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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第2部 太陽の章

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52/289

第45話 雷の夜には

5/9ソルのティエラへの「お前」呼びを「あんた」に変えています。

7/16文章の見直しをしました。



 宿屋の部屋の中――。


 ティエラが月を眺めていると、窓の外ではぽつりぽつりと雨が降り始めた。

 次第に雨脚は激しくなっていき、遠くで雷が聴こえる。


「きゃっ――!」


 稲光りに驚いた彼女は、短い悲鳴を上げた。

 椅子に座って神剣の手入れをしていたソルが、手を止める。彼は剣を机に置き、ティエラのいる寝台に腰掛けてきた。


「あんた、雷、苦手だもんな」


 雷鳴が聴こえる度に、ティエラの心臓がばくばくと音を立てた。

 彼女は記憶を失くしていたため知らなかったが……。


(ソルの言う通り、雷が怖いわ……)


 ティエラと毎日一緒に過ごしていたというソル。

 彼女本人よりもよっぽど、彼女のことを彼は把握していた。


(ソルが近くにいると、なぜだか安心するわ……)


 彼はルーナとは違い、ティエラに必要以上に触れたりはしない。

 それも、ティエラをほっとさせる理由の一つだ。


「どうした? 俺のことをじっと見て?」


「え?! いや、べ、別に理由はなくて……」


(私ったら……無意識にソルを見ていたのね……)


 恥ずかしくなって顔が赤くなった。


 風が吹いてくるようになり、雨粒が窓にぶつかる。次第に大きな音を立てるようになってきた。

 別名『嵐の山』と呼ばれているニンブス山は、天候が変わりやすくて有名らしい。


「こんな嵐の夜……なんかの霊魂が出たりとか、な……」


 ソルの碧の瞳が悪戯っぽく笑った。

 ティエラは顔を真っ赤にしながら怒る。


「そんな! ソル、私を驚かさないでくださいよ!」


「あんた、朝、シルワ姫に憑依されたばっかりだろうが」


「それとこれとは話が違い――」


 ティエラが言い掛けると、稲妻が地面に墜ちて、部屋が揺れる。


「きゃっ……!」


 ベッドに振動が伝わり絶叫した彼女は、ソルの腕にしがみついてしまった。


「ご、ごめんなさい……」


 だが、立て続けに雷が鳴る。

 ティエラは怖くなり、ソルを掴んだ手を離すことが出来なかった。


「ああ……別にいいよ、掴まっとけ」


(ソルの鍛えられた腕……細身なのに、筋肉がしっかりしてる……)


 ティエラの胸の鼓動がどんどん高まっていく。


(雷だけのせいではないかも……)


「あの、ソル――」


 ドキドキしながら、彼女が彼に話しかけようとしたところ――。



「姫様から離れろ!」



――突然、二人しかいないはずの部屋で、別の誰かの声が聴こえた。


(な、なに……!?)


 恐る恐る声の方を振り返る。


 ティエラとソルが腰掛けるベッドとは反対側、扉の前――。


 そこには、紅い髪をしていて、騎士団の衣服を身に纏った青年――ソルにそっくりの紅い髪の男が立っていたのだった。





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