影は微睡む4
「ルーナ、こっちよ」
「姫様、お待ちください」
ある時ウムブラは、ティエラ姫と、ウムブラの主であるルーナが一緒にいるのを見かけた。
亜麻色の髪に金の瞳を持った幼い少女と、白金色の髪に蒼い瞳をした美しい青年の二人は、非常に目をひく存在と言える。
少し前までは、ティエラ姫に対して蔑んだ瞳を向けていたルーナだったが、最近は以前よりも彼女に向ける視線が和らいでいた。
何でも恵まれているように見えるルーナ・セレーネだが、家族の愛情にだけは恵まれなかった。
ルーナがティエラに接する姿に、ウムブラは自身と妹の姿を重ねることがある。
お転婆なティエラに振り回されて、誰かに心を開かないルーナも少しだけ絆されたのかもしれない。
(月の化身と呼ばれるルーナ様も、やはり人だったのだろう)
ルーナとティエラは、城の宝物庫に入っていく。
ウムブラは、ほんの少し彼等の様子を見たくなった。
「あれ~~? ルーナ様、見かけませんでしたか~~?」
適当に理由をつけて、宝物庫の見張りに話し掛けた。その際、少しだけ中を覗くことが出来た。
ウムブラが見張りと他愛ない会話をしながら、目を凝らして宝物庫の中を確認にした。
ちらりとティエラとルーナの姿が見えた。
――と思いきや、彼等は金の光に包まれ姿を消してしまったのだった。
この日、ウムブラは不敬になる恐れもあったが、慌てて国王陛下に状況を説明に行った。
しばらくすると、当時の剣の守護者であるイリョスと共に、ティエラとルーナが帰ってきた――。
※※※
この一件を境に、ルーナはティエラを溺愛するようになった。
ルーナは彼女の言うことならば、どんな願いでも叶えようとする。
ティエラと婚約したばかりの頃の彼からすると、信じられない態度の違いだ。
(金色の光に包まれた先で何かあった――?)
そうとしか思えないほど、劇的な変化だった。
「姫様は、私の大切な御人です」
公言するのも憚らず、ルーナは幼いティエラ姫を抱きしめては、この世の者とは思えない位幸せそうな笑顔を浮かべていた。
ルーナとティエラの姿を見て、ウムブラはあることを思い付いた――。
※※※
「姫様、平民街に面白い場所があるんですよ、ソル様と行ってみてはいかがですか――?」
ウムブラはまずティエラ姫を動かすことにした。
好奇心旺盛な彼女の事だから、きっと遊びに出掛けるはずだ。
ウムブラの目論見通り、ティエラはソルと教えた場所に遊びに向かった。そして案の定、ウムブラが知らぬ間に増えていたもう一人の妹のことを、ティエラは気に入った。
(あとは姫様がルーナ様に伝えれば、自ずと彼は動くだろう)
本当は自分で助けたかった妹だが、どうしても金が足りない。他者の力を借りるほかない。
その他者というのが、才能に嫉妬した相手だったことが悔しくもあった。
※※※
結局、ウムブラの妹達を城に迎えたのはティエラとルーナだった。
その経緯もあり、自分が兄だと姉妹に名乗ることは出来なかった。
ウムブラは、自分を偽る内に自分がよく見えなくなっていった。
自分を偽る内に、次第にそれが自分の個性の一部になっていった。
数年間、シルワ姫によく似たティエラ、ヘリオスによく似たソル、かつての自分によく似た主ルーナ、そして姉妹とその幼馴染みと城で過ごす時間をわりとウムブラは気に入っていた。
「ウムブラ、君に国の秘密を教えるから、ルーナの事を託しても良いかな?」
そういえば、国王陛下にそんなことを頼まれた。陛下は鏡の守護者だからか、何もかもを見通すような方だった――。
だから、早く目覚めないといけない――。
彼等がどうなるのか見届けないといけないのだから――。
長くなりました。
次回から、ifに戻ります。




