本編(炎陽・剣の章) 後日談5-2 彼女は彼の成長を見届ける2
翌朝――。
今日は、仕事のない休日だ。
窓から差す、朝の陽ざしが眩しい。
ティエラは、ソルの部屋のベッドの上で微睡んでいた。
(ソル……隣にいない……?)
彼女が視線をさまよわせていると、騎士団の白いコートを羽織っているソルが目に入った。
「わりぃ……ちょっと騎士団から呼び出された。用事がすんだら、帰ってくるから。それまでは適当に過ごしていてくれ。グレーテルを見つけて、あんたのことを言っておくから」
ソルが、コートの釦を留める姿が目に入る。
こくりとティエラが頷くと、ソルが横たわるティエラに近づいてきた。
彼が、彼女の頬にかかっていた亜麻色の髪を払う。露わになった彼女の薔薇色の頬にソルが口づけを落とした。
「ひゃっ――!?」
ソルの思わぬ行動――。
ぼんやりしていたティエラは、完全に目が覚めてしまった。
驚いた様子の彼女を見て、ソルは悪戯っぽく笑っている。
「び、びっくりした……」
(普段は、こう……ほっぺに口づけたりされないから……心臓に悪いわね……)
彼女の胸は、朝からドキドキしてしまった。
「あんた、相変わらず、からかうと面白いのな――。じゃあ、行ってくる」
そう言って、彼は部屋から出ていった。
(朝から少しだけ寂しいけれど、用事がすんだら一緒にいれるわけだし)
彼女が自分に言い聞かせていると、ソルの部屋の扉を叩く音が聴こえた。
「姫様? 中にいらっしゃいますか~~?」
声の主は、ティエラのお世話係のグレーテルだった。
ソルの部屋の中に入ってきた彼女は、ティエラのドレスなどを腕に抱えていた。
おそらく、ソルがグレーテルに、彼の部屋にティエラがいることを伝えていたのだろう。
「ソル様のお部屋で着替えさせるのは、なんとなく違和感ありますけど、グレーテル、頑張りま~~す」
明るい調子で、グレーテルはティエラに話した。
竜との戦い後、ティエラのお世話係に戻ったグレーテル。やや釣り目の可愛らしい顔立ちに、黒髪をポニーテールにまとめた姿をした、ティエラと同年代の女性である。彼女は、ひざ丈の黒いワンピースに、白いフリルのついたエプロンをいつも身に着けている。
しばらく後、ティエラの支度が済んだ――。
今日のティエラの装いはというと――。
光できらきらと輝く翠玉がちりばめられたバレッタで、左横の髪を留めている。
襟に白いフリルがあしらわれている以外に装飾のない、紺色の長袖のドレスに着替えていた。
グレーテルは突然、主であるティエラに、突拍子もない質問を投げかけた。
「ソル様はティエラ様に、『好きだ』とか『愛してる』とか言うんですか?」
「え――?」
問いかけられたティエラは、円い黄金色の瞳を丸くした。
(相変わらず、グレーテルは直球な質問をしてくるわね……)
ティエラはグレーテルの問いに、少しだけ考え込んだ。
(ソルから、『好き』や『愛している』……?)
「そういえば、一度もないわね」
「一度も!??」
あっさりとしたティエラの答えに、グレーテルが驚きの声を上げる。
「変かしら……? 私もそんなに言う性質じゃないし……」
首を傾げているティエラに、グレーテルが畳みかけるように叫ぶ。
「そんな甘い言葉も言わないくせに! ソル様は、姫様のことを束縛するんですか?!」
「束縛――?!」
グレーテルから出た思わぬ単語に、ティエラはますます驚いてしまう。
「私の姫様に、暗い服ばかり着せて……!」
(束縛に服装が関係あるのかしら――?)
「別にソルが言ったから暗い色の服ばかり着ているわけではないわ。女王になっているし、仕事の時は落ち着いた色のドレスの方が良いでしょう? それに、ソルの好みに合わせているのは、私の意志でもあるというか……」
後半、恥ずかしくなり、ティエラの声は小さくなってしまった。
グレーテルは頬を膨らませたまま訴える。
「昔からそうですけど! ソル様は、独占欲の塊ですよ! ルーナ様がいなくなってから、よりひどくなっています!」
「そ、そう……?」
グレーテルの剣幕に、ティエラは圧倒されてしまう……。
(確かにルーナと違って、ソルから『好き』とか『愛している』とか言われたことがなかったけれど、そんなものだと思っていたわ……別に何も言わないけれど、ソルが私を大事にしてくれてるのは分かるし……)
ソルに対しては、言葉で伝えて、彼の不安をとりたいと思っている。
だけど、ティエラ本人は、彼からの言葉を求めてはいなかった。
(……ソルに言ってもらえたら、確かに嬉しいけれど……ソルは照れ屋だし、難しいなら無理しなくても良いかな……)
一人でソルについて納得しつつあるティエラだった。
一方、グレーテルの興奮は治まらない。
「小さいころから、じわじわ、じわじわと姫様の心を、服装の好みまでも! 自分のものにして――これは洗脳です! 好きだとか言わずに、とにかくずるいです!」
彼女が叫んでいる中、部屋の扉が開いた――。
「ティエラ、帰ったぞ。――来てたのか、グレーテル、ありがとな」
入ってきたのは、部屋の主であるソルだった。
「ソル、早かったわね!」
ティエラが嬉しそうに微笑むと、ソルも微笑み返す。
「そうだ、ティエラ、あんたに――」
そんな二人の間に割り入るかのように、グレーテルがソルに向かって勢いよく話しかける。
「今、ソル様の話をしてたんですよ!」
「――は? 俺の話――?」
「そうなんです! もう、良いですか、ソル様!!」
朝から元気なグレーテルを見て、ソルはため息をついた。
「どうせ、お前のことだ、良からぬ話だろ……」
「分かってるじゃないですか! いいですか、ソル様!」
まくしたてようとするグレーテルのことを、ソルは制止した。
「まあ、良いから、ちょっと落ち着けって――ティエラ、急だけど、あんたに会いたいと言っている人物がいるんだが……」
うまくグレーテルをあしらいながら、ソルがティエラに声をかけた。
「私に会いたい人?」
ティエラは、ソルの発言にきょとんとしてしまう。
(誰かしら――?)
「女王陛下への急な謁見は、無理に決まってますよ~~!」
グレーテルが話に入ってくる。
「まあ、そうなんだが、全く謁見が許可されない立場でもないというか――」
(女王に謁見が制限されない人物――)
「ソル、誰なの?」
ティエラの問い。
それに、ソルが歯切れが悪く答えた。
「俺の、おふくろなんだ」
「「ええっ――――!?」」
ソルの部屋の中に、ティエラとグレーテルの叫びがこだましたのだった――。
ブクマ・評価してくださっている皆様、本当にありがとうございます。
次の話も1週間以内に投稿したいと思います。
ムーンライトに投稿している癒し姫と世界観が同じ短編が、日間総合5位・短編2位になりました。完結済みのものも完結4位になりました。
名義がおうぎまちこではないのですが、平仮名6文字、竜の話なので分かるかも。八竜国物語のシリーズもつけています。
R18が大丈夫な方は探してみてください(笑) 無理な人は無理しないでくださいね。
それではまたお会いできる日を楽しみにしております。




