第42話 赤い林檎
7/13文章の見直しをしました。
シルワ姫に身体を貸した後、宿屋に戻ってきていたティエラは、ゆっくりと目を覚ました。
(あれ……私、いつの間にか眠ってた?)
窓の外をみると、もう日が傾いている。
彼女はゆっくりと身体を起こした。
(いつもよりも頭がすっきりしてるわね……それにしても、なんだか肌寒い……)
「きゃっ……!」
ティエラは、自身が何も身に付けていないことに気づき、小さな悲鳴をあげた。
(そういえば、川で水浴びをして以来ずっと裸のままなんだわ……!)
慌てて、身体の上に掛けてもらっていた寝衣に袖を通す。
(そういえば、ソルは……?)
部屋の片隅の椅子に、ソルが足を組んで座ったまま眠っているのが見えた。
西陽が当たり、いつもは真紅の色をしたソルの髪が、今は明るい朱色に見えた。
(ソルを起こさないようにしなきゃ……)
そろそろと注意しながら、ティエラはベッドの上を動く。
だが、ソルはすぐに目を開いた。
「起きたか? 身体の調子はどうだ?」
「……今は、大丈夫みたいです」
「そうか」
ソルは微笑を浮かべた。
ティエラの胸が一度跳ねる。
「そうだ、昨日のうちに買っておいた」
ティエラはソルから紺のドレスを手渡された。
彼に部屋から出て行ってもらい、その間に彼女は着替えることとした。
(どうやらソルは、宿屋の主に声をかけられたようね)
着替えているティエラの耳に、二人が歓談に興じている声が聞こえてくる。
着替え終わった後、姿見の前で、ティエラは自分の容姿を確認した。
紺色のドレスには華美な装飾は施されておらず、色の影響も加わって清楚な印象を受ける。色合いは、ティエラの亜麻色の髪と黄金の瞳にも似合っていた。
(ルーナが選んだ、フリルやチュールをふんだんにあしらった淡い色のドレスも好みだけれど、こういった落ち着いたドレスも素敵ね……)
着替え終わった後、階下で待つソルの元へ向かう。
玄関前の広間に、宿屋の主の姿はもういなかった。
「お、悪くないな」
(なんだか気恥ずかしいわね……)
ティエラの頬が朱に染まる。
ルーナとは違い、ソルは過度な賛美はしない。
(ルーナから褒められすぎても、恥ずかしくなるだけのことが多かったわ……ソルぐらいあっさりしている方が、私としては心が休まるわね……)
「昼飯、食べてないから、宿の外で食おうか」
ティエラはソルに連れられ、宿の外に出る。
宿の向かいにいた行商人から、林檎とパンをそれぞれ二つずつ購入した。
宿屋の前に長椅子があったため、二人で腰かける。
「ほら」
「ありがとうございます」
ティエラはソルから、林檎を丸ごと一個渡された。
彼はすぐに自分の林檎に噛り付く。
それを見たティエラの顔が綻んだ。ふふと笑いながら、ソルに話しかけた。
「昔もこういうことがあったわよね。何度か城下街に二人で降りて、一緒によく食べ――」
話している途中に、ティエラはソルの方を見上げた。
彼は目を見開いて、彼女を見ていた。
「ティエラ! 何か思い出したのか――!?」
ティエラはソルに両肩を掴まれた。
彼の食べかけの林檎が、地面に転がっていく。
「あれ……? 私……」
思い出したのかと問われると、本当にそうだったのだろうかと、ティエラは分からなくなってしまった。
「確かに先ほどはそう思ったんですけど、今は何も思い出せない……です」
「そうか……」
ソルが眉をひそめた。
(ソルをがっかりさせてしまったかしら?)
彼は落ちた林檎を拾い上げ、土を払い始める。
少し話題を変えようと思い、ティエラはソルに話しかけた。
「そう言えば、この間、ルーナとの婚礼の儀で着用するドレスの採寸をしたんですけれど――」
嬉々として話すティエラに対して、ソルの表情は固まってしまっている。
けれども、ティエラは彼の様子に気づけずに話続ける。
「その時、お針子の皆さんがソルの話をしていました。よく城下町で私たちのことを見かけたと言っていて――」
ソルの顔を見上げる。
(え――? どうしたの――?)
彼は憮然とした表情を浮かべ、林檎に噛り付いていた。
ティエラの胸がざわつく。
彼は林檎を丸ごと一個食べ終わったかと思うと、そのまま喋らなくなってしまった。
(私、また余計なこと話しちゃったのかしら……)
ティエラはしゅんと落ち込んだ。
彼女はソルに、それ以上話しかけることが出来なかった――。




