影は微睡む2
申し訳ございません、3まで続きます。
最近、ウムブラは気になっていることがあった。
シルワ姫が国王陛下に呼び出された日以降、彼女の表情は硬くなり、金の瞳はまるで夜の砂漠のように暗く冷えきっているように見えた。
彼女の恋人であり、ウムブラの友人でもあるヘリオスの表情も、日に日に陰りを帯びて行くようになった。
(国王陛下から直々に恋仲であることを反対されたのだろうか――?)
その割には、貴族達の話題には上っていないようだった。
国王陛下が反対したのだとしたら、もっと噂になっているに違いない。
夜間、城の一角にある魔術師が住まう宿舎。その中にある自室で、ウムブラは過ごしていた。ランプに火を灯しながら、彼は魔術書を読みふけっていた。
明かりに照らされたウムブラの漆黒の瞳と髪は、今は橙色の光を反射している。
※※※
父親に殴られ、片眼を失った。
毎日毎日繰り返される暴力に耐えられず、母とまだ幼い妹を置いて、魔術師学校の門を叩いた。
(地位を得たら、母と妹を迎えに行って、穏やかに暮らしたい)
一応、オルビス・クラシオン王国では実力さえあれば高い地位を得ることが出来るとされている。
だが、どんなに実力があればのしあがれると表面上で言ったとしても、やはり貴族達の力は強大であり、実態とはかけ離れている。
真実――貴族ではなく平民出身のウムブラでは、誰よりも努力しないと名誉ある職に就くこともままならない。
どんな時だって、必死に勉学に励んだ。
努力の方向性も間違っていなかったのか、彼の努力は着実に実を結んでいき、魔術の成績はぐんぐんのびていった。
だが、それでも一番の成績ではなかった。
実は城に来るまでに、ウムブラは自身の魔術の才能は国で一番ではないかと自惚れていた時期がある。
しかしながら、城に入りしばらくしてから彼の考えが驕りだったのだと気付かされた。
ほとんど年の変わらない二大筆頭貴族である玉の一族セリニ・セレーネの存在に、ウムブラは圧倒的敗北を喫した。白金色の髪に紅い瞳をしたセリニ。ウムブラが彼に勝てるところがあるとすれば、悲しいかな身長ぐらいと言えよう。
(玉の神器の加護か何か知らないが、ずるい力だな……)
そして最近、自分が非凡だとセリニ以上に気付かされた相手がいる。
それが――。
(ルーナ・セレーネ……)
ウムブラよりも十近く年が離れた少年の圧倒的な魔術の才能に嫉妬せざるを得ない。
いわゆる天才達を前に自分の真の力に気付いたウムブラは、周囲に自身を認めさせるために必死に努力した。
だが一度、平民だとバカにしてきた貴族を、完膚なきまでに叩きのめした結果、手の平を返したかのように、かなりの問題児扱いされてしまった。
周囲から孤立していたウムブラだったが、親友のヘリオスと可愛らしいが変わり者のシルワ姫と出会った事で、自分が周りばかり気にしてしまい、本当は何がしたかったのか忘れてしまっていた事に気付かされた。
「自分達に理解できないことを理解しようとしない者達は、貴賤問わずにいるんだよ」
「私もヘリオスも、一応王族と貴族だけれど……貴族達が隠れて、私達のことを神器の加護を受けた化け物呼ばわりしているのを知っているわ」
ヘリオスとシルワは、ウムブラにとって数少ない友人となった。
※※※
友人達のことを思い出していたウムブラの耳に、窓を誰かが叩く音が聴こえた。
ウムブラは不審に思いながら、椅子の上から立ち上がる。
(ここは三階だぞ……)
気のせいだと思いたかったが、何度も窓から高い音が響く。
それに、この高さの建物でもものともせずに登ってこれる人物に心当たりがある。
ウムブラがカーテンを勢いよく開けた。
案の定、そこにいたのは――。
「ヘリオス、やはりお前か。こんな夜中にどうした?」
ウムブラは、バルコニーに佇む自身の親友の姿を見た。いつもは目立つ紅い髪と碧の瞳は、暗闇に隠れていた。月の影になっているからか、彼の表情も分からない。
剣の守護者ではないが、神器の加護を受けているヘリオスの身体能力は非常に高い。だからこそ、三階にあるウムブラの部屋まで来れたのだろう。
何も言葉を発しないヘリオスに、ウムブラはなぜか嫌な予感がし、背筋に緊張が走った。
「ウムブラ、私は今から姫様とともに城を出る」




