第36話 恋人のふり
7/5文章の見直しをしました。
村に着いた頃には夕暮れが迫っていた。
途中、ティエラに合わせて休憩をとったり、盗賊に教われたりしたため、少々予想よりも時間がかかってしまった。
(坂道をずっと下っていたので、脚がくたくた――)
村はとても小さく、宿があって良かったとソルは言っていた。
「宿屋がない村も少なくないからな」
(宿があって良かったわ――)
そう思っていたのも束の間――。
「私とソルが同室――!?」
宿屋の主から同室であることを聞かされたティエラは、戸惑った。
(昨晩一緒にソルと野宿をしたとは言え、宿で男女同室だなんて――!)
けれども、やはりと言って良いのか、ソルに気にした様子が全くなかった。
宿屋の主に聞こえないように、ティエラはソルから耳打ちされる。
「部屋があるだけましだろ。雑魚寝の宿だってざらだぞ」
(なんだか私だけが過剰に意識しているみたいで、それはそれで恥ずかしい――)
「巡回の騎士様ではないでしょう? ご夫婦ではないんですか?」
宿屋の主は、何やら訝しげな視線を、ソルとティエラに向けていた。
騎士が、貴族の令嬢のようにみえる若い娘を連れて歩いている。
(何かおかしいと思ったのかもしれない……)
「失礼かもしれませんが……その女性、えらく恥ずかしがってますが……お二人は駆け落ちとかではないですよね?」
そう尋ねてくる宿屋の主は、自身の話を始めた。
「その昔、駆け落ちした騎士と貴族の令嬢が泊まったことがあったのです。その際に、令嬢の実家の者たちが押し掛けてきて、宿屋の中で大暴れし、宿が壊れてしまいました。一応いくらかはもらいましたが、だいぶ修繕費をとられてしまいましてね。それ以来、未婚の騎士と貴族の令嬢という組み合わせには、警戒するようになったのです」
(一気に話したわね……)
宿屋の主はさんざん二人に愚痴った後、「それでお二人はどうなんですか?」と確認してきた。
(残念ながら、私達は夫婦じゃない……一体どうしたら――?)
ティエラが困っていると、ソルがまたこっそりと声をかけてきた。
「ひと芝居うつぞ。あんたは黙ってても良い。ここでもめるのも面倒だ」
早く休みたいティエラは、芝居に同意した。
すると――。
ティエラはソルに抱き寄せられた。
(演技とは言え、ソルと密着してしまっている――)
ティエラの顔は火照ってしまった。
「私達は、最近婚礼の儀を終えまして夫婦となりました。今回騎士団から休暇をいただきましたので、せっかくだから二人で旅をしようと言う話になった次第です。とても美しいと評判のニンブス山をぜひ遠目からみたいと妻が言うので、こちらに参りました」
やはり切り替えが早い。
ソルは、すらすらと嘘を並べていく。
「嵐が来ない時は確かに美しい山ですが、最近は盗賊が出るから、近くには見に行かない方が良いですよ」
宿屋の主はさらに続けた。
「新婚なのは分かりましたが……それにしては恥ずかしがりすぎじゃないですか? 部屋が一緒なのに対しても嫌がってませんでしたか?」
宿屋の主はまだ疑っている。
ソルはさらにティエラを抱き寄せた。
かと思えば、指で髪を絡めとり、そのまま口付けた。
(今の動き――ルーナにそっくりだったわ――)
ティエラはルーナを思い出す。
ソルが宿屋の主に対して切り出した。
「宿屋の主よ、聞いてくださいますか?」
主はソルに視線を向けた。
「妻はこのようにすごく恥ずかしがり屋でして……実は……」
「実は?」
「屋敷の中でも、まだ一緒の部屋で過ごさせてもらえていないのです……」
(――なんだかすごい無理な設定なんじゃ――!?)
ティエラは心配したのだが――。
「そ、それは……! まさか、ご夫婦であるにも関わらず? 夜もですか!?」
宿屋の主が、ソルの適当な話に勢いよく食い付いてきた。
「ええ……もちろん夜もです。だから今日も部屋を別にとりたいと……けれども、部屋が一つしかないと言われ、もしかしたら妻も今日こそは覚悟を決めてくれるかもしれません……!」
ソルが生き生きと話しているのが、ティエラには分かった。
(子どもの頃は、イタズラが好きだったんだろうな……)
ティエラはなんとなくそう思った。
「おおっ! そう言うことでございましたか! 疑ってしまい申し訳ございませんでした」
宿屋の主は瞳を輝かせる。
そうして、彼はティエラとソルの二人が宿屋に泊まることを了承してくれたのだった。
「奥様、ちゃんと覚悟を決めるんですよ!」
ティエラは、曖昧に笑い返すしかなかった――。
そして、止めと言わんばかりに――。
ソルはティエラを横向きにして抱き上げ、そのまま二階にある部屋の中に向かったのだった。
※※※
部屋に入ると、ソルにベッドへと連れていかれたティエラは、ゆっくりと降ろされた。
(演技とは言え、長時間ソルに密着していたから、恥ずかしくて顔が火照っちゃう)
ティエラの顔が真っ赤だった。
「宿屋の主の顔……」
ソルはと言えば、静かに笑っていた。
しばらく笑った後、顔を真っ赤にしているティエラに悪戯っ子のような視線を向ける。
「今のあんた、反応が面白かったな」
そうソルに言われ、なぜだか、ティエラの心臓が跳ねた。
恥ずかしいのを誤魔化したくて、彼女は彼から視線をそらす。
ティエラはソルに問いかけた。
「ソルは、演技がとても上手でしたね」
彼は、それに答えた。
「いつもあの変態が、あんたにああいうことやるのを間近で見てたからな。真似してみた。似てたろ?」
ティエラは逆に尋ねられてしまった。
(変態とは、ルーナのことかしら?)
「あいつのことは気に入らないが、役に立つこともあるんだな」
そう言うソルに対して、どう反応して良いか、ティエラは困ってしまった。
※※※
それからしばらく後――。
ソルが借りてくれた宿のベッドの上で、ティエラは休んでいた。
ずっと緊張していたし、慣れない山で体力はかなり低下していた。
(なんだか身体も気だるいわね……)
そして、窓から射し込む西陽がまぶしい。
「鍵はかけておけよ、すぐ帰るから」
ソルはティエラに言い、彼女を部屋に残して情報収集に出かけた。
(すぐって、そういえばどの位かしら――?)
しばらく待ったが、ソルは帰って来ない。
(一人になるのも久しぶりね……)
久しぶりに一人になったティエラは、ルーナのことを考えた。
(ルーナの言いつけを破り部屋を出たあげく、遠い場所に来てしまった)
ルーナは、ティエラのことを心配しているだろう。
そして、あまりに言うことを聞かないティエラに怒ってもいるかもしれない。
そう思うと、少し身体がすくんだ。
(それにしては、身体がだるい)
歩き疲れただけにしては、やけに身体が重かった。
次第に、頭もくらくらしてくる。
(鍵はちゃんと掛けたんだっけ……?)
ティエラは扉を見たが、思ったようには身体が動かなくなっていた。
そのままティエラはベッドに倒れ、意識を失った。




