第26話 新月前の夕暮れ
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(今夜が、ついに新月――)
塔へ宝玉を探しに向かう時が来た――。
日が沈みかけ、ティエラの部屋の中を西陽が照らしていた。
首もとが詰まっていて、裾の長い紫色のドレスを身に付けていた。
(塔へ向かうには、裾の長いドレスでは邪魔になるわ……侍女が身に付けるような動きやすいドレスを、数日前から確保していて良かった……)
扉をノックする音が聞こえる。
ティエラは、ドレスをさっと寝台の下に隠した。
「姫様――」
部屋に入ってきたのは、婚約者のルーナだった。
ティエラの心臓がドキリと跳ねる。
(まだ夕暮れ時だけれど、昨日のように仕事が早く終わったのかしら?)
ルーナはティエラに近付くと、亜麻色の髪を、右手ですいた。
「今朝は声も掛けずに出ていってしまい、失礼致しました」
そう言うと、ルーナはティエラの髪を耳までかきあげる。
「今日は早かったですね。何かあり――」
問いかけようとするや否や、ルーナはティエラの首筋に吸い付いてきた。
「きゃっ――! ルーナ、やめてくださいっ!」
ティエラの言うことを、ルーナは聞いてはくれない。
彼の髪を掴んで、彼女は抵抗するが、止めることはできなかった――。
(やだ――襟元がはだけて――!)
ティエラは羞恥を覚える。
彼の唇が音をたてながら、彼女の白い肌を這う。
「ルーナ! やっ……あ……やめてっ……!」
ルーナの口唇がティエラの胸元に差し掛かろうかと言う時に――。
「――杞憂だったようですね」
(え――?)
ティエラに聞こえるかどうかという声量。
ルーナは、彼女からそっと離れる。
ティエラの白い肌があらわになっていた。装飾品も何も身に付けていない。彼女は慌てて、襟元を隠した。
ティエラの顔は真っ赤になっていたが、ルーナは特に表情を変えていない。
「姫様、つい耐えられずに良からぬことをしてしまいました。申し訳ございません」
(平然と謝ってくるなんて――いつも何かを誤魔化されている気がする――)
ティエラの襟元にある彼女の手を、ルーナはそっと手にとり、避けた。彼女の代わりに、ルーナがドレスの襟を整える。
「今日は婚礼用のドレスを仕立てるために、お針子達が来ていたようですね」
「はい――」
「純白のドレスを着た貴女は、妖精のように可愛らしいのでしょうね」
ルーナは、ティエラの頬を優しく撫でる。
「婚礼の儀まで、その姿を目にするのを待っておきましょう」
(ルーナの眼が、少し明るい空色に見える)
少しだけ怖かったが、ティエラは少し落ち着きを取り戻す。
「そう言えば――」
ルーナがティエラに伝える。
「今日は少しだけ、見張りの騎士の数を増やしております」
(え――?)
ティエラは内心驚いたが、表情から悟られないように気を付ける。
「そうですか……」
「今夜は新月、私の魔力も弱まります。貴女を守れないことが、私は一番怖い。なにとぞ部屋から出ませんように――」
(まるで、何かが今日、この城に現れるような言い草ね――)
憂いを帯びたルーナの瞳を見る――。
ルーナはティエラのことを、とても心配した様子だったため、彼女は罪悪感を抱いた。
「本日は短い時間で失礼致します。月が戻れば、また貴女に逢える時間も増えますので――。では、また明日――」
ルーナはそう言って、ティエラの両肩に手を起く。
互いの瞳が合った後に、彼が彼女の顔に近づいてきた。
反射的にティエラは目を閉じる――。
太陽が最後の悪あがきをして、二人を照らしていた。
ふと、ティエラの脳裏に紅髪の騎士が閃く。
(あ―――なんで、いつも―――)
いつもより長い口づけを交わした後、ルーナは部屋から出ていった。




