第44話 『結ばれない恋』
7/15文章の見直しをしました。
宿屋に戻ったティエラは、畑で農作業をしていた婦人の話を思い出していた。
ベッドに座る彼女は、椅子に座って剣を磨いていたソルに声をかける。
「ソル、少しだけ気になったから聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
彼は手を止め、ティエラに視線を送った。
「ルーナもソルも、どちらも同じ守護者で公爵家なのに、どうしてルーナが私の婚約者だったのでしょうか?」
「は?」
「年もソルの方が私に近いですし、昔から毎日一緒に過ごしてるわけですよね? 話を聞くだけだと、ソルが私の婚約者になってもおかしくはないのに……と思いまして……」
ソルは怪訝な顔をしてこちらを見ていた。
(また変な質問しちゃったかしら?)
彼は破顔すると、彼女に微笑みかける。
「何? 俺のことが気になってきたか?」
「え! あ、いや、私がソルをどうこうとかではなくですね!」
ソルにからかわれたティエラは、慌てふためいてしまった。
「冗談だよ、冗談」
彼女を見て、彼は大笑いしている。
(なんだろう、ちょっとだけ悔しい……)
ひとしきり笑った後に、ソルはティエラに教えてくれた。
「玉の一族の方が権力が強いのもあるが、剣の一族側にも事情がある」
そうしてソルは剣の一族の事情について話はじめた。
「シルワ姫が話していたヘリオスは、俺の叔父貴だ。ヘリオスは、シルワ姫を誘拐した罪で殺害されている。ヘリオス叔父貴とシルワ姫の二人が駆け落ちしたことがあって、剣の一族の権勢は弱まって、玉の一族の発言権が高まったんだ」
ソルは続けた。
「ヘリオス叔父貴が亡くなったから……今、剣の一族の男は親父と俺しかいない……一族は男性一系で女系は許されていない。必然的に俺が次期当主になる」
「次期、当主……」
「あんたのとこは、大公も子は作らず亡くなってる。本来、女のあんたが跡継ぎになることはないが、あんた以外に鏡の一族で跡を継げる王族がいない」
「だから誰か――私は婿をとらないといけない?」
ティエラは尋ねた。
「ああ、俺は自分の家を継いで男子を作らないといけないから、あんたの婿にはなれない。ルーナはその点、玉の守護者なだけだ。本家に養子に入ってるだけで、一族の跡継ぎではない」
ソルはティエラを見た。
「あんたが一人娘じゃなくて、兄弟がいるとか……誰でもいいから男の従兄弟とかいれば、婚約についても色々と違ったんだろうけどな」
説明するソルの表情は淡々としていて、ティエラには彼の感情が読み取れなかった。
「まあ、だから、あんたと俺が結ばれることはない」
ソルの発言を聞いたティエラの胸の奥が、なぜかもやもやしはじめる。
(お針子達が『禁断の恋』とはしゃいでいた理由が分かったわ。国の神器の継承の関係で、世間も私達の婚約だけはあり得ないと知っているからなのね……)
実際に『禁断の恋』と呼ばれるような関係だったのかまでは、ソルの口からは説明がないので、ティエラには分からなかった。
(一つ気になることが出てきたわ……)
「じゃあ、どうして障害がなかったはずのシルワ姫とヘリオス様は駆け落ちをしたのでしょうか? お互い違う婚約者がいたのでしょうか?」
「それは俺にも分からない。――明日、シルワ姫から何か聞けたらいいな」
ティエラは頷いた。
彼女はちらりと外を観る。
月が少しだけティエラの胸の内をのぞいているようで、彼女は少しだけ罪悪感を抱いた。




