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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第1部 月の章

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第30話 月と太陽




「ソル……!」


 ティエラには、まだ断片的な記憶しか戻っていない。


(良かった……)


 だが、ソルの背を見て彼女はとても安堵した。

 塔の上に風が吹き、ソルの紅い髪が揺れ、騎士団の服の背がたなびく。

 彼は、ちらりとティエラを見た後に、ルーナに向き直る。

 右手にはおそらく神器と覚しき剣があり、その切っ先はルーナに向かっている。


(炎を帯びた剣――あれが神剣――)


 ソルの持つ剣の周囲には、うっすらと炎がまとっているのが目視できた。


「ルーナ様は、相変わらずのようですね」


 ソルはルーナに向かって声を掛ける。

 話し方こそ丁寧だが、ソルの言葉にはトゲが含まれていた。


「お前は……相変わらず、その下手な敬語は辞めたらどうだ? ソル」


 ルーナは嫌悪を孕んだ様子で、ソルに告げた。

 ティエラは、そんな態度のルーナに驚かされる。


(こんなに誰かに失礼な態度をとるルーナは、初めて見た……)


 状況が状況だが、ついティエラはそんなことを考えてしまった。


(私は……ルーナのことを分かったつもりになっていた……)


 けれども、本当の意味では、ルーナの人柄を理解していなかったことに気付かされる。


「ルーナ様が、公の場や姫様の前では敬語で話せと、俺に言ってきたのですがね? どうも、お忘れのようで――」


 ソルが、ティエラを護るように近付いた。

 ルーナは低い声で告げる。


「姫様から離れろ、ソル」


「そんな風に裏表激しいから、姫様に怖がられるのではないですか? ルーナ様――」


 ソルがルーナをさらに煽る。


「いくつになっても、口の減らない子供だな。来い、お前には魔術を使うのも勿体ない。剣で相手をしてやろう――」


 ルーナが帯刀していたレイピアを、すらりと抜いた。

 彼はレイピアの切っ先を、ソルに向かって真っ直ぐに向ける。


「そのままお返ししますよ」


 ソルは両手で剣を持ち直し、右肩に引き付けた姿勢で構え直した。


「ルーナ! ソル!」


 ティエラの叫びに対して、二人が叫び返す。



「姫様は、後ろに下がっていてください!」

「ティエラは、後ろに下がってろ!」



 ルーナとソル。


 二人の声が重なりあった瞬間――


 ――一気に二人は距離を詰める。


 剣がぶつかり合う音が、空に響く。


 ソルが神剣で、ルーナのレイピアを巻き上げる。

 ルーナが受け流すのを見計らった後、ソルはすぐさま神剣の切っ先を下に向け、再度剣で攻撃する。

 ソルが、ルーナのレイピアを神剣で押し込む。

 ルーナの身体に隙が出来たところで、ソルが神剣を突き出した。

 ルーナは攻撃を、後方に下がって回避する。


 しばらく二人の打ち合いが続いた――。


(一見すると、ソルがルーナを圧倒しているように見える――)


 だが、よく見ると違う。


(ルーナは、ソルの動きを全て見切っている――)


 ソルは、剣の守護者だ――。


(神剣の加護を受けていて、この国で最強の騎士と言われていたはず)


 その最強と謳われるソルと、ルーナは互角に渡り合っていた。


(いえ、もしかしたら――)


「ああ、姫様もお分かりですか?」


 知らない内に、ティエラの隣にウムブラが立っていた。


「ルーナ様、魔術師だけど強いんですよね~~下手したら、剣の守護者のソル様よりも――まあ、神と言われている初代・玉の守護者の先祖返りらしいですから、ルーナ様は」


 ウムブラは、にこやかにティエラに告げる。


「そんな――」


「まあ、新月で弱まっているとは言え、ルーナ様が城に結界を張っておりますから。ソル様もいつもの調子を出せてはおりませんが――」


「ウムブラ!」


 ルーナが、ティエラとウムブラに向かって叫ぶ。


「やれやれ、人使いの荒いおかただ、ルーナ様は」


 ルーナに声をかけられただけで、ウムブラはその意図を瞬時に察したようだ。


「ティエラ様、ごめんなさいね」


.ウムブラが杖で地面を叩くと同時に――。


「きゃっ――!」


 急激にティエラの身体が重くなった。


(これは、魔術陣――)


 ティエラは魔術陣に囚われていた。

 彼女は重力に圧され、地面に座り込む。

 彼女はその場で動けなくなった――。


(前も、こんなことが……)


「ティエラ!」


 ソルの叫び声が聞こえる。

 彼がティエラに振り向いた。その隙を狙って、ルーナの剣先がソルに迫る。ルーナは、ソルが繰り出した攻撃を、斜め横に踏み出してかわし、同時にカウンターを叩き込む。

 ソルは肩に攻撃を受けて、少しだけ呻く。


 ルーナはソルに向かって吐き捨てる。


「学習能力がないな、お前は――」


「ウムブラの狸がいるなんて、知らなかったんだよ!」


 少しずつ余裕がなくなってきたのか、ソルの口調が乱れる。


「狸だなんて、いつも失礼ですよ、ソル様~~」


 戦闘中のソルに向かって、穏やかな口調でウムブラが声をかけた。


「うるせぇっ!」


「やれやれ……城下街のお嬢さんがたが、今のソル様を見たら、大層驚かれるでしょうね~~」


 ウムブラが、ソルに聞こえるように声を張り上げる。


「今、話し掛けんな!」


(ソルは、ルーナとウムブラのペースに乗せられている)


 涼やかな表情を浮かべたルーナが、ソルに何やら話し掛ける。

 その内容はティエラには聞こえなかったが、ソルが「お前、ふざけんなよっ!」と感情的に叫んだ。


(だめ……このままだとソルが負ける……!)


 いつの間にか、ティエラは完全にソルに味方していた――。

 だが、身動きが取れず何もすることが出来ない。


「ソル様! 感情的になっちゃダメです!」


 遠くから、場にそぐわない可愛らしい少女の声が聞こえた。

 黒髪を両側で結んだメイド姿の少女と、やたらと目が細い男性が、崩れた塔の陰から姿を現す。


「遅いぞ、お前たち……!」


 ソルが新しく登場した二人に叫ぶ。

 彼の額からは汗が流れ落ちる。

 その表情は、見ているティエラの方を苦しくさせた。


「ソル様が塔を派手に壊すからですよ~~!」


「そうですよ、大変だったんですよ、僕たちーー!」


 場にそぐわない間延びした声で、彼女たちはソルに向かって叫ぶ。


「悪かったから! 仕事しろっ! お前らっ!」


 ソルが剣を振りかぶる。

 ルーナは微笑を浮かべながら、それをかわす。


「姫様! 今グレーテルが参ります!」


 駆け出そうとした彼女の足元に、短刀が突き刺さる。

 飛んできた先には、ルーナの侍女であるヘンゼルがそこには立っていた。


「ヘンゼルお姉様!」


「グレーテル、貴女の相手は私よ。ルーナ様の邪魔はしないでちょうだい」


 ヘンゼルは、さらに何本もの短刀をグレーテルに投げつける。

 グレーテルは、身体をひねって全ての短刀をかわした。


「相変わらず、ルーナ様のことがお好きなんですね! ヘンゼルお姉様は!」


「黙りなさい!」


 ヘンゼルに一喝されたグレーテルは、後方にいる糸目の男に声をかけた。


「アルクダさん、お願いしますね!」


 いつの間にかティエラのそばに、アルクダと呼ばれた男が居た。

 彼は、ティエラのそばに立つウムブラを見据える。


「あれ、ウムブラさんは僕に攻撃してこないんですか?」


 アルクダがウムブラに問いかける。

 ウムブラは、にこやかに返す。


「今のままじゃ、ルーナ様の圧勝なので。私としては面白くないかなと……」


「相変わらず、喰えないお人ですね――」


 アルクダはティエラに向き直り、魔術陣の解除に取り組み始めた。


「はじめからルーナ様が有利な状況ですからね。まあ、これくらいは……ね」




※※※




 剣戟の音は、まだ止まない。


 だが――。


 それをルーナが破った。


「そろそろ、遊びは終わりだ――」


 ルーナが転移魔法を使う。瞬時に場所を切り替える。

 彼は無詠唱で、ソルに対して術を撃ち込み始めた。


「魔術を使うとか聞いてねえぞ!」


「使うのがもったいないとは言ったが、誰も使わないとは言っていない」


 ソルは術を剣で弾いては、ルーナに斬撃を繰り出す――。


 だが、ソルには疲れもあり、なかなかルーナには届かない。


 ソルは防戦一方になっていく中で、ルーナに尋ねる。


「なあ、俺はお前が気にくわねぇよ、ルーナ!」


「私も同意だ」


「でも、お前は、あんなことするようなやつだったか?! なんで国王陛下を――! なんでティエラに宝玉の力を使ったんだ!」


 ソルの言葉を聞いて、ルーナの蒼い瞳に怒りが宿る。


「姫様のお耳汚しになる。黙れ……!」


 いつの間にか、ルーナはソルの懐に移動していた。そのままレイピアの柄でソルの頭を叩きつけた後、腹を蹴りつける。

 ソルは地面に吹き飛んだ。


「お前は、何も知らない」


 ルーナは、呟いた。


「知れば、お前にも分かる――どうして私が姫様に宝玉の力を使わないといけなかったのか――」


 地面に倒れ込んだソルを見下ろし、ルーナが詠唱に入る。


(今まで詠唱なしだったのに詠唱が入った……おそらくルーナは、かなり高位の魔術を放とうとしている……!)


 上空に雲が立ち込め始める。


 ルーナは詠唱を一時中断し、ソルを見下ろす。


「龍の封印のことがある。神器の使い手であるお前を、殺しはしないから安心しろ。だが、やはり気にくわない」


 ルーナは冷めた蒼い目で、ソルを蔑む。

 見上げてくるソルを確認した後、彼を鼻で笑い、ルーナは詠唱を再開した。


 周囲に暗雲が立ち込め、雷鳴が鳴り響く。



「――鳴れ」



 ルーナの長い詠唱が終わった。


 まばゆい稲妻が、ソルに向かって落ちる――



 ――はずだった。



 だが――。



「ソル――!」



 ――ティエラがソルの前にかばうようにして、落下地点に立っていた。



 彼女の胸についたペンダントが、金の光を放つ――。



「姫様?!」



 ルーナが慌てて叫ぶ。


 だが、一度放たれた魔術を止めることは出来ない――。


「間に合わない――姫様――!」




 轟音と共に光が爆ぜる――。




「姫様――!」



 もうもうとした煙が、風に流されていく――。


 次にルーナが見た時、ティエラとソル――二人の姿はその場から消えてしまっていた。





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