第33話 鏡の神器の在処——穏やかに過ごせる人——
7/3に文章の見直しをしました。
ゆらゆらと炎が揺れ、ティエラの頬とソルの背を照らしている。
夜も更けてきた――。
(夕方まで意識を失っていたからかしら……目が冴えて、全然寝付けない……)
ソルも横になってはいるものの、寝てはいないようだ。
背を向ける彼に向かって、ティエラは声をかけた。
「ソルは、眠らないのですか?」
「ああ、俺は見張りがあるからな」
ソルは身体を起こすと、ティエラの方に顔を向ける――。
「あんたは寝ないのか?」
ティエラに尋ねるソルの紅い髪は、炎に照らされることでより深みを増していた。碧色の目は、今は炎を移し、べっ甲色に見える。
「はい……眠れなくて」
「あんたが寝付けないのも珍しいな、昼間寝てたせいか」
(私の寝付き具合まで、そこまで知っているのは、私付きの護衛騎士だから――?)
ティエラは雑念を振り払おうと、話を換えようとする。
目が覚めてから気になっていた疑問を、ティエラはソルに投げ掛けた。
「そう言えば、私達は塔の上にいたはずなのに、ここはどこの山なのでしょうか?」
「今さらかよ……」
ソルのぼやきに、ティエラはどきりとしてしまう。
(言い方が、やっぱりちょっと怖い……)
「あれは神器の力が三つぶつかりあったから、たまたま何かしら共鳴を起こしたんだろう」
彼にそう説明され、ティエラは疑問を抱いた。
「三つ……ですか? あの場にはソルとルーナの二つの神器しか……」
ソルが呆れた表情を浮かべて、ティエラの方を見ている。
(な……なに――?)
ソルが彼女を見る時、彼にはこういう表情が多いなと、ティエラは漠然と思った。
「あんた、ちゃんと神鏡持ってるだろうが」
「私は鏡なんて持って……」
ソルは少し怪訝そうな顔をしながら、ティエラの胸元に手を近づける。
彼の突然の動きに、彼女は驚いて身体を反らしてしまった。
ソルの碧の瞳に陰りが見える――。
(あ――私、彼を傷付けたかもしれない……)
ティエラは、しゅんとしてしまう。
気を取り直したソルが、ペンダントについた銀の宝石を指ですくいとった。
「ほら、これだよ」
(え、嘘――?)
「そんな! まさか……! これが――?」
(銀で出来た宝石が、神器だなんて――ペンダントの飾りだと、てっきり――)
「は? 嘘ついてどうする。見えづらいけど、ちゃんと鏡になってるだろうが。……気付いてなかったんだな」
小指ほどの大きさしかない銀の宝石。
(神鏡というぐらいだから、もっと掌や両手におさまる大きさだと思い込んでいたわ……)
ソルはペンダントから手を離す。鏡の神器が、しゃらりと音を立て、ティエラの肌の上に戻った。
ソルは、炎を映すティエラの瞳をまっすぐに見ながら伝えた。
「塔の上での話だが――。あんたは、昔からああいう無茶が多い。今回は、たまたま飛ばされただけですんだが、いつもこう都合が良いわけじゃない」
場所がどこかが分からないのは難点だが、とソルは付け加えた。
「あんたが、俺の前に立った時には肝が冷えたよ」
そうしてソルは伏し目がちになって、こう続けた。
「あまり、俺を心配させないでくれ」
ティエラはその言葉を受け止めて頷く。
どちらとも喋らないまま、時が流れ始めた――。
会話をしなくても気まずいということもない。ソルのそばでは、ティエラは落ち着いて過ごすことができている。
(なんだか不思議ね……)
記憶を失う前も、こういう無理をせずに、一緒にいることができる関係だったのかもしれない。
ソルと話し、ティエラが考え事をしているうちに――。
(だいぶ眠くなってきたわ――)
ふと、夜空を見上げた。
昨晩が新月だった。
(今日は繊月の日……)
繊月は、日没後すぐにしか見えない。
夜が更けている今では、月明かりが自分達の方まで届かない。
(明日になったら三日月が顔を出してくるわね…)
ティエラは空を眺めて、白金色の髪をした青年に想いを馳せた。
(ルーナ……私を心配しているかしら――?)
彼女の切なげな横顔を、ソルは黙って見つめていた。




