第37話 貴方の熱を
7/6文章の見直しをしました。
(ティエラにすぐに帰るって伝えたのに、もうすっかり、外が暗くなっちまったな――)
村で情報を集めたソルは、宿屋へと戻った。
ソルは、宿屋の主からランタンの灯りのたねをもらった。
この村のように、外れにある村では、油は貴重な存在だ。金をあまり持たない村人が入手するのは困難である。そのため、日の出と共に目覚め、日の入りと共に眠る村人達が多い。
(宿泊者に無料で灯りを提供しているぐらいだから、この宿屋はかなり儲けているみたいだな)
宿屋の主から借りたランタンで照らしながら、ソルは階段を上がる。
ティエラが待っているだろう部屋の扉を叩いた。
「俺だ。中に入れてくれないか?」
だが、当然中から聞こえてくると思っていた返事がない。
「寝てんのか?」
(ティエラは、階下に灯りを取りには行かなかったみたいだな……部屋の中が暗い……俺が部屋から出てすぐに、眠っちまったのか?)
ソルは取っ手に手をかける。
がちゃりと扉が開いた。
「鍵、かかってねぇじゃねぇか――」
ソルは違和感を感じた。
狭い村だ。彼女が部屋にいてさえくれれば、短時間なら離れても大丈夫だと判断していたのだが――。
「おい、大丈夫か?」
問いかけるが、返事はない。
ランタンで部屋の中を照らし、ソルはティエラの姿を探す。
「ティエラ!」
彼は、ベッドの上にうつ伏せで倒れているティエラを見つけた。彼女の右腕がだらりと、ベッドから垂れ下がっている。
「おい、しっかりしろ!」
ソルはティエラに走り寄り、ベッドの上の彼女を仰向けの体勢へと整える。
「おい! 大丈夫か?」
ベッドサイドに跪いたソルは、彼女の頬を叩く。だが、何度叩いても反応がない。
ソルは、ティエラの名前を呼び続けた。
※※※
(だぁれ――?)
ぼんやりとした意識の中、とても大切な誰かの声が聞こえた気がした。
(返事をしたいのに、声が出せない)
また意識が、少しずつ落ちていこうとする。
「……ィエラ、ティエラ……!」
けれども、何度も呼んでくるその声に、どうしても応えたくなった。
※※※
ティエラは、重たい瞼をなんとか持ち上げた。
(ソル……?)
最初に目に入ったのは、心配そうに声をかけてくるソルの姿だった。
ティエラが目を開けたのを見て、彼はほっとした表情を浮かべる。
「あんた、起きたのか」
(まだ、声が出しづらい――)
「あんた、寝相は悪くないのに、変な体勢でベッドに寝転がってるから心配したぞ」
(頭が、痛い)
ティエラが身体を動かそうとすると、目眩がする。
(気持ちが悪い)
「寒い……」
彼女は一言だけ声が出せた。
(悪寒がする……)
「寒い? そんなに寒くは……」
ティエラの手に、ソルの大きな手が触れてくる。
(とても暖かくて、気持ちが良い……)
「あんた、手足が冷えてるな。――今は熱はないけど、後から上がってくるかもな」
ティエラの身体に、ソルが掛け物を掛けてくれた。
「ソル……」
彼女は、心配そうな表情を浮かべる護衛騎士に声をかける。
「手を、握っててほしい……あなたの手、暖かいから……」
ティエラがそう言うと、ソルは彼女の手を握りなおす。
「こんなことで良いのなら」
(ああ、やっぱりソルは優しいわ――)
彼の優しさで、ティエラの気が少しだけ紛れた。
しばらくすると――。
ティエラはカタカタと震え始めた。
彼女の歯の根が合わず、カチカチと音を立てる。
(あまりにも寒い。早く熱が上がりきってほしい)
震えの止まらない彼女の頭上から、ソルが声をかける。
「すまないが、入るぞ」
そう声をかけられたと思いきや、ティエラを覆う掛け物の中にソルが入ってきた。
(え――――!?)
ティエラは驚くが、寒さで震えが止まらず、思ったように声が出せない。
「腕の中に入れ、多少は寒気がましになるだろ」
(婚約者であるルーナ以外の男性と、同じベッドの上で過ごすなんてことは――)
だが、ティエラは寒さに負け、ソルの言うとおりにした。
彼の身体にもぞもぞと近づくと、そのまま彼に抱き締められる。
(ソルの体温が伝わってくる……。少しだけ寒気がなくなってきた気がする……)
ティエラの顔の近くで、ソルのため息が聞こえる。
「……あんたは……ほんと、昔から目が離せないな……」
(ソルの声、なんだかとても耳に心地が良いわ)
彼女の悪寒が徐々に落ち着いていく。
「――離れて悪かった」
熱が上がりきったのか、ティエラの身体が少しだけぽかぽかしてきた。それとともに、ティエラに眠気が襲いかかってくる。
(なんだか、眠くなってきた……)
ティエラは、ますます強くソルに抱き締められた。
「約束だ、俺がずっと見てるから……安心して寝てろ」
彼の優しい声を聞いて、ティエラは眠りに落ちていった。




