第38話 水の中で、抱き締めた
7/9文章の見直しをしました。
ティエラが目覚めると、同じ寝台の上で眠る紅い髪の青年ソルが目に入った。
「――っ!」
ティエラは声にならない悲鳴をあげてしまう。
(確か昨晩は、ソルを待っている間にとても体調が悪くなってしまって――)
そこまでの記憶ははっきりしている。だが、それ以降の記憶が曖昧だった。
(まずは、寝具の中から出なきゃ)
ティエラは身体をひねって、ソルの腕から脱しようと試みた。けれども、彼女を抱きしめるソルの力が強くて抜け出すことが出来なかった。
(ど、どうしよう……抜け出せない――ルーナに悪いわ……)
ティエラがもぞもぞと動いていると――。
彼女の動きに気づいたのか、ソルが目を覚ました。
彼の爽やかな碧の瞳が透き通って見えて、ティエラはどきりとする。
「おはよう。わりぃ、眠っちまって……具合はどうだ?」
額に手を添えられて、ソルに熱を確認された。
「よし、熱は下がってるみたいだな」
彼が嬉しそうに笑った。
(あ――)
ティエラは、嬉しいような胸が苦しいような、複雑な気持ちになった。
(こんなに心配してくれたのに、悲鳴を上げてしまいそうになったのは内緒にしておこう――)
「その……ソルが看病してくださったんですか? ありがとうございます……」
おずおずとティエラは切り出す。
なぜだか彼の反応が気になった。
「まあ、あんた護るのが俺の仕事だからな」
彼はもう、いつものぶっきらぼうな調子に戻ってしまった。
(仕事、か……)
ソルはティエラの護衛騎士だから、仕事で間違いはない。
だけど、なんだか彼から距離を置かれたようで、彼女の胸がちくりと痛んだ。
(そういえば――)
ソルのことから気をそらそうと、ティエラは別のことを考えることにする。
「だいぶ汗をかいたので、流したく――」
「は? ああ、だったら湯浴みが出来るか聞きに行くか」
そうして、ティエラとソルは、宿屋の主人に確認することにした。
「湯を準備するには時間がかかります。村の端に、水浴びが出来る小川があるから、そちらへどうぞ――」
ティエラは、宿屋の主の言う小川に向かうことにした。
さやさやとした川の流れが耳に心地よく聞こえ始める。
(小川……開放的すぎる場所だったらどうしよう――)
けれども、彼女の不安は杞憂に終わった。
川の周囲には大きな岩がたくさんある。
服を脱いだとしても、村からは見えないですみそうだった。
しかし、もうひとつ懸念がある。
それは――。
「ソルが一緒だと水浴びが出来ません!」
小川の前で、ティエラは怒った。
宿からそんなに離れた位置ではなかったが、なぜかソルも一緒についてきたのだ。
だが、ティエラはソルから一蹴されてしまう。
「あんたがまた倒れたら大変だから、見にきてるだけだよ」
「で、でも……!」
「ったく……水浴びの間、俺は岩の裏にいるから――さっさと入れ」
ソルはため息をついた。
「いつも言ってるが……お前の裸とか、俺は今さらだな……」
ティエラは一気に赤面した。
(わ、私の裸が今さらだなんて……どういう意味――!?)
「……わかりました! 入ってきます」
覚悟を決めたティエラは、岩陰に隠れて古いドレスと下着を脱ぎ、畳んで置いた。
「病み上がりだから、あんまり長く入るなよ」
「わかりました」
ソルに声をかけられ、ティエラは返事をした。
彼女は小川に向かい、足先からゆっくりと水に浸かる。
ちゃぷりと音を立て、川の中へと向かった。
川の温度は、太陽で温められているからか、ややぬるま湯に近かった。
(気持ちいい――)
ティエラの胸の位置の当たりまで水位があり、わりと深い。
(水で汗を流したらさっぱりしてきたわね――長居するなと言われたし、川から上がろう)
ティエラが川の中にある岩に足を着き、川から上がろうとした時――。
――その岩が崩れてしまい、ティエラは水の中に滑り落ちてしまった――。
咄嗟のことで、ティエラは溺れてしまう。
溺れた時に、頭に何かがうかんだ。
けれども口や鼻の中に水が流入してきて、ティエラは半恐慌状態となってしまう。
「ティエラ――!」
ソルに腕をひかれたティエラは、水の中から顔を出した。
けれども、溺れた混乱によりティエラはしばらく暴れてしまう。
彼女は、水の中でソルに抱き寄せられた――。
そのままゴホゴホとむせて、気道が開通する。呼吸が楽になり、次第にティエラの動きは静かになった。
「ったく……ほんとに、何やっ――」
ソルがティエラにぼやいている途中――。
彼女が自ら、彼にすり寄せる。
「な――」
ソルは、言葉を継げなくなる。
「こわ……かった……」
ティエラの手の震えは、ソルに伝わっていく。
水の中で分かりづらかったが、ティエラは瞳から涙をこぼしていた。
「どこにも……行かないで」
ティエラの手が、ぎゅっとソルの胸元を掴む。
彼女の嗚咽を、川の流れがさらっていった――。
水面に、彼女の亜麻色の長い髪が揺れる。
ソルは、ティエラを抱く腕に力を入れた――。
彼の紅い髪から水が滴り落ちる。
「あんたに泣かれるのは、苦手なんだ――」
彼の寂しげな声が、川のせせらぎに隠れて消えた――。




