第35話 王国最強の騎士という称号
5/9うっかりソルがティエラを「お前」呼びしていたので、「あんた」に訂正しています。
7/4文章の見直しをしました。
(だいぶ山を降りてきた気がする――)
森から時折のぞく太陽は西に傾いてきている。
手をひいているソルが、先程から少し早足だ。
(何かしら――ソルはただでさえ脚が速いから、追いかけるのに必死だわ――)
突然、ソルにティエラは引き寄せられた。
「きゃっ――」
急だったので、彼女はソルにぶつかってしまう。
ソルが、ティエラからの耳許に顔を寄せて、囁きかけてきた。
「ティエラ、あんた――」
彼の話し方は乱暴だが、低い声は甘やかで耳に心地好い。
(顔が近くて、どきどきしちゃう)
「――今、走れるか?」
「――――!」
ソルの甘い声に反して、ティエラは不穏な予感がした。
(後ろに何か――?)
ティエラは、何者かの気配に気付く。
(今の今まで、全く分からなかった――ソルはいつから気づいてたの――?)
「ティエラ――行くぞ!」
ティエラとソルの二人は駆け出した。
「追え!!!」
後ろから、大勢の足音が聞こえ始める。
森の茂みから、屈強な男たちが、どんどん飛び出してきた。
(ルーナがソルに差し向けた追っ手――?)
気にはなったが、それをソルに問いかける余裕はない。
時折聞こえる男たちの声は粗野で、あまり品が良いとは言えない。
(騎士たちとは考えづらいわね――)
走るソルとティエラの前方――。
そこにある道の脇からも男たちが現れて、二人は取り囲まれてしまう。
(囲まれた――)
男たちの数がとにかく多い。
(二十人は少なくともいそうね)
森に入る前に「盗賊が出る」と、ソルがティエラに話していたことを彼女は思い出した。
ひときわ身体が大きいひげ面の男が、二人に声をかけてきた。
「あんたたち、騎士様と貴族のお嬢さんにみえる。見たところ、駆け落ちか……? こんな山の奥までご苦労なこって」
ソルがティエラをかばうようにして、一歩前に出る。
「どうしたら通していただけるでしょうか?」
ソルが丁寧な口調に切り替わった。
(ソルの変わり身が早いわ……)
ティエラは感心した。
ソルは盗賊たちに対しても、騎士として対応しているのだろう。
「あんたらが、有り金全部渡してくれたら、道を開けてやるよ」
男たちは下卑た笑いを浮かべている。
「この山では、土地の領主以外も税を徴収しているのでしょうか? 法で、国が定める場以外での税の取り立ては禁止されております。場合によっては、貴殿らを捕縛しなければならなくなる。今なら見逃しますので、道を譲ってはくれませんか?」
ソルはかなり丁寧な口調で、大男に返答をした。
周囲からは、どっと笑いが出てくる。
「この若い兄ちゃん、状況が全くわかってないみたいだな」
「こんな山の中で、王国の法なんか関係あるかよ!」
「これだから貴族様は!」
男たちが笑いながら口々に言う。
「状況が分かってないのはお前らだ……」
ティエラに聞こえるぐらいの声量で、ソルがぽつりと呟いた。
彼女はそんな彼をじっと見つめる。
男たちが、次々に武器を手に取り始めた。
「金を置いていかないなら、あんたをはぐしかないな。まあ、若いお嬢さんも手に入るし、こっちとしては助かるがな」
さらに男たちは笑う。
ソルが、腰の神剣を抜いた。
同時に、ティエラは彼に抱き寄せられる。
「はあ……あまり戦いたくはないんだが……仕方ないな」
ソルがそう言うや、ティエラの視線の位置がぐんと高くなった。
「え? え――!?」
いつの間にか、彼女は男たちを見下ろす形になっている。
気づけば、ティエラは荷物よろしく、ソルの左肩に担がれていたのだった。
(女性を肩に担ぐなんて、ソルは細身に見えるのに、一体どこにそんな腕力が――?)
ティエラの疑問など露知らず、大男が叫ぶ。
「捕縛出来るなら捕縛してみろよ、騎士様よお!」
彼の声に、他の男達が呼応した。
森中に叫びがこだまして、鳥達が驚き羽ばたいていく。
様々な武器を手にした男たちが、一斉にソルに襲いかかって来たのだった――。
※※※
勝負はすぐについた。
(……というよりも、勝負にならなかったというべきなのかしら?)
ソルの足元には、何十人もの男たちが折り重なるようにして倒れていた――。
彼の肩の上から見ていたティエラは、男たちがばたばたとなぎ倒されていく様を見ていた。
(ソルの強さは圧倒的だった……王国最強と言われる理由を理解するには十分な戦いだったわね……)
ティエラは、ソルの左肩からゆっくりと地面におろされる。
「ソルが、あまり戦いたくなさそうだったので、もっと手こずるのかと思っていました……」
ティエラが、おずおずと切り出した。
多勢に無勢だった。
(しかも私を抱えた状態だから、かなり不利だと思っていたわ……)
「は? 手こずる? 俺がか?」
ソルがため息をついた。
「加減しないとうっかり殺しちまうから、気を遣うんだよ」
そう、彼はぼやいた。
(あれで、手加減していたのね……)
ソルはティエラから離れ、気絶している男たちに近づく。
彼は男達の生存を確認しつつ、彼等の服の中を漁っていた。金貨や金目のものを取り上げて、手にいれたものをソルは懐にしまう。
「金を持ってなかったから、ちょうど良かった」
(これじゃあ、私達の方がまるで追い剥ぎみたいね……)
ティエラの視線に気付いたのか――。
「ちゃんと余った分は、後から国に渡すから安心しろ」
(後から……)
ティエラは彼の発言が少しだけ気になった。
ソルが全員から金目のものを取り上げ終わった後、二人は山を降りるのを再開したのだった。




