第45話 雷の夜には
5/9ソルのティエラへの「お前」呼びを「あんた」に変えています。
7/16文章の見直しをしました。
宿屋の部屋の中――。
ティエラが月を眺めていると、窓の外ではぽつりぽつりと雨が降り始めた。
次第に雨脚は激しくなっていき、遠くで雷が聴こえる。
「きゃっ――!」
稲光りに驚いた彼女は、短い悲鳴を上げた。
椅子に座って神剣の手入れをしていたソルが、手を止める。彼は剣を机に置き、ティエラのいる寝台に腰掛けてきた。
「あんた、雷、苦手だもんな」
雷鳴が聴こえる度に、ティエラの心臓がばくばくと音を立てた。
彼女は記憶を失くしていたため知らなかったが……。
(ソルの言う通り、雷が怖いわ……)
ティエラと毎日一緒に過ごしていたというソル。
彼女本人よりもよっぽど、彼女のことを彼は把握していた。
(ソルが近くにいると、なぜだか安心するわ……)
彼はルーナとは違い、ティエラに必要以上に触れたりはしない。
それも、ティエラをほっとさせる理由の一つだ。
「どうした? 俺のことをじっと見て?」
「え?! いや、べ、別に理由はなくて……」
(私ったら……無意識にソルを見ていたのね……)
恥ずかしくなって顔が赤くなった。
風が吹いてくるようになり、雨粒が窓にぶつかる。次第に大きな音を立てるようになってきた。
別名『嵐の山』と呼ばれているニンブス山は、天候が変わりやすくて有名らしい。
「こんな嵐の夜……なんかの霊魂が出たりとか、な……」
ソルの碧の瞳が悪戯っぽく笑った。
ティエラは顔を真っ赤にしながら怒る。
「そんな! ソル、私を驚かさないでくださいよ!」
「あんた、朝、シルワ姫に憑依されたばっかりだろうが」
「それとこれとは話が違い――」
ティエラが言い掛けると、稲妻が地面に墜ちて、部屋が揺れる。
「きゃっ……!」
ベッドに振動が伝わり絶叫した彼女は、ソルの腕にしがみついてしまった。
「ご、ごめんなさい……」
だが、立て続けに雷が鳴る。
ティエラは怖くなり、ソルを掴んだ手を離すことが出来なかった。
「ああ……別にいいよ、掴まっとけ」
(ソルの鍛えられた腕……細身なのに、筋肉がしっかりしてる……)
ティエラの胸の鼓動がどんどん高まっていく。
(雷だけのせいではないかも……)
「あの、ソル――」
ドキドキしながら、彼女が彼に話しかけようとしたところ――。
「姫様から離れろ!」
――突然、二人しかいないはずの部屋で、別の誰かの声が聴こえた。
(な、なに……!?)
恐る恐る声の方を振り返る。
ティエラとソルが腰掛けるベッドとは反対側、扉の前――。
そこには、紅い髪をしていて、騎士団の衣服を身に纏った青年――ソルにそっくりの紅い髪の男が立っていたのだった。




