後日談5-8 彼女は彼の成長を見守る8
玉座の間にて、とある朝議の後――。
数段高い椅子の上に座っていたティエラが、大臣や文官、騎士団長や武官たちに一斉に告げた。
「それでは、皆さま、今日もそれぞれの持ち場へと向かわれてください。朝議はこれにて解散と致します――」
その時――。
「ティエラ・オルビス・クラシオン女王陛下――」
――突然、いつもそばで聞いている甘い声音が耳を打った。
紅い髪に碧の瞳を持った美青年。幼馴染であり恋人のソル・ソラーレだ。
広間にいた皆がざわつく。
だが、数名の者達は笑顔で見守っている。
「どうしましたか、剣の守護者ソル・ソラーレ。護衛騎士である貴方の意見は後にしてもかまいませんが――」
すると、跪いた彼は凛とした声調で続ける。
「――皆の前で聞いていただきたいことがある」
普段は粗野な喋りの彼が、皆の前で騎士然と振舞うのにはティエラも慣れている。
「では、どうぞ」
すると、一度唇を硬く引き結んだ後、ソルが告げた。
「――私には――幼少期から想う女性がいる」
大臣たちのざわつきは止まらない。
ティエラは目を真ん丸に見開く。
(ソルは朝議の場で、一体何を――!???)
「想い人は一国の姫で……婚約者だった玉の守護者ルーナ・セレーネに比べたら、私は劣るところも多い。結局、ルーナに勝つことなんて一度もなく、ここまで来てしまった」
――ソル。
彼がティエラの元婚約者のルーナ・セレーネに対して、ひどくコンプレックスを抱いているのをティエラは知っている。
「ルーナがそばにいるのは知っていた。一族のために、本当は別の女性を娶らないといけなかった。だが、私はそれでもどうしようもなく、想う彼女のそばにいたかった」
彼女の瞳が潤む。
何か言いたげな大臣にも聴こえるように、ソルは続けた。
「ルーナに比べたら、隣に立つには分不相応な私だ。ルーナを信奉していた大臣達だって心配だろう。下手をしたら、想う気持ちもルーナに負けている。だが――」
彼の碧の瞳が、ティエラの黄金の瞳を射抜く。
「これから先、隣に立ち続けて、ルーナの分、いいや、あいつを絶対超える男になってみせると誓ってみせる。だから――」
ソル・ソラーレは幼い頃からの想い人――女王になったティエラに向かって告げた。
「ティエラ・オルビス・クラシオン――私は貴女を――ああ、堅苦しい言い方じゃ伝わらない。ティエラ、俺はあんたを――」
余所行きの「私」から「俺」に戻ってしまった。
しかも皆の前で、女王陛下を「あんた」呼びだ。
大臣たちのざわつきがひどい。
赤面したソルが咳き込んで言い直しを図る。
「言わなくても分かるだろうと、言わずに今まで過ごしてきたが――ティエラ、俺はあんたを愛している。ずっと昔から、あんただけをずっと。俺にはあんただけだ。そうして、これから先もずっと――だから、どうか俺と一緒になってくれ――」
――愛している。
(――ソル……!)
言われなくても、彼の気持ちにはずっと気づいていた。
口下手だし、一生聴けないと思っていないのに、まさかこんな場所で――。
ティエラの瞳から、喜びの涙が零れる。
「ああ、そうか、一緒になってくれって、どういう意味かって言ってたな……その、一緒にって言うのは、妻として一緒にという意味で――」
だが、大臣の一人が騒いだ――。
「このような場で! 女王陛下の夫となれば、ことは国の一大事! そんな気持ちだけでどうにかなるとお思いか!!」
同調する貴族達も数名存在した。
「鎮まれ」
その時、水のように静かな声が場に響く。
ティエラとソルの魔術の師でもあり、現・宰相のセリニ・セレーネだった。銀の髪に紅い瞳を持つ彼は続ける。
「陛下の次には、甥のエガタが継ぐという話ではなかったか? 男系が良い、一時的な女王の立場でいたいと、陛下も仰っていただろう? それならば、陛下がソルと結ばれても問題はないはず」
「セリニ様! だが、それでは玉の一族の権威と言うものが――!」
「今さら、剣と玉の一族同士で争って、何になるというのだ?」
その時、静かに黙っていた、ソルの父親であり王国騎士団長のイリョス・ソラーレが口を開いた。もう五十路だというのに恐ろしいほどの若さを持つ紅い髪に碧の瞳をした男の眼光は鋭い。
「私も同意だ。大事なのは陛下のお気持ちでは?」
大臣はなおも食いつく。
「それは、剣の一族の当主のイリョス様からすれば、国の中枢を握る良い機会ですから、そう思われても当然でしょう!!」
すると、イリョスは返す。
「武と知を分けるような制度でも作れば良いのでは? 相変わらず帝国に比べて、色々と遅い国だ、オルビスは」
不遜な態度で現れたのは、イリョスの妻でありソルの母親であるローザ・ソラーレだった。
「さて、大臣、何か言いたいことがあれば、母の私が聞こうか?」
大臣が怯む。
すると、場に似つかわしくない、キャンキャンとした声が響いた。
「一応、竜を倒したソル様は国の英雄さんです!!」
現れたのはティエラ付きのメイドのグレーテルと、彼女の幼馴染で糸目の魔術師アルクダだ。
「そうですけど、グレーテルさん、だめですよ。使用人のあなたが朝議に出張ったら! 皆さますみません、止めたんですけど、止めきれなくて!」
「もう、うるさいですよ! アルクダさんは黙っててください! とにかくソル様は英雄さんなんです! ルーナ様いなくなっちゃったんですし、ソル様以上に姫様に合う男性なんて、この世に存在しませんから!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ彼らを見ながら、近くで控えていたネロとアリス――騎士の二人はひそひそと話す。
「ネロ、お前は知っていたのか? ソルが突然、陛下に愛の告白をすると――」
「いいやぁ、俺は知らないけど――にしてもアリス、俺は見直したぜぇ、ソルのことぉ」
「確かに昔としたら、成長しましたよねぇ」
二人の後ろに、黒髪嘆願の飄々とした魔術師ウムブラが現れた。
そうして彼は大声を上げる。
「まあ、皆が色々言おうと、陛下の結婚はいまや自由です。結局は陛下の意向次第ではぁ?」
それもそうだな、ソル様は国の英雄だし――だんだんと波は広まっていった。
ひとしきりさざ波が立った後、場はシンと静まり返る。
皆の注目を一斉に浴びながらティエラは深呼吸をした。
そうして玉座を降りて、跪くソルの元へとゆっくりと歩む。
皆が彼女の一挙手一投足を見守った。
「立ってください――いいえ、立って、ソル」
ティエラも余所行きの言葉を辞めることにする。
促されたソルは、立ち上がった。
「私、ずるい女性だったわ。婚約者のルーナがいたのに――家族だと想ってくれていた彼を裏切って……結ばれることなんてないと思っていた貴方のことを、どうしようもなく愛してしまっていた……」
泣くつもりなんてなかったのに、涙が溢れて止まらない。
「貴方が戦争に行って、帰ってきた時に気づいてしまった。気づかなければ楽だったのに……気づいて……」
そんなティエラに対して、ソルが続けた。
「ずるいのは――あんたに婚約者のルーナがいるのを分かっていたくせに、想いを告げた俺の方だ、ティエラ」
――ルーナ。
ずっと支えてくれていることに気づかずに、すれ違ってしまった婚約者の顔が浮かんだ。
ソルのことだけをずっと愛しているはずなのに――。
もし、もっと早くにルーナの気持ちに気づいていたらと考えてしまう自分では、ソルに相応しくないのではないかと――ソルの求婚から逃げている自分がいた。
「異性として愛しているのはソル、貴方だけ。それは本当よ。だけど、家族だと言って慕ってくれていたルーナのことを、心の中から消すことは一生出来ない。そんな私は、貴方に相応しくないかもしれない。それに、お互いの身体のこともあるわ……貴方に子どもを残してあげられるかもわからない。下手をしたら、ソラーレ家を断絶させてしまうかもしれない」
ティエラの涙を拭おうと伸びて来たソルの手が引っ込んだ。
皆も静まり返っている。
――子どもを残してあげられるか分からない。
――ソラーレ家断絶。
神の血を引くと言われている三一族の悩みなど、大臣達には分からなかったのだろう。
「ソル」
そんな中、彼女は彼をまっすぐに見つめた。
「そんな私でも良いのなら――貴方の奥さんになりたい……貴方の奥さんが良いの」
そうして、彼女は愛しい彼の腕の中に飛び込んだ。
「ティ……エラ――」
ソルの碧の瞳にも涙が溜まっている。
彼は彼女の身体を抱きしめた。
もう文句を言っていた大臣も何も言えないようだった。
静かだった場に、誰かが拍手をはじめる。
「ティエラ、あんただけをずっと愛している」
「ソル、私も貴方だけをずっと――」
鳴りやまない二人は口づけを交わした。
これからも多くの困難があるだろう。
それでも今まで色んなことを乗り越えてきた二人一緒なら――。
大々的には認められない中、愛を育んできた女王陛下と護衛騎士の二人は――やっと皆に祝福される中、幸せになる一歩を進みはじめたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
一年半かけて、やっとでソルがティエラに愛していると言えました。
普段はムーンライト様で書いていて、今となっては71作品になりました。だけど、作者の処女作の三人ティエラ・ルーナ・ソルは一番思い入れが深いです。
ソルとティエラの話はムーンでR加筆で書いています。気になる方はどうぞ探してみてください。
お読みいただき、本当にありがとうございました。
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