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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
後日談

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本編(炎陽・剣)後日談4-1 彼の告白に彼女は応える1

 ソルとティエラの後日談4です。後日談1~3はifの間にあります。

 ソルがティエラにちゃんと「好き」と言えるまでに、少し話が長引きそうなので4―1~と表記しています。本日は4―3まで投稿しておきます。以前投稿した短編に、2000~3000字加筆してあります。

 4―4からは、あまりに長くなりそうなら連載に戻します。近日中に投稿いたしますので、ぜひお待ちくだされば幸いです。




 十七の誕生日を無事に迎え、オルビス・クラシオン王国の女王となったティエラは、今日もまた彼女の執務室で仕事をしている最中だった。

 今日の彼女は、腰まで届く艶やかな亜麻色の長い髪をハーフアップにしてまとめている。窓から差す太陽の光を浴びて、彼女の瞳の色と同様に髪は金に煌めいていた。


 ティエラは机の上の山のような書類の隙間から顔をのぞかせながら、自身の護衛騎士であり恋人でもあるソル・ソラーレの姿を見る。彼は、燃えるように紅い髪に新緑を思わせる碧の瞳を持った青年だ。

 ティエラは、辺境における隣国との小競り合いに関しての報告をソルから受けた後に、現在の悩みの種について相談することにした。


 その悩みの種と言うのが……。


「あんたに俺以外の男との縁談話? しかも相手はセリニ?」


 ティエラより五歳上で、幼馴染でもあるソル。彼の口調は、二大筆頭貴族である公爵家の一員とは到底思えない位、粗雑である。他の人々の前では礼節をわきまえているとは言え、たまたまティエラへの話し方を聞いてしまった人々は、彼の女王への気安さに驚いてしまう。中には不敬だと怒る人物もいる。


「そうなのよ。今までルーナ――というよりも玉の一族セレーネ家に従って発言権を得ていた貴族たちが、同じ玉の一族のセリニさんに婚約者を変更したら良いって。……少し対応が面倒なのよね……」


 ルーナというのは、ティエラの元々婚約者だった人物だ。白金色の髪に蒼い瞳、中性的な美しさを持ち、若男女問わず人々を魅了していた。彼は、オルビス・クラシオン王国の宰相の地位まで持っていたが、先の竜との戦闘で行方不明になっていた。


「ルーナがいないから、独身のセリニに話がまわったってことか」


 オルビス・クラシオン王国において、王・宰相・騎士団長の位は、鏡の一族・玉の一族・剣の一族による世襲制になっている。

 ルーナが不在になったため、次の宰相の地位に抜擢されたのが、ルーナの従兄弟であるセリニ・セレーネだった。本当はセリニの父親に宰相位の話があったのだが、息子に任せてほしいと断ったため、セリニが就くことになった経緯がある。

 ちなみにセリニは、ルーナと同じ白金色の髪を持っているが、瞳は紅玉のような色をしており、その容姿は少年とも青年ともつかない見た目をしている。だが実際は、ティエラよりも二十近く年上のはずだ。彼の見た目が若いので、年がそれだけ離れていることを、知らない貴族も多いのではないだろうか……。


 ティエラとは机をはさんで向かい側に座るソルが、いつもの癖でため息をついた。


「ったく、貴族の連中は相変わらず、自分の地位や名誉のことしか考えてないな……まあ、相手がセリニなら断るだろうから安心だが……あ、いや、やっぱり……」


 ソルは、自分も貴族だと分かっているのかいないのかよく分からないような発言をしている。

 そんな彼を見て、ティエラはくすりと笑った。

 彼女は、彼のこういう身分などはあまり気にしないところを好ましいと思っている。


 そうして、ティエラがぽつりと呟いた。


「私達に子どもでも出来たら、貴族達も静かになるかしら?」


「……は?」


 彼女の発言に、ソルは目を丸くしていた。

同時に、彼の耳だけが赤くなっている。照れた時、彼は器用に耳だけ赤くなる。


 ソルがティエラのいる机へと近づき、書類を一瞥する。


「まあ、なんだ、それはともかく……ただでさえお前の仕事量が多くて、なかなか一緒に過ごす時間が減っているのに、貴族達は余分な気を遣わせてくるな……」


「貴方、私の護衛騎士なんだから、一緒には過ごしているじゃない」


 ソルのぼやきにティエラが答えると、再度ソルがため息をついた。


「いや、まあそうなんだが、そうじゃなくて……」


 なんだかソルの歯切れが悪い。書類の隙間から、ティエラはソルの碧の瞳を覗きこもうとした。


 その時――。


「っつ……」


 ソルが小さく声を上げた。 


「どうしたの?」


「ああ、書類を取ろうとしたんだが……」


 何事かと思ったが、ソルがたまたま近くにあった書類に手を伸ばし、紙で手を切ったようだった。

 ティエラは椅子から立ち上がり、ソルの方へと近づいた。

 彼の右手の人差し指に、ぷくりと小さな血の珠が出来ていた。

 ティエラは両手で、ソルの右手を取る。彼の手を、彼女は顔の近くに持っていったかと思うと、そのまま彼の長い指を口に咥えた。そのまま指にある血を吸う。


「あんた、何やって……」


 ソルの血を少し吸った後、しばらくしてから、ティエラは口から彼の指を離した。

 彼の耳は赤いままだ。


「……? 昔、貴方がこうしてくれたじゃない」


「ああ、そんな昔のこと、よく覚えていたな……」


 五年近く前の話だ。

 ティエラが裁縫をして、指を針で刺したことがある。その際に、彼がティエラに同じことをしてきた。その時、ソルはわりと平然としていたのだが……。


(逆だと、恥ずかしいのかしら?)


 照れているソルを見ていると、なんだか昔のことが懐かしく感じた。

 

 あの頃の彼は、まだ戦地には向かってはいなかった。


 国に伝わる神剣の守護者である彼は、前線に立ち、数多くの人々を殺めてしまっている。また、彼を生き延びらせるために、多くの命が犠牲になった経緯もある。

 優しい彼には負担が大きかったのか、心の傷は深く残り、今もまだ夜になると悪夢や発作に悩まされることがある。


(ソルの心が癒えるまでには、まだ時間が必要よね……)


 ソルの右手を両手で持ったまま、ティエラがそんなことを思っていると、ソルの左手がティエラの顔に伸びた。

 彼女の頬にかかる亜麻色の髪を払われたかと思うと、そのまま彼の顔が近づいてくる。そのまま彼女に口づけが落ちる。

 唇を開かれ、何度か口づけを交わした後、彼の唇が離れた。


「……今はまだ、仕事中よ……」


 ティエラがソルにそう告げると、ティエラの眼前で彼は悪戯っぽく笑う。

 彼の碧の瞳が、いつもより輝いて見える。


(こういう顔の時のソルは、絶対悪いことを考えてる……)


 ティエラの勘は、果たして的中した。




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