第25話 婚礼の準備にて
5/7誤字報告の箇所を修正しました。
6/19文章の見直しをしました。
ティエラの部屋には、ルーナ、ヘンゼル・ウムブラ、そして数名の侍女ぐらいしか訪れない。あとは、部屋の前を護る騎士が交代の際に挨拶に来るぐらいだった。
オルビス・クラシオン王国には、武官貴族と文官貴族がおり、それぞれを公爵家である剣の一族と玉の一族がとりしきっている。政は宰相・大臣がとりしきり、国の防衛のために騎士団が存在していると、ティエラはルーナから聞かされている。
(ルーナとソルは要職に就きつつ、神器の守護者として独立した権限も持っていると……ルーナが言っていたわね……)
ティエラさまだ女王でない。とは言え、二ヶ月近く、一人も貴族が挨拶に来ていなかった。
(私の女王即位も近いのに……今の状況は、やっぱりおかしい……)
鏡越しに、ソル達がティエラが拘禁されてはいないか心配していた――。
(居住区である小城や周囲の森ぐらいまでしか、ルーナは活動を許してくれない――。軟禁状態に近いと言われれば、近いのかもしれない――)
自由が許されていないティエラ。だが、今日の日中は、彼女の部屋には、たくさんのお針子達が訪れていた。
ティエラの傍らには、ヘンゼルも控えている。
(お針子達から、外の世界について尋ねる貴重な機会だわ――)
ティエラとルーナの婚礼の儀の際に着用する純白のドレス。
その仕立てを目的として、お針子達はティエラの部屋に来ていた。
お針子たちは、嬉々とした様子で話し掛けてくる。
「城下街では、大地の聖女であられるティエラ様の成人と、ルーナ様との婚礼の儀の話で持ちきりですのよ!」
「そうですわ。この国の守護者のお二人が、ついに御結婚ということで、街全体が沸いております!」
「ルーナ様は、城下街の女性達の憧れの的ですわ~~。見目麗しい上に涼やかな声をお持ちで……。玉の守護者であるため、国一番の魔術の使い手! にも関わらず、剣の守護者のソル様に匹敵するほど、剣や武芸にも秀でていらっしゃって!」
(ルーナ、剣や武芸にも秀でていたのね、知らなかったわ……)
「それに、様々な浮き名を流されていたルーナ様が、最近は――」
「こら、余計なことは言わない!」
お針子の中で立場が強いと思われる年配の女性が、年若いお針子達を嗜めた。彼女たちは口々に、ティエラに謝る。
「気になさらないでください……」
ティエラは、曖昧に笑って返した。
「年も十歳近く離れていますでしょう。いつ頃から、ルーナ様はティエラ様をお好きになられたのかしら?」
「そんなの婚約した頃よ!」
「だって婚約した頃と言ったら、ティエラ様はまだ八歳頃ではなかった?」
お針子達は、きゃっきゃっと盛り上がっている。
彼女達の一人が、ティエラに声をかけた。
「そう言えば……剣の守護者であるソル様は、本日はご不在ですか? いつも姫様のそばにいらっしゃるのに……」
ソルの話題が出て、ティエラはどきりとした。
(ソルはいない……どう答えれば良いのかしら……)
ティエラがたじろいでいると、ヘンゼルが代わりに答えた。
「ソル様は別件で、本日は席をはずされております」
お針子達は、目に見えてがっかりしている。
「ソル様にお会いしたかったです」
「姫様! ソル様も人気なんですよ! ルーナ様とはまた違った印象の美丈夫でいらっしゃって……普段は礼儀正しいのですが、御前試合などの際に見せる鋭い眼光と、その圧倒的な強さ! さすが我が国最強の騎士様!」
(ソルは、礼儀正しいかしら……?)
鏡越しでの会話や、ティエラの記憶の中ではやや粗野な話し方だったが……。
(私の記憶が曖昧なのかしら?)
「しかも甘い声をされているとか!」
お針子達が、再び盛り上がる。
「よくお忍びで、ティエラ様とソル様が城下にいらしていたじゃないですか? 城下街の娘たちの間では禁断の恋じゃないかと噂され――」
「こらっ!」
また年若いお針子達が、年配のお針子に叱られていた。
(禁断の恋……)
ソルはティエラの護衛騎士だから、彼女のお忍びに付き合っていてもおかしくはない。
(お忍びなのに、忍べていないのが気になるわ……)
「紅髪で長身のソル様と、亜麻色をした髪のティエラ様! 身長差もあるから、お目立ちになっていました」
(それは、全く忍べてないわ……)
ひとしきり、きゃっきゃっと騒ぎながら仕事をした後、お針子達が部屋から出ていった。
室内には、ティエラとヘンゼルの二人きりになった。
(ソル……)
ティエラは、ルーナのことを好きなはずなのに……。
(どうしても、ソルのことが気になってしまう……)
胸につけていたペンダントの上に、ティエラはこっそり手を当てる。
遠目でティエラの姿を確認してから、ヘンゼルが部屋を出ていったのだが……ティエラは、彼女の視線に気付けていなかった。




