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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第1部 月の章

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第26話 新月前の夕暮れ

6/21文章の見直しをおこなっております。




(今夜が、ついに新月――)


 塔へ宝玉を探しに向かう時が来た――。

 日が沈みかけ、ティエラの部屋の中を西陽が照らしていた。


 首もとが詰まっていて、裾の長い紫色のドレスを身に付けていた。


(塔へ向かうには、裾の長いドレスでは邪魔になるわ……侍女が身に付けるような動きやすいドレスを、数日前から確保していて良かった……)


 扉をノックする音が聞こえる。

 ティエラは、ドレスをさっと寝台の下に隠した。


「姫様――」


 部屋に入ってきたのは、婚約者のルーナだった。

 ティエラの心臓がドキリと跳ねる。


(まだ夕暮れ時だけれど、昨日のように仕事が早く終わったのかしら?)


 ルーナはティエラに近付くと、亜麻色の髪を、右手ですいた。


「今朝は声も掛けずに出ていってしまい、失礼致しました」


 そう言うと、ルーナはティエラの髪を耳までかきあげる。


「今日は早かったですね。何かあり――」


 問いかけようとするや否や、ルーナはティエラの首筋に吸い付いてきた。


「きゃっ――! ルーナ、やめてくださいっ!」


 ティエラの言うことを、ルーナは聞いてはくれない。

 彼の髪を掴んで、彼女は抵抗するが、止めることはできなかった――。


(やだ――襟元がはだけて――!)


 ティエラは羞恥を覚える。

 彼の唇が音をたてながら、彼女の白い肌を這う。


「ルーナ! やっ……あ……やめてっ……!」


 ルーナの口唇がティエラの胸元に差し掛かろうかと言う時に――。


「――杞憂だったようですね」


(え――?)


 ティエラに聞こえるかどうかという声量。

 ルーナは、彼女からそっと離れる。

 ティエラの白い肌があらわになっていた。装飾品も何も身に付けていない。彼女は慌てて、襟元を隠した。

 ティエラの顔は真っ赤になっていたが、ルーナは特に表情を変えていない。


「姫様、つい耐えられずに良からぬことをしてしまいました。申し訳ございません」


(平然と謝ってくるなんて――いつも何かを誤魔化されている気がする――)


 ティエラの襟元にある彼女の手を、ルーナはそっと手にとり、避けた。彼女の代わりに、ルーナがドレスの襟を整える。


「今日は婚礼用のドレスを仕立てるために、お針子達が来ていたようですね」


「はい――」


「純白のドレスを着た貴女は、妖精のように可愛らしいのでしょうね」


 ルーナは、ティエラの頬を優しく撫でる。


「婚礼の儀まで、その姿を目にするのを待っておきましょう」


(ルーナの眼が、少し明るい空色に見える)


 少しだけ怖かったが、ティエラは少し落ち着きを取り戻す。


「そう言えば――」


 ルーナがティエラに伝える。


「今日は少しだけ、見張りの騎士の数を増やしております」


(え――?)


 ティエラは内心驚いたが、表情から悟られないように気を付ける。


「そうですか……」


「今夜は新月、私の魔力も弱まります。貴女を守れないことが、私は一番怖い。なにとぞ部屋から出ませんように――」


(まるで、何かが今日、この城に現れるような言い草ね――)


 憂いを帯びたルーナの瞳を見る――。

 ルーナはティエラのことを、とても心配した様子だったため、彼女は罪悪感を抱いた。


「本日は短い時間で失礼致します。月が戻れば、また貴女に逢える時間も増えますので――。では、また明日――」


 ルーナはそう言って、ティエラの両肩に手を起く。

 互いの瞳が合った後に、彼が彼女の顔に近づいてきた。

 反射的にティエラは目を閉じる――。



 太陽が最後の悪あがきをして、二人を照らしていた。

 ふと、ティエラの脳裏に紅髪の騎士が閃く。


(あ―――なんで、いつも―――)


 いつもより長い口づけを交わした後、ルーナは部屋から出ていった。





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