if(月華・玉)後日談2 月を救いし子守唄
ソルとティエラの本編後日談の前に、ルーナとティエラのif後日談が浮かんだので、先に投稿しました。
6/4 子守唄のエピソードを入れ忘れていたので追加。
まだルーナが十歳の時――。
白金色のさらりとした髪に、神秘的で海を思わせる蒼い瞳。少年だが、少女のようにしか見えないルーナが、自分の意志に反した行動をとらされていた頃――。
「ルーナ?」
赤ん坊を抱え、ベッドに腰かけている女性が、ルーナに声をかけてきた。
彼女は、本来は金色の髪に丸い瞳をした可愛らしい女性だった。だけど、現在、どことなく頬がこけていて、目もどことなく虚ろで、死期が近いことが分かる。
「はい、王妃様……」
もうすぐ亡くなるだろう王妃の見舞いへと、宰相である義理の父親がルーナを連れてきていた。
義理の父は、国王陛下との会話のために部屋の外に出て行ってしまってルーナと同じ、この子も神器の守護者になるかもしれない。いる。
先ほどまで、剣の一族のソラーレ家の長男が近くにいた。けれども彼もどこかに行ってしまったようだ。
やつれた王妃は、ルーナに声を掛ける。
「次期・玉の守護者には貴方が選ばれたそうね……」
王妃の言葉を受けて、ルーナは首肯した。
彼女の抱えている赤ん坊は、手足をもぞもぞと動かし始めている。
もうすぐ、目を覚ますのかもしれない。
赤ん坊を見ながら、王妃はルーナに声をかけた。
「この子はティエラというの……。女性が、神器の守護者になったことはこれまでないそうだけど……。ルーナと同じ、この子も守護者になるかもしれない。そうしたら、この子をよろしくお願いね」
王妃にそう言われたが、正直ルーナとしては気分が悪かった。
(どうして、僕を助けてくれない大人の言うことばかり、聞かなくちゃいけないんだろう……)
貴族たちの手から助けてくれない王族の言うことなんて――。
そんな中、王妃が抱きかかえていた赤ん坊が声を上げて泣き始めた。
その大声が耳障りで、ルーナの心の苛立ちが増していく。
「あら? どうしたのかしら? 全然泣き止まないわね……」
ちょっと困った様子で、王妃は赤ん坊を抱きかかえなおしていた。
その時、腕の力が弱っていた王妃が、赤ん坊を取り落としかける。
赤ん坊に対して苛立っていたルーナだが、咄嗟に腕を伸ばし、赤ん坊を抱きあげた。
「ごめんなさい、力が入らなくて……」
謝る王妃から、ルーナは赤ん坊を託された。彼は、慣れない手つきで、首がまだ座らない赤ん坊を必死に抱きかかえる。
あやしているうちに、ルーナは赤ん坊と目が合った。
何もかも見透かされそうな金の瞳――。
そうしてその赤ん坊は、ルーナににっこりと笑いかけた。
「笑った――」
ルーナは驚いて、その場で身を固くしてしまう。
「まだ反射なのでしょうけど、笑うと可愛いわよね。ルーナは将来、良いお父さんになれそうね」
くすくすと王妃が笑っていた。
良いお父さんとは、どういう人を指すのだろうか?
自身の父しか分からないルーナにとって、想像するのがとても難しかった。
「赤ん坊は、どんな人でも無条件に愛してくれる、とても尊い存在よね」
(どんな人でも――)
罪を犯した人間や、腐りきった貴族のこともだろうか――?
汚れきった自分でも――。
ルーナは心の中で首を横に振った。
(僕を無条件で愛してくれる人など、いない――)
「ルーナ」
王妃に話しかけられ、ルーナは、はっとした。
「貴方にも、絶対現れるわ。貴方を無条件に愛してくれる女性が――。そして、良い父親にもなれるわ――」
この日がルーナにとって、王妃と会った最後の日であり、彼にとって最愛の女性となるティエラと初めて出会った日だった――。
※※※
ルーナははっと目を覚ました。
(まだ、真夜中か――)
彼は慌てて、寝台の上を確認する。
ルーナの隣には、寝息を立てて眠るティエラがいた。
(良かった、姫様がいらっしゃる……)
まさか、結ばれることなどないだろうと思っていたのに――。
ルーナはティエラの亜麻色の長い髪を撫でる。
無条件で誰かに愛されることなどないと思っていたのに――。
自分本位な自分でも、汚れた自分でも、罪を犯した自分でも、彼女は無条件で受け入れてくれた。
ルーナとティエラから少し離れた位置から、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
寝台を降りたルーナは、揺り篭の中で泣きじゃくっている我が子を、壊れ物のように大事に抱き寄せる。
赤ん坊をあやしながら、ルーナは声を掛けた。
「お母さまはあまり眠れていないから、寝せておいてあげよう」
そう言ってルーナは幸せそうに笑んだ。
しばらくして、赤ん坊がきゃっきゃっと笑い始める。
愛しい女性と家族となって、共に暮らせることがこんなにも幸せだなんて、ルーナは知らなかった。
そうして、自分を無条件に愛してくれる存在がまた一人増えた。
昔は、自分の子供など絶対にほしくないと思っていたのに――。
彼女に出会ったことで、その考えも変わっていった。
ルーナは、眠るティエラが起きない程度の声で、ぽつりと呟いた。
「私に、家族の幸せを教えてくださって、本当に感謝しております、姫様」
ティエラからは、「姫様」と呼ぶと叱られてしまう。
だけど、彼女が子どもを産んで母になった今でも、ルーナにとってはいつまでも愛おしい姫様のままだ。
ルーナは赤ん坊に、子守唄を歌って聴かせる――。
ルーナの母が、幼い彼に歌ってくれていた唄。
ティエラがいなければ、一生思い出すこともなかっただろう。
笑う我が子を胸に、ルーナは幸せを嚙み締めるのだった――。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
現在、癒し姫の本編の改稿をおこなっております。本編で唯一後悔しているのは、メインヒーローのソル関連です。彼が遅れて現れたこともありソルの話が少なかったことと、わりと最後もルーナに見せ場を持っていかれてしまったことなどの心残りがあり、追加エピソードを入れながら改稿を進めています。お時間がおありの方は、ぜひお読みくださいませ。
今後、アルファポリス様でなろうと同じもの、KAKUYOMU様にて癒し姫の一人称版の投稿、ムーンライトノベルズ様にてR18版を検討中です(R18的な描写はそんなに入らないはず)。そちらもお時間おありの方はぜひご覧ください。
それでは、近日中にソルとティエラの後日談をこちらに投稿いたします。
お待ちいただけましたら幸いです。
ソルの母親を早く出したい、おうぎまちこでした。




