第47話 最後の口づけ
5/9ソルのシルワの「あんた」呼びを「お前」に変えています。
昨晩、シルワと会いに行く約束をした後、ヘリオスはすぐに姿を消してしまった。
今日の朝になり、ティエラが着替えをしていると――。
「シルワ様によく似た姫よ――」
――突然、太陽の光によって透けて見えるヘリオスが目の前に現れた。
「きゃ~~~~っ!」
ティエラの叫びと同時に、扉が大きく開かれる。
「ティエラ! どうした!?」
ソルが彼女の元へと駆け付けた。
「ソル! ヘリオスさんが――」
ティエラはそこまで話して、はたと気付いた。
(私、まだ下着姿――)
「いや~~~~!」
朝の爽やかな空気の中、ばちんとひときわ高い音が響き渡ったのだった。
※※※
シルワと昨日約束した川へ向かって、ティエラ、ソル、ヘリオスの三人は歩いていた。
「着替えをのぞいて申し訳ありません。シルワ姫様と似た顔で叫ばれてしまい、こたえました……」
ヘリオスはティエラが鏡の一族だと知ると、丁寧な口調で語りかけてくるようになった。
「いえいえ気になさらず――」
(それよりも――)
少しだけ先を歩いていたソルが、ティエラの方を振り返って話し掛けてきた。
「緊張してるだろ?」
「え?」
「笑い顔がぎこちない」
ソルには、ティエラが緊張しているのが分かったようだ。
昨日も彼女が気になることに対して、質問をする前に答えてくれた。
(彼の前では何もかも見透かされている、そんな気さえするわ――)
それよりも、彼女は彼に謝らなければならない。
「さっきは叩いてごめんなさい……」
「気にしてねぇよ」
(良かった……)
「だいたい、俺はあんたの裸も下着姿も――」
「もう! それは良いですから――!」
(幼馴染み同士なのだから、子どもの頃の話とかなのでしょうけど……)
ティエラとソルのやり取りを、ヘリオスはどこか懐かしそうに見ていたのだった。
※※※
目的の場所である、川の近くに到着した。
だが、近くにあった巨岩が、昨日シルワ姫がいた場所に崩れて落ちていた。さらに、昨日の風雨によって倒れたと思われる大木が流れ着いている。大木と川の隙間から、雨水も溢れ出てきており、目的の場所を完全に分からなくしていた。
「そんな……」
ティエラが落ち込んでいるそばで、ソルが神剣を鞘からすらりと抜いた。そのまま神剣を川の方に向けると何かを呟く。
「風よ来たれ――」
三人の周囲で風が巻き起こった。
弾けるような大きな音が聴こえたかと思うと、目の前の岩や大木らが四散する。
川も、昨日の雨で勢いを増してはいたが、元の場所で流れ始めた。
「すごい……! ソルは、魔術も使えたんですね……!」
ティエラが感嘆の声を上げる。
「さすが兄貴の息子だな!」
ヘリオスも喜んでいる。
「まあ、一応な」
(あ、ソルの耳が赤い――)
照れている時のソルの耳が赤くなることに、ティエラは最近気づいていた。
まんざらでもなさそうな彼の様子に、彼女も嬉しくなったのだった。
※※※
「会いに来たぞ、シルワ姫」
ソルが川に語りかけた。
それを聞いて、ティエラは憑依される覚悟を決めた。
ぞくりとした感覚が身体全体に駆け抜けた後、彼女の全身から力が抜けていく。
意識や五感をティエラは残したまま、身体の自由をシルワ姫に預けた。
※※※
「ありがとう、約束通りね。お話を聞かせるわ」
シルワ姫が、ティエラの身体を使って話し始めた。
「その前に、お前に会わせたいやつがいる」
「え?」
困惑したシルワ姫の前に、ソルではない紅い髪の青年が現れる。
「ヘリオス!」
シルワ姫は叫んだ。
霊魂のままではヘリオスを視ることが出来なかったシルワ姫だが、魔力が高いティエラに乗り移ったことで、彼を黙視出来るようになったのだ。
彼女の瞳からは涙が溢れだす。
ヘリオスはシルワ姫に近づく。
「シルワ姫、お互いが見えていない状態だったらしいのです」
「そうだったの……でも、こうやってまた会うことが出来たわ……」
「シルワ様……」
ヘリオスは、ティエラの体を借りたシルワ姫を抱き締めようとしたが――。
――身体は透けてしまい、抱き締めることが出来なかった。
シルワ姫は、悲痛な表情を浮かべる。
ヘリオスは、後ろで見守っていたソルに懇願した。
「ソル、頼みがある! 少しの間だけで良い! 身体をかしてほしいんだ!」
ヘリオスは、必死だ。
だが、ソルにも言い分がある。
「は? ヘリオスと俺なら親和性が高いだろうから身体を貸すのは簡単だろう。だが、憑依された後にしばらく動けなくなるのは困る。ティエラを護れなくなるからな」
シルワ姫も叫んだ。
「ソル! お願いよ! 少しだけ! お願いします!」
自分達によく似た二人に切願され、ソルは逡巡した。
そうして――。
「一瞬だけだからな……」
ソルはヘリオスに身体を貸したのだった。
※※※
ソルの身体を借りたヘリオスは、目の前のシルワ姫を抱き締める。
「シルワ様」
亜麻色の髪が踊るシルワ姫の肩先に、紅い髪をした頭をうずめる。
二人はいとおしそうに、名前を呼びあう。
「ヘリオス」
「シルワ様」
ヘリオスとシルワ姫はしばらく見つめ合う。
そして、どちらからともなくお互いの唇を重ねた。
そのまま深い口づけに移行する。
そうして二人の唇は、お互いを何度も求め合ったのだった――。
※※※
二人の唇が離れた後、突然ソルに身体の感覚が戻ってきた。
身体が何かに押し潰されるのではないかという位の重さを感じ、ソルは膝から崩折れる。
彼はなんとか腕で身体を支え、完全に地面に倒れ込むのを防いだ。
「全然……一瞬じゃねえじゃねえか……!」
呼吸がしづらい中、シルワ姫とヘリオスに向かって悪態をつく。
「ごめんなさい」
「すまない」
二人はソルに交互に謝ってきた。
「いや――まあ、良いけどよ――」
すると突然――。
――シルワ姫の胸元にあるペンダントが輝きだした。
どうやら鏡の神器が光っているようだ。
「時間かしら? ソル、最後にもう一つお願い」
神器から出る光は、シルワ姫に身体を貸したままのティエラと、ヘリオスの霊魂を包み込んだ。
「フロースに伝えてくれる? 私は、私達は幸せだったって――あと――にも」
ソルは、徐々に身体の重みが和らいでいたが、まだ完全には体の感覚が戻っていない。
なんとか振り絞って声を出す。
「おい、待て! 消えんな! 聞きたいことがある!」
ソルは叫んだ。
「ソル、私は成人の日、生け贄になるはずだったの……でも逃げたおかげで、こうして二人で往ける……」
シルワ姫は恍惚とした表情を浮かべていた。
「生け贄?! どういう――」
「あなたたちも……お幸せに」
――その問いは間に合わなかった。
二人は光に包まれた。
しばらく周囲がきらきらと輝く。
光が焼失した時には、シルワ姫とヘリオスはいなくなっていた。
そしてソルは、まだ気だるい身体で、倒れ込むティエラをなんとか受け止めたのだった。




