと、彼の唇がティエラの目に入る。
朝、シルワ姫が憑依していた時のことを思い出してしまった。
(お互い、シルワ姫とヘリオスさんが乗り移っていたとはいえ……私はソルと――)
「なんだ? どうかしたか?」
(ソルの碧の瞳を、直視できない――)
ティエラは、思わず視線を反らしてしまう。
彼女の顔は真っ赤になってしまった。
(唇に、ソルの唇の感触がまだ残って――)
あの時の口づけは、彼の身体の中にいたヘリオスがシルワ姫におこなった事で、断じてソルの本心ではない。
ルーナの顔が一瞬、彼女の頭によぎり、羞恥だけでなく罪悪感もない交ぜになる。
ティエラはそのまま、掛け物の上に突っ伏した。
「なんだ?」
彼女がしばらく顔を上げることが出来ないでいると、ソルがこちらを覗きこんできた。
「ひぇっ……!? か、顔が近い、です……!」
それを聞いて、ソルはにやりとした。
「口づけのことか?」
「――!?」
核心に触れられ、ティエラは首まで赤くなっていくのを感じる。
(身体全体が熱い)
「初めてじゃないだろ?」
彼女の心臓が跳ねた。
確かに、ティエラはルーナと口づけたことがある。
(ただ、ソルにそれを答えたくないのは、どうして――?)
悶々としていたティエラだったが、次のソルの言葉で我を取り戻した。
「城から飛ばされた後、川で俺も、人工呼吸してるしな」
(え――?)
さらりと言われたが、初耳だったティエラは衝撃を受ける。
思わず、彼女は顔を上げてしまった。
「し、知らなかったです――!」
「わざわざ言う必要はないかと思ってた」
「え、でも、そんな、だって……人工呼吸、とは言え……」
ティエラがわたわたしていると――、
「今までにもあったろうが」
――さらなる衝撃をソルから受けた。
「え? え!? じ、人口呼吸がですか? それとも――」
(口づけ――?)
「あ~~今の発言はなしだ」
ソルがため息をついた。
(え? ソルの言い方じゃあ、何かあったみたいにしか聞こえない――!)
そのまま慌てふためいたティエラは、ソルに問いかけた。
「え、そんな、いつですか? 小さい頃にほっぺに口づけたりは、確かにありましたけど……」
「はあ、あんた、よくそんな昔のこと覚えて――」
そこで二人は、はっとなり、お互いの顔を見合わせたのだった。




