第31話 やり直し
7/1文章の見直しをしました。
燃えるような紅い髪を持つ青年――ソルが目覚めた時に、まず目にしたのは夕焼けに染まる空だった。
(水の中……浅いな……川か――)
彼の身体は水に沈んでおり、全身が冷たくなっていた。
でこぼことした岩の上で目覚めたソルは、少しだけ痛みを感じながら身体を起こす。
(ここは――?)
周囲を確認すると、森が見えた。太陽が平地に比べ、やや近い位置にある。
(どこかの山の中にある川の浅瀬ってとこだな……)
水を含んで重たくなった衣服を引きずりながら、ソルが視線をさ迷わせる。
川の中に、身体の右半分だけ川に沈ませ倒れている女性の姿を見つけた。
亜麻色の長い髪が、水の流れの中に揺蕩っている。
「――ティエラ!」
ぐったりとした彼女を、ソルは慌てて抱き起こす。彼は彼女の呼吸をすぐに確認した。
「まずいな、息してないのかよ……」
まだティエラの白い肌は熱を帯びている。
(急げばまだ、呼吸が戻ってくる――)
ソルは躊躇わずにティエラの青ざめた唇に、自身の唇を重ねる。
(今までも、散々同じ目にあってきて、大丈夫だったんだ――)
彼は焦る気持ちを落ち着けながら、彼女に口づけた。
何度か繰り返して息を吹き込んだ頃――。
ティエラはむせて、口から水を吐き出した。
そして、彼女はゆっくりと眼を開けた。
※※※
目を覚ましたティエラの目に入ったのは、紅い髪に、新緑を思わせる瞳を持った青年の顔だった。
(ソル……? ここは――?)
状況が分からずに、彼女はしばし混乱する。
端正な顔を崩したソルが、ため息をついた。
「はあ、ったく、心配かけんなよな……」
ソルはくだけた調子で、ティエラに喋りかけてくる。
(以前も思ったけれど、この人、口があまり良くないような……)
「なんかぼーっとしてんな。おい、あんた、大丈夫か?」
そこで、ティエラははっとする。
(私、この人に抱きかかえられてる――!)
「ごめんなさい!」
彼女は慌てて身体を起こすと、ソルのそばから離れた。
ティエラの顔は真っ赤になってしまう。
(ルーナに毎夜抱き締められていたから、誰かに抱き抱えられるのには慣れてきたと思っていたけど――)
それはルーナに対してだけだったようだ――。
ソルは怪訝な顔をして、彼女を見つめていた。
「ああ、そうだった。ティエラ、あんた、記憶を失ってるんだったか――?」
(ティエラ……?! あんた……?!)
ティエラは名指しで呼ばれたことに驚く。
(そう言えば、鏡越しに話した時も、呼び捨てだったような気がする――)
あの時は、ソルが目の前に現れた事に気をとられていた。
(婚約者のルーナも「姫様」呼びだったのに……護衛騎士のソルは「ティエラ」と呼んでいるなんて……)
ティエラの想像以上に、ソルとは近しい間柄なのかもしれない。
(むしろ、彼が無礼なだけ――?)
「あんた、聞いてるか?」
彼に言われ、ティエラはこくこくと頷いた。
「記憶がないって、何も覚えてないのか?」
ソルから尋ねられ、ティエラは答えた。
「日記帳に書いてあったことを断片的になら思い出したのですが……二場面ほど……」
「二場面……? どんな?」
ソルに話を促される。
「まずは、何かの祝い事の場で、貴族の女性がルーナに私の悪口を言っていたことです」
「は? なんかくだらないこと思い出してんな」
「私としては、そんなにくだらなくは……」
「次は?」
「次は、貴方からペンダントをいただいたことを思い出しました」
ソルは、ティエラのペンダントがかかる胸元に目をやる。
「ああ、それでペンダントつけてんの……な――」
最初は嬉々として話していたソルだったが、後半は歯切れが悪くなってしまった。
さらに、彼はため息までついている。
(一体どうしたの?)
「あの……」
「ああ、もう話はいい」
なんだかソルが急に不機嫌になってしまった。
今は、周囲に誰もいない。二人きりだ。
(彼の機嫌を損ねるのは怖い――)
「もうじき暗くなる。今日はここで野営だな」
そう言ってティエラに背を向けて、ソルは火を起こし始めた。
ティエラはせっかく会えたソルに拒絶されたようで、少しだけ悲しくなった。




