第32話 難しい距離感
7/2文章の見直しをしました。
夜になり、遠くで狼の遠吠えが聴こえるようになった。
ティエラとソルの二人は、焚き火を囲んで過ごしている。
火に怯え、動物達はこちらには近付いてこなかった。
「どうして魔術で火を起こさずに、手起こしなのですか?」
「元々、俺の身体に備わっている魔力の源泉が、ルーナとの闘いで消耗してしまった……。それに、この山に源泉の素となる元素が少なすぎる。時々、この山みたいに元素が少ない場所があって、魔術が使えなくなるんだ」
ソルはティエラに説明してくれた。
彼女は、彼の持つ神剣に目をやる。
(昨晩はうっすらと炎を帯びていたはず――あれが、ソルの持つ神器――)
今は、普通の剣と同じように鈍い光を放っている。
ティエラの気配に気付いたのか、彼がまた教えてくれた。
「剣に火の元素を用いて、威力を高めてたんだよ――まあ、俺の意思と関係なく元素をためこんでる時があるけどな――」
説明を受けた後、ソルとティエラの間に再び沈黙が訪れる。
彼女は、少しため息をついた。
(まさか、野営をするような事態に陥るなんて――全くもって想像していなかったわ――塔に来る前に、動きやすいドレスに着替えておいて、本当に良かった……)
彼女がぼんやり考えていると――。
「服を脱げ」
唐突なソルの台詞に、ティエラは耳を疑った。
(え――!? 聞き間違い?)
そんな彼女にソルが畳み掛けた。
「いいから服を脱げ、濡れてるだろ」
空耳ではなかった――。
「さすがにそれは出来ません! ソルも知っての通り、私にはルーナという婚約者が……!」
ティエラは必死に訴えた。
だが、すぐさま――。
「今さらだろ」
(今さら!? どういう意味――!?)
ティエラは狼狽え、顔が紅潮していく――。
気付いた時には、ソルから服の襟を掴まれており、ティエラは必死に抵抗した。
「ちょっと、ソル! 心配してくださるのは嬉しいのですが、殿方に肌をお見せすることは出来ません――!」
「俺は別に、あんたの肌に関してきにしちゃいない」
「あなたが気にしないのは当然なのでは――!?」
しばらく小競り合いが続いた。
しかしながら、その後、ソルの方から諦めてくれた。
「風邪引いても知らないからな――」
ティエラはほっとして、濡れた衣服のまま焚き火に当たりなおす。
灯る火は暖かく、川で濡れた衣服はみるみる乾いていった。
(やっぱり服を脱がなくてよかった――)
彼女がそんな風に考えていると、くしゅんとくしゃみが出た。
「ほら、脱がないから」
呆れたような表情を浮かべたソルが、ティエラを見ていた。
「まあ、いいからこっちにこいよ。寒いだろ――?」
ソルに声をかけられたティエラだが――。
(婚約しているのに、他の異性にむやみやたらと近づいて良いものかしら――?)
しばし逡巡しているティエラは、ため息をついたソルに声をかけられる。
「あんた、俺のこと警戒しすぎ」
(――そんな……私からすれば初対面に近いんだから、警戒もすると思うんだけど……)
ソルは、ティエラを見ながら盛大なため息をついた。
「一応、あんたの専属で護衛騎士やってたんだし……取って食いはしない」
(それはそうでしょうけど――)
それでもティエラが躊躇っていると――。
「めんどくせぇな」
ソルの強い言葉に、ティエラの胸がずきりと痛む。
(そんな言い方しなくても――)
ショックを受けていたティエラの頭に、ソルからばさりと何かを投げつけられた。
(これは――)
それは、乾いたばかりの騎士団の白いコートだった。
「それ羽織っとけ」
「ソル、貴方は?」
「俺は別に良い」
白いシャツ姿になったソルは、ティエラと焚き火に背を向けて寝転がる。
(あ――)
彼女は、その背を見つめる。
(この人は、ルーナのように分かりやすく優しくはない……)
寝転がるソルが、くしゃみをしていた。
(乱暴なところはあるけれど、世話好きなようだし……)
もう少しだけこの護衛騎士について知りたいと、ティエラは思ったのだった。




