月の慟哭
6/29文章の見直しをしました。
新月の夜――。
「ウムブラ! お前が姫様のそばについていながら、どうしてこうなった!」
ルーナは、ウムブラの襟首を締め上げながら叫んだ。
「アルクダくんが、珍しく仕事をなさっていましてね。私の魔術陣を解いてしまったようで……」
「ふざけるな! アルクダの力では、お前の術を解けるはずがないだろう?!」
「そうは言われましてもね……。ほとんど勝ちは確定していたのに、ルーナ様がソル様に宝玉の力を使ってしまったのも原因では?」
ウムブラはその飄々とした表情を崩すことはない。
ルーナは、掴んでいたウムブラの襟を離す。そのままウムブラを突き飛ばした。
ルーナの美しい顔は、歪みきってしまっている。
「ヘンゼルの言う通り、やはり姫様は鏡の神器を取り戻していた……」
苛立ちながらルーナは考えた。
(姫様は神器だと気づいていなかったのだろう――)
それとも――。
(姫様は分かっていて、私に黙っていた――? いや、記憶はそんなに戻ってはいないはずだ)
それでも、疑い出すと止まらなくなる。
ルーナの視界に、ヘンゼルが映った。
「ヘンゼル、ソルに付いている二人――アルクダとグレーテルは――どこに行った?」
ヘンゼルは低頭したまま答える。
「ルーナ様、申し訳ございません。二人は逃がしてしまいました」
彼女の声は少しだけ震えていた。
「あの二人、逃げ足だけ早いのは、評価してやろう」
ルーナは吐き捨てるように言った。
「――ヘンゼル」
改めてルーナは、ヘンゼルを呼ぶ。
「後で私の部屋に報告に来るように――。詳細はそこで聞かせてもらう――」
「分かりました――」
返事をしたヘンゼルは、ゆっくりと顔を上げた。
ソルが破壊した尖塔のもとへと、ルーナは向かう。
忌々しい紅い髪の男。
(あいつは昔からそうだ。我が物顔で、姫様の隣に立っている)
気に入らない――。
(姫様が記憶を失い、もしかしたら初めからやりなおせるかもしれないと思っていたのに――)
今日もまた、ソルはルーナから、ティエラ姫を連れ出してしまった。
(姫様は、あの男をかばったのだ……)
記憶はそう簡単には戻らない。彼女が咄嗟にとった行動なのだろう。
だとしたら――。
真っ黒な感情がルーナを支配していった。
ルーナは、胸をかきむしる。
「どう足掻いても、貴女は私のものになってはくれないのですね」
風が、ルーナの苦し気な声をさらっていった。
(期待などしなければ、こんなに苦しくなかったのに――)
『ルーナは泣き虫ね』
ティエラの声が聞こえた気がした。
(はじめから、彼女が愛しているのはあの男だと分かっていたのに――ここに来て、私は――)
ルーナの蒼い瞳からは、一筋だけ涙が零れていった。
※※※
ウムブラは、ルーナが塔から出ていくのを見送る。
ルーナの後にヘンゼルも続く。
ウムブラは、ほくそ笑んだ。
だが、その瞳は笑ってはいない――。
「もっと堕ちるところまで、堕ちてくださいね、ルーナ様……」
そして、ぽつりと呟いた。
「それにまあ、私としては困るんですよ。神器が城に残っているのは、ね……」
その声は、誰にも聞かれることはなかった。




